29.豹変
~3ヶ月後~
「ジオ!」
エリザベスが学園の廊下に愛しの婚約者であるジオを見つけ笑顔を浮かべながら声をかける。
「エリザベス……何か用かい?」
が、ジオの返答にエリザベスの顔が曇る。
いつもだったら愛しいお姫様とか、可愛いエリザベスとか甘い言葉で呼びかけてくれるのに。
近頃は――
ううん、誰だって機嫌が悪いときぐらいあると無理矢理顔を笑みの形にし、ジオの腕に自らの腕をそっと絡める。
「次は移動教室よね?一緒に行きましょう?一昨日出された課題の評価どうだった?私は「エリザベス申し訳ないけれど先に約束があってね。他の友人と行ってくれるかい?」……わかったわ」
微笑むジオの顔は笑っているはずなのに……どこか怖い。無理矢理作った笑みを貼り付けているような、まるで内心の憎悪を隠しているような……とにかく自分が知っている愛する婚約者の微笑みではない。
バクバクと早鐘を打つ心臓を鎮めようとゆっくり呼吸をする間にジオはエリザベスの腕をするりと外すと去って行った。
ぼーっとジオの背を見つめていたエリザベスだったが、前からオリビアが歩いてくるのに気づくとハッとした様子で動き出す。
二人は言葉を交わすことなく、エリザベスはぎゅっと教科書を胸の前で強く抱きかかえながらオリビアの横を通り過ぎていった。
『 オリビアの作戦上手くいってるみたいねぇ 』
「そうね」
ヒョコッとオリビアの背に隠れていたマリンが頭の上に乗ってくる。最近学園というものに興味があるようで毎日学園について来るマリン。
「あ、あの……オリビア様!これ良かったらマリンちゃんに!」
だから度々こんな声がかけられるようになった。オリビアとマリンの前には緊張からか少し身体を強張らせる女生徒の姿。オリビアは彼女が差し出した可愛くラッピングされたマフィンを受け取り、マリンに渡す。
オリビアの背中から離れ宙に浮くと、器用に前脚で袋を抱え口でリボンを解く。嬉しそうにマフィンを頬張るマリンは文句なしに可愛い。その愛らしい姿に女生徒もオリビアも頬が緩まる。
柔らかいものから固いものまで様々なものを口にするようになったマリンの最近のお気に入りは甘いものらしい。
幸せそうな顔でお菓子を食べる姿は微笑ましいのだが……ちらりと視線を向けるのはマリンの腹部。
そのポヨンとしたお腹がオリビアには気になるところで……
「マリン。最近お腹がぽっこりしてきたわね」
『 は、はあ!?成長期だしぃ 』
そう言いながらぐいぐいと残りのマフィンが入った袋をオリビアに押し付けるマリンにオリビアは笑う。また夕食にでもいただきましょうと声をかければ嬉しそうに鼻先を顔に擦り付けてくる。
では、と去っていく女生徒の背中を見送るオリビアに再び一人の女生徒が近づいてくる。
「オリビア様これ先程作ったばかりですの。もしよろしければこれをマリンちゃんに……」
その言葉とともに差し出されたのは真っ白なお皿にのった美味しそうなチーズタルトだ。目を輝かせご機嫌に頬張るマリン。
むっちりボディ確定ねと心の中で呟くオリビアだった。
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更に1週間後のこと。
「ジオ!どういうことなの!?」
学園内にある喫茶スペースにエリザベスの声が響き渡る。彼女の目の前では真っ白なテーブルに勉強道具を広げ勉学に励むジオの姿がある。
周囲にいた生徒達は慌てて立ち上がり去っていく。本当は見ていたいが、王女に目をつけられオリビアの二の舞になるのは避けたい。なので皆少し離れたところからちゃっかり見ていたりする。
「どうかしたのかい?王女ともあろう者がそんなに皆の前で声を張り上げるなんてみっともないよ」
自分に視線を向けることなく放たれたその言葉にかっと頰が赤く染まるエリザベス。なんなのその澄ました顔は!?なんでこんな場面を見られて平然としているのよ!?
なんで……
なんで……?
なんで……!?
「なんで婚約者である私以外の女と一緒にいるのよ!?」
「ただ共に勉強をしているだけさ。なんの問題がある?」
平然と答えるジオの前には一人の女生徒がオロオロと視線を彷徨わせている。
問題?あるに決まっている。
ただ勉強しているだけなのになぜその女の手に手を重ねているというの?なぜそんなに椅子を近づけて身を寄せ合って座っているの?
ぶるぶるとエリザベスの身体が震え始める。
青褪めていく彼女の顔を見て女生徒は自分が置かれている状況がまずいことに気づき、ジオの手を振り払い慌てて勉強道具を掻き抱くと走り去っていった。
「なん…で……手…握ってたの……?それに……前までは私と一緒に勉強していたじゃない……なんで他の女なんかと……」
「手?なんのことだい?たまたま重なった瞬間を見ただけじゃないのかい?君と一緒に勉強?冗談じゃない。君と勉強することにメリットを感じないんだよ」
「そんな……」
メリットって何?
自分は少しでも一緒にいたくて、共に同じことをしたくて、些細なことでも彼と一緒に同じ時を過ごしたいというのに。
少し前までの彼からは同じ気持ちが伝わってきたはずなのに……今の彼からは自分への煩わしさしか感じない。
「最近少し成績が下がっているんだ。王女である君ならば何人も家庭教師をつければいいことかもしれないけれど、僕は自分で懸命にやるしかないんだよ」
「だったら王宮で一緒に……」
「は?施しかい?」
人を馬鹿にするような見下すような目で見てくるこの人は本当に自分の婚約者なのだろうか。違う。何もかも前とは違う。微笑みも言葉もすべてにトゲがある。
クラスの……いや、学園の人気者であんなに穏やかで慈愛に満ちた彼はどこへ行ってしまったのか。
「…………女の分際で生意気なんだよ」
ぼそりと呟かれたジオの言葉は呆然とするエリザベスの耳には届かなかった。




