15.婚約者襲来
次の日
「結婚おめでとうリリス」
「ありがとうお姉様」
幸せそうな妹の顔を見ると自分の心までほっこりしてくる。窓に視線を向ければ雲一つない空が見え侯爵邸の周囲をドラゴン達がくるくるくるくる回転しながら飛び回っている。
まるで新たに誕生した若き夫婦を祝福するかのように。
『 やつらが消えた♪ 』
『 やつらが消えた♪ 』
まあ……別の意味で喜んでいるわけだが。
それはさておき――前に視線を戻す。
「ザイル様ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます義姉上」
応接室のソファにリリスと並んで穏やかに微笑む男性はリード家の新たなる当主ザイル・リード。王国で一番権力を持つサルビ公爵家の次男坊様である。金色の髪の毛に紫色の瞳、母君が元王女様という王家の血も引く高貴なお方。
王国にある貴族が通う学園をトップで卒業後、王宮で陛下の補佐官見習いをしている。25歳という若さだがそろそろ見習いが取れると噂されるできる男。
「義姉上家族になったのですから弟に敬語は不要ですよ?それにしてもなんと喜ばしいことでしょう。義姉上が聖女だとは……なんたる思いがけない幸運」
リリスが生まれた時に結ばれた婚約。オリビアも幼い頃から交流をしているが、オリビアにも優しく穏やかに接してくれる数少ない人間だ。
「おかげでリリスとこんなに早く婚姻できるなんて……ああ!僕はなんて幸せ者なんだろうか!」
「侯爵家のことは全て私に任せてくれるのよね?」
「リリスもちろんだとも!全て君が決めればいいからね!僕の名前も当主印もバンバン使ってくれ!君が決めたことは全て正しいのだから!」
「お姉様も侯爵邸に住んでいいわよね?」
「ああ、君が望むならいつまでも!君が姉君と一緒にいたいというのならいつか来たる結婚の邪魔もしよう!」
「お姉様の幸せをぶち壊したら許さないから」
しゅんと縮こまるザイルに笑いを堪えるオリビア。
昔から変わらぬリリスへの熱苦しいほどの愛。盲目的な愛。彼の心の中心にはリリスがおり、リリスのために動く男。
リリスが慕っているから望むからオリビアにも優しくするリリス狂い。
ザイルはリリスから急ぎ婚姻をという手紙を受け取った後、嬉しさのあまり朝5時に侯爵邸に来訪、婚姻届にサイン、継承の書類にサイン、即座に王宮へ馬車を走らせ朝食を召し上がる前の陛下に自ら書類を提出、受理して頂き戻ってきた。
そのときの彼はまさに幸せいっぱいという顔で……その満足そうな顔を見る限り自分の行動が非常識とは思っていないんだろうなとオリビアは呆れてしまった。
「おいっ!どこだっ!」
……ああ、そういえばリリス狂いはもう一人いたのだった。
バタバタと走る音と共に怒声が聞こえる。新婚ホヤホヤ夫婦の顔からさぁと感情が失せるのをオリビアは見た。
「ここかっ!」
些か乱暴に開けられた扉から部屋に駆け込んでくる一人の男。
「リリス!結婚したというのは本当なのか!?」
「ええ。ね、あなた?」
わざとらしくザイルの腕に抱きつくリリスに男はショックを受けたようで身体をよろめかせている。
金色の髪に茶色の瞳を持つその男はナギール・ゲル公爵令息だ。こちらもまた曾祖母が王家の血を引く高貴な男。
ただ残念ながらゲル公爵家は落ち目でリード侯爵家の援助でなんとか生活している。
「そんな……君には俺がいるのになんで……!」
「なんでって……私の婚約者はザイル様ですし。もう夫ですけど。そもそもあなたはお姉様の婚約者ではありませんか」
そう。この新婚ホヤホヤラブラブカップルに詰め寄る非常識な男はオリビアの婚約者。
「ご機嫌ようナギール様」
「…………ああ」
おや?いつもであれば挨拶など完全に無視なのに珍しい。とはいうもののとても嫌そうな顔でオリビアを睨み付けてくるところはいつも通りだ。
「ナギール様、今日から当主が変わりましたので当主の許可なしに侯爵邸に入られては困りますわ」
「お前に指図されるなんて酷い侮辱だ。謝れ。床に頭をついて謝れ」
また始まった。
自分にとって都合が悪いことを言われると暴言でごまかし、相手のせいにしようとする悪癖。
本当に腐った男である。
今にも潰れそうな公爵家が評判は悪いが金持ちの侯爵家に目をつけ結ばれた婚約。クソ野郎はクソ野郎の所業を嗅ぎ分けるのか、両親と兄に虐げられていることを察知し、それに便乗していたクズ男。
「悪いことをしていないのに謝ることはございません」
「お前みたいな女が俺に物申すことがまずあり得ないんだよ!俺の顔を真っ直ぐに見ることさえ無礼なんだよ!」
「話すときに相手の顔や目に視線を向けるのは礼儀です。見たくて見ているわけではございません。どうせ見るなら私だって美しいものや美男子を見たいですもの」
見た目をどうこう言うのもどうかと思うがあえて言おう。
フツメンどころか
少々ふくよかで
少々背も低い
顔はまあ中の下?下の上?
学園は最下位で卒業。
そして腐った性格を持つのに金は持たない男。
そんな男を好んで見る女がどれほどいるだろうか。
「なっ!」
顔をカッと赤らめ黙って手を振り上げるナギール。
「お姉様っ!」
人目があるというのに手を上げるとは非常に浅はかな男である。きっと彼の頭の中にはいつ何時でもオリビアは虐げてもよいとインプットされてしまっているのだろう。
リリスの焦る声を聞いたザイルがその手を払いのけようと立ち上がり手を伸ばす。
パ『ガシャーン!』
2人の男の手が微かに触れ合ったと同時にガラスの割れる音がし、部屋に突風が舞い込む。
いやいや、ガラスの破片まで普通に飛んで……あれ?
ガラスはオリビアの身体を避けるように飛んでいく。慌ててリリスとザイルに視線を向けると二人とも傷一つないよう。良かった。
「あ、あーーーー!」
ただ一人傷を負ったナギールが絶叫する。
『 ぷぷっ。男のくせに大袈裟ねぇ。ママは何箇所か掠める程度にしてあげたっていうのに。情けないお・と・こ 』
え?
すぐ近くから聞こえた声の方に視線を向ければ真っ白な胸に抱えられるサイズのドラゴンが羽根を広げ宙に浮いていた。
「ちっちゃ」
『 生まれたての赤ちゃんだもの。6時間前に生まれたのよぉ 』
え?
それでこんなに喋れるの?しっかりしてるの?ドラゴン恐るべし。窓の外にはママと思われる白色のドラゴンが怒りのオーラを撒き散らしながらナギールを赤い瞳で睨みつけている。
このドラゴン……昨日竜騎士団の地面に穴を空けたドラゴンだ。身重だったのね。
「ひっ!」
なぜここに?と疑問に思っているとドサリと何かが地面に当たる音。小さく悲鳴をあげその場に尻もちをつくあまりにも情けない婚約者の姿にオリビアはため息を吐いてしまった。




