62話 一体どんなお礼してくれるのかな~?♡
ここ数日、ルークの暴走や悪の精霊の暗躍などいろいろと心配なことが多かったものの、律にとって良いことも起きていた。
まず、怪人を倒した際の報奨金が増えたのだ。
「律さんの活躍のおかげで魔法少女の人気がうなぎ登りプイ! 寄付の金額も増えたので報奨金を増やすことになったそうだプイ!」
魔法少女連盟東京本部、戦略会議オフィスにて。
集まった魔法少女たちを前にプイプイは大きな目をうるうるとさせ、感極まったように言う。
魔法少女たちの報奨金は、怪人一体につき一律30万円。
命をかけて戦っているにもかかわらず、報酬が安すぎるというのは以前から指摘されてきた。
しかし魔法少女連盟は寄付金と税金から成り立っている。
〈黒き森〉が猛威を振るい、魔法少女の人気が低迷する時代が長く続いていたせいでなかなか報奨金を上げることができなかったが、ここにきてようやくプイプイの草の根運動が実を結んだのだと彼は主張する。
「ネットでは"魔法少女が命がけで戦ってるのになに撮ってんだ淫獣"とか"女の子の戦闘映像を切り売りして飯を食う謎の生物"とか散々な言われようだったプイが……ぼくの配信活動がようやく実を結んで――」
「そんなの良いから♡ 早く金額教えて♡」
「ええ? これから僕と魔法少女連盟会計科とのバチバチなやりとりを披露するからもうちょっと待ってほしいプイ」
律に水を差され、不服そうに口を尖らせるプイプイ。
しかし言っているそばから他の魔法少女たちによる援護射撃が入る。
「リツ様の言うとおりだわ。そんな裏事情はいいから、まず結果を話しなさい」
「そうだよ! いったいいくらになったんだよ」
ルナ・セイラ姉妹にもせっつかれ、プイプイはようやく観念したようだった。
「分かった、分かったプイ。発表するプイ。だらららららら……じゃん! 33万円だプイ~!」
しー……ん。
口頭でのドラムロールまでつけ、テンション高めに発表したにもかかわらず、魔法少女たちの反応は冷ややかなものだった。
「3万円だけ?」
「散々もったいぶっておいてそんだけかよ……」
「そ、そんなぁ! 期待外れだったプイ!?」
魔法少女たちの冷ややかな視線にたじろぐプイプイ。
その中で、ひとりだけプイプイの功績を認める者があった。
律である。
パチパチパチという拍手が静まりかえった戦略会議オフィスに響く。
「淫獣のわりにはやるじゃん♡」
その言葉にいち早く反応したのはルナだった。
「本当ですよね♡ プイプイってば、たまにはやるじゃない♡」
鮮やかな高速手のひら返しを披露するルナ。
しかしセイラはそこまでの技術を持ち合わせていない。
「ええ? たった3万円ですけど」
「食品の消費税8パーセントすらいつまで経っても下げられないんだよ♡ 10パーセントアップならざことは言えない♡」
「な、なるほど。そういわれるとそうかも……?」
「さすがリツ様♡ そんなところにまで考えが及ぶなんて♡ 素敵です♡」
律のお陰で思いがけずプイプイ評価の流れが来た。
小学生が放置した朝顔のごとく萎れていたプイプイだったが、水を得た魚のごとく輝き出す。
「それだけじゃないプイよ。今まではどんな怪人も一律30万円だったプイが、これからは社会に大きな影響を与えるような重要怪人には特別ボーナスが支給される制度もできたプイ。みんな、これまで以上に頑張ってほしいプイ!」
律はうんうんと力強く頷く。
元薄給社畜だった律にとっては30万円でも十分な額であったのだ。
安いなどと文句を言う気はさらさらなく、ほんの少しだとしても額が上がるのであれば万々歳。
いまの律にとって3万円など端金も端金ではあるのだが、30年にわたって培われた金銭感覚はそう簡単に変わるものではない。
