67話 油断しちゃダメじゃん♡
「どういうことなの? 送ってきた身分証も、全部偽物ってわけ?」
赤ん坊を抱いたリクルーターの女性は、胡乱な視線を3人の男装魔法少女たちへと向ける。
マズい、とセイラは思った。
このままではなんの成果もなく、この作戦が終わってしまう。
いや、それどころではない。
目の前の女性が怪人で、もしもこんなところで戦いにでもなれば、関係ない客や店員にも被害が出かねない。
律と違い、彼女たちに怪人を一撃で無力化させることなどできはしないのだから。
「ななな、なんのことですか? 俺たちは男ですけど?」
セイラは声を低くし、必死にそう主張する。
しかし否定すればするほど、リクルーターの目は細く訝しげなものに変わっていく。
「そんなに必死に嘘までついて……なにが目的なの?」
「お、俺たちはほんとうに――」
「そんなに言うなら証拠を見せて。服、脱げる?」
「え!? い、いや。それは。こんなとこでは、ちょっと……」
「あら、いいじゃない。シャツをめくって少し見せるだけよ。簡単でしょう? 本当に男の子なら」
リクルーターはそう言って「ふふ」と笑う。
まるでセイラが慌てふためくのを楽しんでいるみたいだった。
彼女を説得することは無理だ。万事休す、とセイラは作戦失敗を悟ったが。
ふたりはまだ諦めていなかった。
「やっぱりバレたじゃない。アンタが大丈夫だって言うから、兄貴から制服借りたのに!」
ルナがヒステリックに言いながらカナコの腕を小突く。
しかしルナに兄などいない。
もちろんお芝居だ。
それに合わせるように、カナコは泣きべそをかく。
「だってぇ、お金欲しかったんですもん! でも男子じゃないと採用してもらえないって先輩に聞いてぇ……」
おもむろに袖をまくり上げ、リクルーターの女性に見せつける。
「見てください、この火傷の痕! レストランでバイトしてるんですけど、もう忙しくて忙しくて、鉄板が当たって火傷しても冷やしてる暇がないんですよ。もっと楽にお金ほしいんです!」
その火傷はメイクで作ったものではない。
母親と決別する前、家計を支えるために行なっていたアルバイトでできたものだった。
カナコの鬼気迫る演技に、リクルーターの表情がほんのわずか和らぐ。
「じゃあ送ってきた身分証は? 学生証の写真、男装したものだったわよね」
「わたしがAIで加工しました」
リクルーターの質問に、間髪入れずルナが答える。
「本物の学生証は家に置いてきちゃって……あの、絶対あとで本物の写真送るので、バイトさせてもらえませんか?」
「お願いしますぅ! もう皿洗いイヤなんですぅ!」
(……すごいな、ふたりとも)
セイラは感心した。
男装が一瞬でバレたときはもうダメかと思ったが、確かに女子が男装している=魔法少女となるわけではない。
ルナの機転の利いた演技はもちろん、それを一瞬で汲み取ってさらに信憑性を増す熱演を付け足してみせたカナコにも驚いた。
自分がふたりを支えなくては、と考えていたがそれは驕りだったかもしれないとセイラは思い直す。
リクルーターの女性の表情も随分と和らいだ。
――が、それと作戦の成功はまた別の話。
「なるほどね。事情は分かったけれど、募集しているのは男子高校生なのよね」
「そ、そんなぁ。わたしたち頑張りますから!」
「うーん。そうはいっても。そういう指示なのよねぇ」
カナコの食いつきに、リクルーターは困ったように眉を下げる。
どうやら彼らも相当魔法少女に警戒しているらしい。
やはり作戦は失敗か。
3人が息を飲んだ、その時。
「ほぎゃあ! ほぎゃあ! ほぎゃあ!」
「あらら、おしめ濡れちゃったかなー?」
腕で眠っていた赤ん坊が突然泣き出した。
リクルーターは慣れた様子で赤ん坊をあやしながら立ち上がる。
「ごめんなさいね、少し待っててくれる? 好きなもの注文してて構わないから」
そう言い残し、リクルーターは大きなマザーズバッグと赤ん坊を担いで颯爽とトイレへと入っていく。
