68話 3人寄れば…?♡
冷たいコンクリートの上でセイラは目を覚ました。
「なんだここ……動物園?」
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた部屋。
廊下との間を隔てているのは古びた鉄格子。
昔、両親に連れられて姉と行ったどこかの動物園で、トラがちょうどこんな感じの檻にいたのをセイラは思い出していた。
とはいえ、今回セイラは遠巻きに檻を見ているのではなく、檻に入れられているわけだが。
「やっと起きたと思ったら。なに寝ぼけてるの」
呆れたように言うルナ。その隣にはカナコもいる。
少しずつ思い出してきた。
闇バイト怪人の本拠地を探し出すために潜入捜査をしていたこと。
リクルーターとの接触に成功し、3人で怪人化処置施設へと車で向かっていたこと。
しかしリクルーターには正体がバレていたこと――
つまり。
「わたしたち、捕まっちゃったのか……」
正体がバレ、敵に捕まってしまう。
それは想定していた中で最悪のケースだ。
とはいえ、想定外というわけではない。
そうなった場合のシミュレーションももちろん行っていた。
セイラは落ち着いてあたりを見回し、見回し、見回し……
そして愕然とした。
「アタシのカバンは!?」
「取られちゃったに決まってるでしょ。敵と戦う想定はしていたけれど、変身ブローチを取られてしまうことまでは考えていなかったわね」
「そ……そんな!」
セイラは目の前の鉄格子に掴みかかり、体重をかけて押したり引いたりしてみる。
しかし魔法少女ならいざ知らず、普通の女の子に鉄格子を曲げたりできるはずもない。
無駄なあがきを続けるセイラの横でカナコがぽつり呟く。
「わたしたちを捕まえてどうする気なんでしょう。殺そうと思えばできたのに……」
その答えは檻の外からもたらされた。
「殺すなんてとんでもないみゃ!」
檻の中を覗き込む、猫のぬいぐるみのような生命体。
子供向け番組のキャラクターのような舌っ足らずな明るい声。
しかしその口から発せられるのはおぞましい悪魔の囁きであることを魔法少女たちは知っている。
「――闇の精霊!」
3人とも弾かれたように地面を蹴り、闇の精霊みゃうみゃうから距離を取る。
「そんなに身構えなくていいみゃ。取って食おうってわけじゃないみゃ」
「……なら、闇の精霊がわたしたちに一体なんの用なの?」
ルナは鋭く、しかし慎重に言葉を選んだ。
みゃうみゃうと相対するのは初めてであるが、たくさんの怪人を見てきたルナはそれがどんなに恐ろしい存在であるかを知っている。
怪人は元々は人間である。
もちろん善人とは言い難い人間であったのだろう。
サイコパス、異常性癖、殺人衝動、暴力的な気質――怪人にならずとも犯罪に手を染めていたであろう人間も多かったはずだ。
しかしそうでない人間もいる。
みゃうみゃうがいなければ、その甘言に惑わされてさえいなければ、人の道を踏み外さずギリギリ耐えられていた人間だっていたはずなのだ。
だから3人は警戒している。
みゃうみゃうは言葉巧みに人間を悪の道へと引きずり込む。
そのことを知っているから。
――が、みゃうみゃうのほうは言葉を選んだりしなかった。
「単刀直入に言うみゃ! 君たちには怪人になってほしいんだみゃ~!」
「……は?」
「だめかみゃ?」
呆然とする魔法少女たちに、みゃうみゃうは甘えたような声を上げる。
答えはもちろん決まっている。
「なにをバカなことを。わたしたちが悪の道に落ちるなんてあり得ないわ」
「そうかみゃ。残念だみゃー……でも、いつまでそれを言っていられるかみゃ?」
みゃうみゃうの金色の目が三日月型に歪む。
まるで魔法少女たちがみゃうみゃうの申し出を拒絶するのを待っていたかのように、滑らかに喋り始める。
先ほどまでの舌っ足らずなしゃべり方はもうどこにもなかった。
「水は外から染み出す雨水だけ。食べ物は地を這うネズミや虫だけ。そんな環境で、君たちはいつまで耐えられるかみゃ?」
「怪人契約するまでここから出さないつもりかよ!」
セイラの叫びに、みゃうみゃうはなにも答えない。
ただニタニタと笑うだけ。
それは実質、セイラの言葉を肯定しているのと同義だ。
狼狽えるセイラと反対に、ルナはその視線をますます鋭くさせる。
「脅しのつもり? 魔法の契約というのは双方の合意がないと行えないはずよ」
「その通りだみゃ! でも別にぼくがその檻に閉じ込めたわけではないみゃ。人間同士の諍いのことは、ぼくにはよく分からないみゃぁ……」
「ッ……よくもそんなバカみたいな建前を」
ルナは唇が真っ白になるほど強く噛みしめる。
つまり闇バイト怪人を指揮しているグループとみゃうみゃうはグルなのだろう。
魔法契約のルールで、みゃうみゃうが契約を迫るために脅迫をするのは違反となる。
