70話 マウントとってる♡
「やはりここはセイラさんがやるべきでは……」
「だから出ないんだってば! 姉ちゃんはファミレスでトイレ行ってなかったよね? 溜まってるんじゃないの?」
「な、なんでわたしが。リツ様がいるならともかく、こんなとこでできるわけないでしょ!」
牢屋の中で言い争う3人の魔法少女。
脱獄のためとはいえ、うら若き少女が放尿などできるはずもなく、話し合いは平行線をたどっていた。
そんな彼女たちを嘲笑うように、その音は辺りに響き渡った。
ジョボボボボボ……
「え?」
「は?」
「あ?」
ぽかんと口を半開きにする魔法少女たちの視線の先。
そこには美少女がいた。
フリルのたっぷりついた白いワンピース。銀色の髪。そして妖精のような美しい容姿。
そんな美少女が、スカートをまくり上げ、立ちションをしている。
まるで騙し絵でも見ているかのような奇妙な感覚が魔法少女たちを襲う。
「えっ、おと……っていうかおしっ……え? え?」
「いつまでもウダウダウダウダ言って、この程度のこともできねぇの?」
その整った顔に浮かんでいるのは、嘲笑。
それはマウントだった。
――放尿すらできないお前たちより、自分のほうが律を想っていると。
「それでよく律の役に立ちたいとか言えたもんだよな」
美少女はため息を吐きながらじろりと魔法少女たちを睨む。
その可憐な姿からは想像できないぶっきらぼうな口調。
その格好に反し、男であることを隠そうとする意思は微塵も感じられない。
「おっ……男の立ちションと女子のそれを一緒にすんな! このド変態野郎が!」
勇ましく噛みつくセイラ。
しかしルナとカナコはジッとその正体不明の女装男の様子を窺っている。
カナコは直接、ルナは配信で見たその男の姿を覚えていたのだ。
「ルーク……〈ブラッディドラゴン〉のボス、リュウザキの息子ですね」
父であるリュウザキの中で律と相対しながらも、行方をくらませた少年。
そのあと怪人となり、なぜか少女のような姿で律の前に再び現れた。
怪人を殺すことでその力を奪うという危険な能力を持っていることが推察され、他の魔法少女たちにも情報共有と注意喚起がなされていたのだ。
「……マジか。くそ、こんなときに」
セイラもようやくそれを思い出し、先ほどまでとは違う真剣な警戒感をあらわにする。
なにせ相手はただの露出狂ではなく危険な怪人なのだ。
「魔法少女は律におんぶにだっこ。そんで捕まって、今度は律が助けに来てくれるのを待ってんの? 真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であるっていうけど、本当だな」
ルークはスカートを整えながら吐き捨てるように言う。
「魔法少女を怪人にすると理論上はかなり強くなれるらしいんだけど、お前らみたいのが役に立つとも思えないし、なによりそんなことしたら律が悲しみそうだし――」
身支度を終え、「ふう」と息を吐くルーク。
そして次の瞬間。
ルークは白いソックスに覆われた細い足で鉄格子を蹴り飛ばした。
そのたった一撃で、女子3人が押しても引いてもうんともすんとも言わなかった堅牢な檻がまるで飴細工かのように容易くへし折れる。
出入りが自由となった牢屋に足を踏み入れ、ゴミでも見るような目で魔法少女たちを見下ろした。
「よし。いっそ殺しちまうか。ちょうどむしゃくしゃしてたんだよな」
変身ブローチを持っていない今の彼女たちに敵う相手ではない。
そんなことは火を見るよりも明らかだ。
それでも彼女たちは魔法少女だった。
自分たちを殺すと宣言し近付いてくる強大な敵を前にして、泣きも喚きもしない。
3人は素早く目配せをした。
まだ彼女たちは諦めていない。
「目的はなんなんだ。意味分かんないんだよお前!」
そう叫ぶのはセイラだ。
大事なのは質問の中身ではない。
敵の注意を引きつけること。
だから別に答えてもらわなくても結構だったのだが、ルークは意外にも律儀に答えた。
「俺は律が好きだ。律にも俺のことを好きになってもらいたい」
魔法少女たちの誰もが、ルークはふざけているのだと思った。
当然だ。女装をして立ち小便をしていた怪人が一体なにを言っているのだろう。
だが恐ろしいことに、ルークは本気だった。
「だから強い怪人を作るんだよ。律が勝てないかもって思うくらい強いのを。そんで俺が白馬の王子様よろしく助けるんだ」
「格好といい思考といい、倒錯しすぎですよ……」
カナコが苦虫を噛みつぶしたような表情で思わず呟く。
その会話がなされた数秒のうちに、ルナは思考を纏めていた。
怪人収容所への襲撃事件とその被害から考えるに、ルークは少なくとも〈黒き森〉のメンバーの能力を持っている可能性が高い。
たとえ変身ブローチを持っていても苦戦するであろう相手。
まして素手であれば対抗できる手段はない。
彼女たちに残された手段は「逃げること」だった。
「散れ!」
ルナが叫ぶと同時、3人はひしゃげた鉄格子を飛び越えてそれぞれ別方向に走った。
全員が無傷で逃げおおせられるとは思っていない。
それでも誰かひとりでも逃げ切って変身ブローチを取り戻すことができればまだ勝機があるかもしれない――
そんな僅かな希望を、ルークはいとも容易く踏み潰した。
ガン! ガン! ガン!
ひしゃげた鉄格子が生命を得たかのようにひとりでに動き出し、まるで網のように3人を捕らえたのである。
それは崩れゆくオフィスで律が初めて相対した怪人・ハタナカの能力――サイコキネシス。
しかしナイフを浮かせて飛ばすだけの単純な使い方しかしてこなかったハタナカよりも、ルークはより高度にその能力を使いこなしていた。
「おいおい、あんま走らせんなよ。こっちは高いヒールの靴履いてんだからよ」
悠々と歩くその風格はまるで女王のよう。
3人は愕然とした。
絶対に勝てない。勝てるビジョンが浮かばない。たとえ変身ブローチがあったとしても、3人がかりでも、この男に勝つことはできない。
そんな風に考えてしまった。
そうなってしまえばもう負けだ。戦うまでもない。
しかし、セイラはそれを認めたくなかった。
負け惜しみとばかりに叫ぶ。
口をついて出たのは、ルークのことを知ってからずっと考えていたこと。
「ってかなんでおまえ女装してんだよ! 意味分かんないだろ!」
律を好きというのが本当だとして、それならどうして女装などしているのか。
元々女装癖があるというわけでもなさそうなのに。
当然の疑問であるが――ルークはセイラの叫びに、ぽかんとした顔をした。
「えっ……まさかお前ら知らねぇの……? そんなに律のこと慕っといて? ぷっ……くく……あははははは!」
ルークは笑い出した。
尋常な笑いではない。
お腹を抱え、膝を叩いて大笑いする。
なぜ笑っているのか分からず呆然とする3人の顔を見て、また大笑い。
ひとしきり笑い転げ、笑いすぎて目に溜まった涙を拭い、そしてルークは3人を拘束していた鉄格子を緩めた。
「はー、おかしい。お前ら滑稽すぎ。でも気分良いから生かしといてやるよ。死んだら律が悲しむだろうしな」
ルークは3人に背を向ける。
振り返らず、手をひらひらとさせながら、こんな言葉を残して。
「じゃーうまくやれよ」




