16.花畑男
使用人たちが慌ただしくガラスの破片を片付け、腰を抜かしたナギールを急遽用意した椅子に座らせお茶を出す。ナギールはお茶を口にし落ち着いたのか、足や腕を組みふんぞり返っている。
この人は何しに来たのだろうか。人の家を壊す原因となり、使用人に余計な仕事をさせ……嫌がらせにでも来たのだろうか。今いる使用人たちは陛下が遣わしてくれた優秀なものばかり。こんな男の世話をさせて非常に申し訳ない。
話ができないと思い白いドラゴンにはお帰りいただいたがいてもらった方が良かっただろうか。
『 オリビアこの男嫌いなのぉ?私も嫌いだわぁ。顔も不細工だし。ていうかこの男、顔もブスだし性格も腐ってるのになんでこんなにふんぞり返ってるわけ? 』
ふわふわとオリビアの周りを飛び回る赤ちゃんドラゴン。帰らないと言い張ったのでとりあえず預かることにしたのだ。
赤ちゃんドラゴンからの質問に腐ってるから人に迷惑をかけてもふんぞり返ることができるのよと言いそうになるのを堪えるオリビア。
先程から少し思ってはいたのだが、この赤ちゃんドラゴンの話し方……女性の若者っぽいというのか見た目と言葉とのギャップに思うところがある。
まあ、可愛いと言えば可愛いのだが……。
こいつとは違って。
怪我はないかと鼻の下を伸ばしながらリリスに手を伸ばすナギール。ザイルがパシリと叩き落とすと叩かれた手を撫でさすりながら残念そうな顔で手を引っ込めている。
きもい。まじでこいつは何しに来たのか。
「今日はリリスの結婚の確認にいらっしゃったのですか?私からも話があるのですが」
早々に帰ってほしい迷惑な存在ではあるが、ちょうど良いところに来てくれた。
実はナギールと婚約解消をしようと考えていたオリビアはゲル公爵家に手紙を出さなければならないと思っていたのだ。このまま直接話をしてしまおう。
自分のことを毛嫌いしているこの男なら婚約解消の書類をヒョイと目の前に出したら何も考えずにサインしそうだし。
「あ?ああ違う。実は婚約を解消しようと思ってな」
なんたる幸運。
パァァァと明らかに表情が明るくなるオリビアとリリス。そしてそんなリリスに見惚れるザイル。色々されてきたし、話すこと全てがないわと思う男だったが最後くらいは良いことを思いつくものだと目を輝かせる二人。
「昨日婚約解消の書類を送ったんだ。家族が処刑された女なんて気味が悪い。早々に解消しなければと思ってな」
「………………」
それはリリスをも侮辱しているということにこの馬鹿は気づいているのだろうか。そう思うものの口は開かない。心変わりされたらたまったものではない。
「だが」
だが!?
オリビアとリリスの目が訝しげに細められる。
「お前はうちの家格よりは劣るが金持ちの侯爵家の娘だし、父上と母上に報告したら即刻取り消してもらえとお怒りになってな。だから送った書類は破棄しておけ」
「「はあ?」」
オリビアとリリスの声が被る。
こいつは今なんと言った?
「お前みたいな愛想の無い陰気臭いやつなんて妻にしたくないんだからな!感謝しろよ?本当はリリスと結ばれたいんだが離婚させようにもサルビ公爵家が後ろ盾にいてはいくら我が家でも手が出せないからな」
いやいや、名ばかりで金も権力も陛下の信頼もない家なのに、その上から目線の言い方はなんなのだろうか。腹が立つ。両親の前でもこんな態度だったので彼が帰るとその苛つきをあたるかのごとく痣が残らない程度によく殴られたものだ。
自分たちで顔も性格も悪いからと選んだ男にムカつくなんてバカじゃないのかと何度思ったか。
「だが頭の良い俺は思いついたんだ!お前と結婚しここに住めば結婚はできずともリリスの側にいられると!」
ゾゾーッと背中を悪寒が走る。その背中にオリビアの側で黙って話を聞いていた赤ちゃんドラゴンがピタリとくっつき顔を擦り付けてくる。
『 うおーーーーーーっ!なんなのこいつ!きっもーい!寒い!寒すぎる 』
激しく同意だ。
キモすぎる。というか図々しすぎる。名案だろうと信じて疑わないキラキラとした眼差しが尚一層気持ち悪い。
「ザイル、リード侯爵家も色々とあったしこれから大変だろう?」
ザイルの目が何言ってんだこいつはとばかりに細まる。
ナギールとザイルは同級生だった。トップで卒業したザイルとは違いナギールは最下位での卒業。仲も非常に悪い。というよりも禄にしゃべったことはない。
馬鹿は嫌いだしリリスを気持ち悪がらせるような男はあり得ないとザイルがナギールを徹底的に無視していたから。
「俺が助けてやるよ!ほら……お前が忙しいとリリスが寂しいだろう?代わりに俺がリリスの側で寄り添って慰めてやるよ」
何を想像しているのか鼻の下を伸ばしニタニタと笑うナギール。リリスがうぇっと口元を押さえる、ザイルがその背を優しく撫でる。その顔は無言で微笑んでいるが背後に嵐が吹き荒れている。
「じゃあそういうことで皆よろしくな!リリス、今日は荷物も持ってきてないし泊まれないけど、今度は甘い時を過ごそうな」
キメ顔をして去っていくナギールにリリスだけでなくオリビアも口元をそっと押さえた。
『 オリビア……あの男は頭の中にお花でも詰まっているのかしら? 』
背中から膝の上に移動した赤ちゃんドラゴンがオリビアを見上げる。
「頭どころか身体全体に花が詰まってるんでしょうね」
ゆっくりと優しくその背を撫でるオリビアだった。