だから他者が"たまたま別件で魔法少女たちに危害を加える結果となった"という体を取っているのだ。
もちろんとんでもない詭弁である。
そんなことで怪人になるなんてゴメンだ、と3人は考えた。
とはいえ変身ブローチを取り上げられた彼女たちにできることはなく。
「失せろカス精霊!」
去って行くみゃうみゃうの背中に、セイラが罵声を浴びせること以外できることはなかった。
「――さて。ここからどうするかね」
ルナがそう切り出したのは、みゃうみゃうの姿がすっかり見えなくなったあと。
もちろん3人とも、みゃうみゃうの卑怯な手に屈して怪人になる気も、この檻の中で飢えと渇きに苛まれながら野垂れ死ぬ気もない。
「あの。わたしに良い案があります」
と、その手を挙げたのは、今までジッと押し黙っていたカナコだった。
カナコは己の学ランの中に手をつっこみ、なにやら包帯のような白い布を取り出す。
その豊かな胸を押さえ込んでいた"さらし"だ。
それを鉄格子の錠の部分にくくりつけ、輪っかにし、そこに頭を入れて――
首を吊るような格好になったカナコが2人にニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、わたしから死にますね」
「なにやってんの!?」
セイラは慌ててさらしをほどき、元の1枚の布へと戻す。
しかしカナコは不服そうだ。
「だって、怪人になってリツさんを悲しませるくらいなら死んだ方がマシじゃないですか」
「だとしても思い切りが良すぎるよ!」
「そうよ。きっとリツ様が助けにきてくださるわ。荷物は取られたけど、発信器は無事だったし――」
ルナは言いながら学ランの襟を見る。
襟元に取り付けられた校章――それこそ隠しカメラであり、盗聴器であり、発信器である。
しかしそれを手に取った瞬間、ルナの顔色がサッと青ざめた。
通信が切れていることが分かったからだ。
「どうして? 衝撃で壊れたとか……? あ、あなたたちのはどう?」
「こっちもダメだよ」
「同じくです。もしかして、電波を遮断する能力を持つ怪人がいるとか?」
ここは闇バイト怪人を量産している組織の手の中なのだ。
どんな能力を持つ怪人がいてもおかしくはない。
カナコはへなへなとアスファルトに座り込んだ。
「ほら、やっぱり死ぬしかないんですよ。さらし返してくださいよぉ」
「そんな。リツ様にもう会えないだなんて……」
ルナも同じくアスファルトの上で膝を抱え込んでしまう。
しかし、この絶望的な状況下でまだ希望を捨てていない者がいた。
セイラだ。
「昭和の脱獄王、白鳥由栄を知らないの?」
「……え? なんです、急に」
「数々の刑務所から脱獄してみせた実在の人物だよ。白鳥は味噌汁を吹きかけ続けて金属製の手錠を腐食させ、難攻不落と言われた網走監獄をも脱獄してみせたんだ」
ぽかんとするカナコに、セイラはそう力説をする。
「そんなこと言ったって、味噌汁なんてないじゃないの」
「アタシが言っているのは、手元にあるもので創意工夫するってこと! ふたりとも、リツさんにまた会いたいんだろ!? そんな簡単に諦めるつもりかよ!」
セイラの力強い言葉により、ふたりの目にも生気が戻った。
「たしかにそうですね。こんなところで死んだらただの犬死に。リツさんのお役に立てません」
「どんなに無様でも生き抜いて、またリツ様に叱ってもらわないと……♡」
「そうだよ。その意気だ。脱獄さえできれば道が開けるんだ」
3人は力強く頷きあう。
変身ブローチを失ったいまの彼女たちは単なる3人の少女でしかない。
しかし3人寄れば文殊の知恵とは良く言ったもの。
膝をつき合わせ、彼女たちは次々と脱獄についての意見を言い合う。
「味噌汁で金属を腐食させたって、ようは塩分で金属を錆びさせたってことよね? だから塩分を含んだ液体があればいいのよ」
「味噌汁の塩分濃度は1パーセント程度だと聞いたことがあります。これは人間の血液と同じくらいだそうです」
「なるほど。とはいえ血をそんなに大量に出すのはマズいよな。だから、出しても良いものをかけたら良いんじゃないか? そうだな、たとえば――」
セイラは考えながら喋っていた。
そして、喋りながらひとつの妙案が浮かんだ。
ナイスアイデアだとばかりに顔を輝かせたが、しかしそれはすぐに羞恥心に塗れたものに変わる。
「あ、ええーっと、その……」
口に出そうとしては躊躇うというのを何度か繰り返し――しかしとうとうセイラはそのアイデアを声に出した。
背に腹は代えられない。しかし、うら若き乙女が堂々と口に出すのははばかられるその妙案を、蚊の鳴くような声で。
「おしっこかける……とか……?」
檻の中が、水を打ったように静まりかえった。




