69話 なにやってんの♡
怪人契約をみゃうみゃうと交わすまで魔法少女たちを檻に閉じ込めたままにしておく。
しかしそれは彼女たちをただ放置しておくという意味ではない。
"監獄"から少し歩いたところにある、薄汚れた事務所にその男はいた。
腕に龍の入れ墨が彫られた若い男。
檻に閉じ込められた3人の魔法少女たちを監視カメラ越しにジッと見つめている。
男は監視役を任されているのだ。
彼女たちは非常に重要な実験体。
妙なマネをするようならすぐに対応を――それがこの男に課された"仕事"ではあるのだが。
「おしっこしろ! おしっこしろ!」
男は血走った目で画面を見つめながら、興奮したように叫ぶ。
もちろん3人が本当に脱走でもしたら男は"上"からどんな罰を与えられるか分からない。
とはいえおしっこで脱走などできるはずないのだ。
あの3人は牢に入れられたことでパニックになっている。
白鳥由栄は確かに手錠に味噌汁を吹きかけて鉄を腐食させ、網走監獄から逃げおおせた。
しかし白鳥は鉄を腐食させるのに1年かかっている。
食事を与えられないと宣言されている彼女たちに、そんな悠長なことをやっている暇はないのだ。
だから男は彼女たちを止めようとはしない。
それどころか、彼女たちが放尿するのを今か今かと待ちわびている。
『ま、まずは言い出しっぺのセイラがやるべきじゃないかしら』
『いやぁ……アタシはファミレスのトイレに行ってきちゃったからさ』
『ここトイレないみたいですから必然的にその辺でする感じにはなっちゃいますね……』
画面の中で言い争う3人。
今すぐおしっこをする流れにならないと見るや、男は不服そうに天を仰ぐ。
「早くおしっこしろよ。ただでさえ暇で死にそうなんだから」
「そうか。君にはこの仕事は少々退屈そうだな」
背後から投げかけられた声に男は椅子からひっくり返りそうになる。
その声の主はこんな薄汚い事務所にわざわざ来るような人間ではない。
もっとずっと上の立場の人間なのだ。
聞き間違いであることを祈りながら男は振り返るが――残念ながら聞き間違いなどではなかった。
ロマンスグレーの髪。
イカした帽子に一目で上等と分かるスーツ。
まるでマフィア映画の中から飛び出してきたようなイケオジ。
「そ、総統……」
〈化蛇〉日本支部総統。
つまり日本に進出してきた〈化蛇〉のトップだ。
部下たちには青龍と呼ばれている。
男は居住まいを正す。
青龍から見ればこの男など下っ端も下っ端。
青龍がその気になれば、レストランの予約を取るよりも簡単にこの男を海の底へ沈めることができる。
「総統がどうしてこんなところへ?」
と言う意味の質問を、男は母国語で青龍へ投げかける。
青龍と男は大陸の同じ地域出身であり、共通の母国語を持っている。
つまり同郷出身をアピールすることで青龍に少しでも気に入られようとしたのである。
「見学だ」
しかし青龍は母国語ではなく日本語でそう答えた。
それはきっと連れてきた"客"への配慮であろう。
青龍に促されて事務所に足を踏み入れた少女。
フリルのたっぷりついた白いワンピースを纏う美しい容姿のその子を見るなり、男はまるで怪物にでもかち合ったように震え上がった。
「ル、ルーク……さん……」
男の左手がズキズキと痛む。
港でうっかりルークにちょっかいを出し、バキボキにへし折られた左手は未だに使い物にならない。
それを知ってか知らずか、青龍は男に笑顔を向ける。
「ルークのお陰でお前も出世できたんだ。彼女に感謝だな」
男の肩に置いた青龍の腕にも入れ墨が入っている。
しかしそれは単純な蛇の絵柄ではない。
そこに彫られているのは"化蛇"である。
化蛇とは大陸に伝わる妖怪だ。
人の面に山犬の胴と鳥の翼を持ち、蛇のように進み、空を飛ぶことも水中を泳ぐこともできる。
あらゆるものを取り込み、あらゆる場所で生き抜く。
世界的マフィア〈化蛇〉がとった生存戦略もまさにそれなのだ。
「日本人はやはりぬるい。私たちなら"怪人"の力を取り込み、もっとずっと賢く利用できる。〈黒き森〉に邪魔をされてなかなか日本に進出できなかったが、ようやくツキが巡ってきたようだ」
怪人も魔法少女も日本国外には存在しない。
それは妖精界と地球とを繋ぐ"通路"がたまたま日本に出現し、その通路から遠く離れすぎると怪人も魔法少女も能力を使えなくなってしまうからである。
「大陸の人って凄いよな。道徳の授業とかなかったの?」
ルークは茶化すように言いながらあたりを見回す。
薄汚れた小さな事務所。
そこと扉一枚隔てた先にあるのは実験室である。
巨大な試験管の中に人ともバケモノとも付かないなにかがプカプカと浮いている。
まさに"悪の組織の実験室"そのものといった光景だ。
「怪人の能力の仕組みを究明すればより強力な怪人を生み出すことができる。みゃうみゃうも私たちの活動に賛同してくれているが、ルークは反対かね?」
「あはは、冗談冗談。もちろん大賛成だよ。みゃうみゃうを〈化蛇〉に紹介できて良かったって心から思ってる」
朗らかな笑みを浮かべるルーク。
が、よくよく見ればその目が笑っていないことに気が付くだろう。
「――で、律に対抗できる怪人は作れた?」
ルークの目的はそれだ。
ずっとずっとそれが目的だった。
そのために〈化蛇〉に近づき、みゃうみゃうを紹介したのだ。
ルークは〈化蛇〉に協力するかわりに律を倒す怪人を作り出すよう総統と約束も取り交わしている。
しかしいつまで経ってもそれらしい動きはなく。
それどころか、彼らはバイトにちゃちな犯罪とその責任を押しつけるばかりで〈化蛇〉本体は地下深くに潜伏したまま動こうともしない。
今日ルークがここに来た目的は、実際のところ彼らの尻を叩くためであった。
だが、やはり総統の態度は煮え切らない。
「もちろん作っている。しかし研究途中だ。まだその時じゃない」
「もうずっと同じこと聞かされてるけど?」
「研究というのはそんなにすぐ結果が出るものじゃないんだ。わたしたちだって努力はしている。ほら、今度は被検体として魔法少女を連れてきたんだ」
総統は監視カメラの画面を顎で指し示す。
「相手はあの〈黒き森〉を1日で壊滅に追い込んだ魔法少女だろう。急がば回れだよ。クレバーに行こう」
「……ふーん」
ルークは総統を見る目をスッと細め――しかしすぐに無邪気な笑顔を浮かべた。
「分かった! 総統さんの言う通りかも!」
ルークはくるりとスカートを翻し、まるで軽やかなステップを踏むように部屋を出ていく。
「わたし、ちょっとお散歩してくるね!」
ルークが部屋からいなくなり、その後すぐに総統も事務所をあとにした。
ようやく男はホッと息をつく。
ずっと生きた心地がしなかった。
できればもう二度とルークには会いたくない。
だがそんな男を歓喜させる音が液晶画面から聞こえてきた。
思わぬ人間たちの乱入ですっかり忘れていた、男が心待ちにしている音。
『ジョボボボボボ……』
その音に男は飛び上がる。
「おしっこ!?」
画面に飛びつき、その映像を凝視し、そして唖然とした。
鉄格子におしっこを引っかけているのが、魔法少女たちではなくルークだったからだ。