それから、良いことがもうひとつ。
「今日はみんなに紹介したい人がいるプイ。入ってくるプイ!」
プイプイが促すと、会議室の扉が開き、ひとりの魔法少女が入ってきた。
フリルで飾られたピンクのワンピース、緩くウェーブのかかったロングヘアー。
大きな胸を恥じるように背中を丸め、陰鬱な表情を浮かべることが多い彼女だったが、今は別人のように明るい表情で胸を張っている。
「カナコ!」
誰からともなくその名を呼び、そして一斉に席を立ってカナコの周りに魔法少女たちが集まった。
「家庭の事情で、また魔法少女に復帰することになりました。みんな、よろしくね」
照れたようにはにかみながら、カナコは改めて仲間たちにそう挨拶をする。
例の偽魔法少女がH&P会長の根元を殺した。
偽魔法少女はあくまで偽物であり魔法少女とは関係ないのだが、H&Pにそんな理屈が通用するはずもない。
激しい抗議活動が予想されたが、しかしどういうわけかH&Pは活動停止してしまった。
多くの団員が一斉に消えたのだ。
まるでハーメルンの笛吹き男にでも攫われてしまったかのように、なんの予兆もなく、忽然と姿を消してしまったのである。
カナコの母親もそうだった。
未成年の彼女が、唯一の肉親である母親を失った。
普通であれば悲しみに暮れるような状況だが、しかしカナコの母親は“普通”じゃない。
その表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
「リツさんには二度も助けていただいて。本当になんとお礼を言えばいいか」
(そんな。お礼だなんて)
親で苦労したのは律も同じ。
カナコを救ったことで、律は子供の頃の自分を救えたような、そんな晴れやかな気持ちを胸に持っていた。
だから、カナコのその顔だけで律は満足だったのだ。
が、律の口はそうはいかない。
「本当だよね♡ カナコは一体どんなお礼してくれるのかな~?♡」
口元に手を当て、クスクスと挑発的な笑みを浮かべる律。
もちろん律の内心は大慌てだ。
(な、なに言ってるんだ俺! さっきまで調子よかったのに! ど、どうにか軌道修正を――)
と、あわあわとしたが当のカナコは一切動じていない。
己の胸に手を当て、まっすぐな笑顔を律へ向ける。
「はい。わたしの全部をあげます」
(……は?)
律は内心で首を傾げる。
言葉の意味をはかりかねているのが伝わったのか、カナコははにかみながらこう説明を付け加える。
「あ、えっと、ごめんなさい。それじゃあ分かんないですよね。でも言葉通りなんです。わたしはリツさんに身も心も救われました。だからリツさんの助けになりたくて」
そこまでは分かる。
命の恩人に恩返しがしたい――それは人として普通の心理だ。
しかしカナコのそれは"普通"と言って良いレベルではなかった。
「リツさんのためならなんでもします。お部屋のお掃除とか買い出しとか、雑用でもなんでも言ってください。お金はあんまりないけど、リツさんが必要なら全部使っても構わないです。戦いの時はどんな危険な役割も請け負います。肉壁にしても構いません。自爆攻撃とかも、必要なら喜んで」
律は戦慄した。
カナコの言葉に驚いた、というのもある。
しかしそれ以上に律に衝撃を与えたのは、その目だ。
H&Pの活動に傾倒し、自分のたったひとりの娘をも差し出した母親――カナコの目はそれにそっくりだった。
親から受けた毒は、まだまだカナコの体の中で渦を巻いている。
(こ、この子……危うい……)
内心で固まる律。
その背後で「誰の許可を受けてそんなこと言っているの。リツ様の右腕はわたしよ!」と叫ぶルナと、「また狂信者が増えた……」と頭を抱えるセイラによって、戦略会議オフィスはますます混沌としていくのだった。




