20.末路
何を言おうと婚約解消は覆すことができないと理解したナギールは屋敷へと戻る。無駄にでかいだけで使用人も少ない手入れの行き届かぬ屋敷。高貴なる公爵家の自分には似つかわしくない屋敷。
見ているだけでイライラする。
玄関に入れば両親が待ち構えており、なぜかニコニコと笑っている。なんだ?気持ち悪いな。慌てて屋敷から逃げ出す。
あー……全てがイライラする。
全てオリビアのせいだ。
公爵家の力を使って……と言いたいところだが、まあ自分は優しい男なのでそんなことはしない。だがこのままつけ上がらせるのは気に食わない。そうだ!
あることを閃いたナギールは王宮の応接室にいた。王を待つ彼の心臓はバクバクと早鐘を打つ。
父親が何度も王宮の侍女たちを襲おうとしたらしくパーティでも挨拶さえ返してもらえない我が家。もしかしたら門前払いかと思ったが通して貰えたことに一先ず安堵する。
やはり王は一応体面があるから怒った振りをしていただけなのだな。高貴な父が下等な使用人に手を出してやろうとしただけなのだから当たり前だが。
「ご機嫌ようナギール。ちょうど良い時に来てくれた。そなたを呼び出そうとしていたところなのだ」
現れた王は椅子から立ち上がろうとするナギールを手を上げ制するとにこやかな表情を浮かべ彼の正面に腰掛ける。
「へ、陛下!婚約解消などと言い出したオリビアを罰してください!」
挨拶もなし、いきなり頓珍漢なことを言い出したナギールにリカルドはピシリと固まる。解消を許可したのは王である自分だ。彼は王の判断に物申そうというのか。しかも自分でサインした書類について。
いや、この男に合わせる必要はない。自分にとって都合がよい話しか通じないとは既に聞いている。
「解消は私からオリビアに頼んだのだ」
本当は違うけど。そういうことにしておこう。
「へ、陛下がですか?」
「ああ。そなたには他国の王姉と婚姻してほしくてな」
「王姉!?」
こくりとリカルドか頷けば不安な様子だったナギールの顔が一瞬で輝く。嬉しさのあまり立ち上がりそうになるナギールだったがなんとか堪える。
「しかも相手は非常に金持ちだ。婿になってくれる人を探していてな。だがなかなか王姉に見合ったものがいなかったのだが、そなたならばっちりだ」
王の言葉に鼻の穴を膨らまし、鼻息荒くなるナギール。興奮する醜い様に控えていた侍女たちの顔がほんの僅かだが歪む。
「そ、それなら仕方ないですなぁ。俺にぞっこんのオリビアには悪いですが婚約は解消で」
いや、解消でも何ももう解消されている。覆ることなどこれっぽっちの可能性もない。リカルドは引きつりそうになる顔を笑顔で誤魔化す。
「ささ、ここにサインして麗しの王女の元へ向かってくれ。荷物はこちらで用意したからすぐにでも。公爵にも許可は取ってある」
王がテーブルの上にす、と置いた婚姻届には確かに父のサインがある。それで両親はニコニコと薄気味悪い笑顔を浮かべていたのか。
「はい」
勿体ぶるようにゆっくりとサインをする。コトリとペンがテーブルに置かれたのでリカルドが視線を向ければそこにはかろうじて読めるくらいの汚いナギールの名前。
学園にも通い、家庭教師もついていたはずだが……。
まあそれは良いとして。
「ではよろしく頼む」
「お任せください!」
上機嫌で去っていくナギールの背を見送るリカルドは心の中で呟く。
“ありがとう
そして
さようなら”
ナギールのお相手は寝たきりの齢90歳の王姉様だ。もうそろそろお迎えが……状態の。
彼女の国では王族が亡くなった場合、配偶者もお供する習慣があるそう。あまりにも正義感が強すぎ結婚できなかった王姉は一人であの世にいきたくなかった。
大金を払うからなんとかならないかと各国にまで声をかけていたのだ。
これは非常に人選が難しく、誤れば非情と言われ酷いバッシングを受けること間違いなし案件。断りの手紙を出そうと思っていたところにオリビアからナギールと婚約解消するから彼なんてどうですかと言われ頭はフル回転。
聖女を苦しめた者であれば誰からも何も言われないだろうし、高貴な血筋ではあるから王姉も大満足だろうし、処刑宣告と同じようなものだからドラゴン達も納得するだろうし、国にお金も入るし……いいんじゃない?
案の定彼の国に手紙を出せば、まさか公爵家の倅を貰えるとは、そして大罪人のクズを消すのに役立てるとはと大喜び。非常にたくさんの額の金貨を貰えることになってほくほくだ。しかも特産品を格安で輸入させてくれるらしい。
ということでゲル公爵に話をすれば彼も大金が入ると大喜び。
他国の王姉も
リード侯爵家も
ゲル公爵家も
ドラゴンも
陛下も
皆大喜び。
オリビアの婚約解消は多くの者達に福を届けることとなった。
――――ナギールを除いて。




