61話 トラップ♡
普段は静かな夜の港にこの日はたくさんの人影が蠢いていた。
釣り人でもなければ漁師でもない。
頭にアルミホイルをかぶったその集団は整然と列を作り、みな一様に穏やかな笑顔を浮かべながら貨物用のコンテナの中へと入っていく。
「この中に入れば、代表のところへ連れて行っていただけるんですよね?」
代表、というのはつまりH&Pの代表である根元のことである。
彼らはH&Pの団員たちであり、根元に会うためにこうして港に集ったのだった。
団員のその希望に満ちた問いかけに返事をしたのは、コンテナの脇で煙草片手に列を見ていたガラの悪そうな男。
彼は鬱陶しそうに眉間にしわを寄せ、煙と共に言葉を吐き出す。
「あー、はいはいそうですよ。さぁ早くのってのって」
まるで荷物のようにコンテナへ詰め込まれていくH&P団員たち。
それを上から、つまりコンテナの上に腰掛けて眺めている少女がひとり。
銀色の長い髪を夜風に靡かせ、レースが幾重にも重なったドレスは月光に照らされて白く輝いている。
まさに人間離れした美しさ。
夜の海という非日常的な雰囲気も手伝って、まるで天界から舞い降りた天使か、あるいはその美貌を利用して人を海に引きずり込む妖怪のようにも見える。
その二択であれば、実態に近いのは後者であろう。
「ドナドナドーナードーナー」
と、歌いながらコンテナの上へのぼる男がまたひとり。
腕に蛇のタトゥーを刻んだ男が、少女の隣に腰を下ろす。
「いやぁ、こんなにたくさん凄いな。助かるよ。日本人ってのは高く売れるからね」
流暢な日本語だが、しかし微妙なイントネーションの違いから彼の母国語が日本語でないことが分かる。
「カンボジアあたりに飛ばして詐欺させても良いし、腹開いて内臓売っても良い。日本人には捨てるところがないね」
気さくに話しかけてくる男に対し、少女は彼を見もせず返事もしない。
しかし男は構わず距離を詰め、少女に声をかけ続ける。
「でもさ、どうやってあいつら騙して連れてきたの? H&Pの代表殺したのって君なんでしょ?」
少女は喋らない。
というより喋る必要がない。
少女が怪人・ネモトを殺したことでその洗脳能力を得たこと。
もとより洗脳にかかりやすく、根元に心酔していた団員たちを「根元は死んでいない。一芝居打って魔法少女から逃がしただけ。自分についてくれば根元に会わせる」と信じ込ませて港まで連れてくるのはそう難しいことではなかったこと。
そんなことをこんな下っ端の男なんかに話す必要はないと少女は判断していた。
少女が話したいのは、もっとずっと上の人間。
「化蛇の総統に会わせて」
〈化蛇〉――それは大陸からやってきたマフィアの名である。
いままで東京の裏社会は〈黒き森〉が支配しており、外国のマフィアが入り込む余地などなかった。
しかし現在、〈黒き森〉は壊滅。
他にめぼしい組織もなく、〈化蛇〉はここぞとばかりに日本へ進出しようとしている。
少女の狙いはそこだった。
〈化蛇〉に取り入る。そのために、H&Pの団員たちを捧げたのだ。
「手土産は十分だろ。ザコじゃ話になんないから」
「あははは! 日本人の女の子って普通もっと優しくない? まぁでも、そうだなぁ。確かに手土産は豪華だけど、総統もお忙しい人だからねー。話はしてみるけど、3ヶ月後か、半年後か……」
「そんなに待てない」
「そうだよねぇ。まぁ俺の親しい友達ってことならすぐに会わせられるかもしれないけど――」
男はその腕を蛇のようにするりと少女の腰に這わせ、耳元に唇を寄せる。
「俺と親しくなっちゃう?」
突き飛ばされるか、あるいは平手打ちでもされるかもしれないと男は覚悟していた。
そうであれば激怒したフリで少女との約束を一方的に反故にし、大量の日本人を本国へ送った手柄を自分のものにできる。
それならそれで構わないと男は思っていたが――予想に反し、少女は男を突っぱねなかった。
「いいよぉ」
このとき、少女ははじめて男と目を合わせた。
年端もいかぬ少女に似合わぬ妖艶な目つき。
呆気にとられている男の手を少女はそっと掴む。
そしてゆっくりと、己のスカートの中へと男の手を誘導していく。
「え、おお、マジか……」
驚きながらも、思わぬ収穫に男は頬を緩ませる。
しかし少女の体に手が触れたその瞬間、男の顔からスッと笑みが消えた。
覚えのある感触。ギョッとしたように少女の顔を見る。
そこには、ないはずのものがあったのだ。
「えっ……ついてる……?」
呆然と呟く男の顔を眺めて、少女は「ギャハギャハ」と怪鳥のような笑い声を上げた。
「残念! 男でした! 死ねよクソザコ」
「ぎゃああああああッ!?」
バキバキバキバキッ。
男の左手の指が枯れ枝のようにへし折れ、苦痛のあまりその場にへたりこんでしまう。
無様な姿に、少女は――いや、ルークはいらつきを覚えた。殺意すら滲むほどだった。
律に秘密を打ち明けられたにもかかわらず、それを受け止めきれず暴走してしまったかつての自分を見ているようだったから。
「今すぐ総統に連絡しろ。そうだな、3秒以内で」
「いやっ、それは――」
「さん、にぃ、いち。よっ」
ルークはリズミカルなカウントダウンのあと、男のバキバキになった左手をリボンのついたヒールで踏みつける。
バキッボキッ。
声にならない悲鳴を上げ、男は半泣きになりながらスマホを取り出しなにやら操作をする。
これで良い、とルークは頷く。
不完全であるからこそ、人はその穴を埋めようと他者を求める。
今の律は完璧すぎる。
律に対抗できる敵を作らなければならない。
そのためならなんだってする。なんだってできる。
ルークの纏ったドレスが、潮風に吹かれてふわふわと揺れた。