とはいえ、誰がどこで聞いているか分からない。
3人は怪しまれない程度に雑談をしながら卓上のタブレットでそれぞれ軽食を注文し、猫型の配膳ロボットがそれらを席まで届け、もそもそと食し、皿が空になって――
それでもまだ、リクルーターは戻ってこなかった。
「……遅いわね」
ルナがぽつりと呟く。
ルナ、セイラ、カナコの3人に子育ての経験はない。
だから赤ん坊のおむつ替えにどのくらいの時間がかかるものなのかは知る由もないが、それにしても少し長すぎるような気がしていた。
「まさか、逃げられたんじゃ」
そう呟いたカナコの顔色がみるみる悪くなっていく。
「ど、どうしよう。こんな役立たず、リツさんにガッカリされちゃう。そんなの死んだ方がマシだ……」
「待って待って待って! なんでそうなるの。カナコが死んだほうがリツさんガッカリするよ!」
セイラが慌ててフォローすると、カナコはパッと笑顔を見せる。
しかしそれは決してポジティブな笑顔ではない。
「え? 本当ですか? えへへ、じゃあ死ぬ甲斐もあるってもんですね……」
「ええ……?」
セイラは思わずギョッとする。
そしてリツの影響力の強さに改めて恐れ戦く。
(カナコ、明るくなったなと思ったけど全然そんなことなかった。というか、元々の自己肯定感の低さにリツさんへの信仰が加わってなんか変な感じになっちゃってる……!?)
そう思うと同時にカナコを早く慰めなくてはと強く思ったが――
そうするよりも早く、ルナが静かに、しかし鋭く呟いた。
「待って。来るわ」
トイレの扉が開いたのは、ルナの呟きの直後だった。
入ったときと変わらず赤ん坊とマザーズバッグを抱えて戻ってきたリクルーターは3人に輝くような笑顔を見せた。
「お待たせ。みんなご飯食べ終わったみたいね。それじゃあ行きましょうか」
「行くって?」
「もちろん怪人化処置施設よ。そのために来たんでしょ?」
当たり前のように言うと、リクルーターは手早く会計を済ませ、3人を引き連れてファミレスの駐車場へと向かう。
乗車するよう促されたのは何の変哲もないミニバン。
赤ん坊をチャイルドシートに乗せながらリクルーターは顎で座席を示す。
「散らかっててごめんね。適当に座って」
車で施設へ連れて行ってくれると言うわけだろう。
セイラは思わず笑みが出そうになるのを押さえる。
他のふたりも同じ気持ちだろう。
作戦成功はもう目の前だ。
会話も位置情報も魔法少女連盟――つまりリツに筒抜け。
怪人化処置施設とやらに到着すればすぐにリツが出動し、施設にいるであろう怪人を一網打尽にしてくれることだろう。
その施設に今回の闇バイトを取り仕切っている親玉がいればそれで事件は解決。
いなくても情報くらいは得られるはずだ。
どちらにせよ、3人の任務はここまで。
あとは車に乗って到着を待つだけだ。
3人を乗せたミニバンはどんどん走って行く。
下手に黙っているのも怪しく見えるだろうかなどと思い、3人は適宜当たり障りのない雑談をしながら到着を待った。
緊張の糸が切れたせいもあり、車の振動が眠気を誘う。
さらに車はトンネルの中へと突入し、あたりはオレンジのライトが僅かに射し込むばかりの薄闇に包まれ、セイラの眠気は限界に達していた。
とはいえさすがに任務中に寝るわけにはいかない。
眠気覚ましのため、セイラは何の気なしにリクルーターの女性へ声をかける。
「そういえば、なんで急に怪人化させてくれることになったんですか? ダメって言われるかと思いましたけど」
「んー? それはね」
バックミラー越しにリクルーターと目が合う。
彼女はセイラに微笑みかけた。
「あなたたちが魔法少女だからよ」
「え」
瞬間。
女は急激にハンドルを切った。
3人の体が傾き、トンネルの壁が一瞬のうちに迫る。
衝突、大破、死――
そんな単語がそれぞれの脳裏をかすめる。
大きな衝撃に備え、ギュッと目を閉じ身を固くするが。
車はぶつかることなく、壁に吸い込まれるようにして消えた。




