60話 怪人って人権ないんでしょ♡
怪人収容所に襲撃があった――
それを聞いたとき、律はてっきり怪人たちが逃げ出したのだと考えた。
彼らの仲間たちが収容所に乗り込み、脱走を手助けしたのだと。
しかし違った。むしろ逆だった。
収容所に乗り込んだその人物は、収監されている怪人たちを次々に殺していったのである。
ネットなどではH&Pのネモトを殺した"偽魔法少女"が犯人なのではないかとまことしやかに噂されている。
その真偽を、律はプイプイに尋ねたが――答えはなんとも曖昧なものだった。
「犯人の姿は分からないんだプイ。監視カメラには映っていなくて……」
「カメラに写ってないって、そういう能力ってこと?」
透明化か、あるいはデジタル機器に映らないようにする能力なんてのもあり得る。
例の偽魔法少女は能力をいくつも持っている可能性があり、そういった能力を使ったとすれば不自然ではないが――そこまで考えて、律はハッとする。
「どうして収容所で能力が使えてるの?」
収容所は妖精さんの力により、敷地内で怪人が能力を使えないようになっているのは有名な話だ。
その厳重な設備により、これまで収容所で怪人が暴れたり逃げ出したりといった事件が起きたことはなかった。
今回、収容所が突破されてしまった理由について、プイプイはこう考察する。
「アイツ――悪の精霊が噛んでいるに違いないプイ」
プイプイは嫌悪に顔を歪める。およそ魔法少女のマスコットらしからぬ表情だ。
悪の精霊。
〈ブラッディドラゴン〉のボスであるリュウザキの体の中で一度だけ相まみえた、黒猫のぬいぐるみのような生命体が律の脳裏をよぎる。
酷くイヤな予感がした。
「被害の状況を具体的に教えて」
「ええと、怪人が4体殺されたプイ。いずれも律さんの捕まえた〈黒き森〉のメンバーだったプイ」
「俺が捕まえた〈黒き森〉の怪人は全部で5人だから、ひとりは生き残った怪人がいたんだ。運が良かったね」
「いや、運が良かっただけじゃないプイ。そいつは襲撃犯と接触しながらも、無傷で生き延びたんだプイ。それでその、相談なんだプイが」
プイプイはやや躊躇う様子を見せながら、しかしここからが本題とばかりに切り出す。
「その怪人は襲撃犯に関する証言を拒否してるんだプイ。でも律さんになら話しても良いと言っていて」
「え。その怪人って、もしかして――」
律の問いかけに、プイプイは微かに頷く。
「ボスのクロサワだプイ」
***
「まるで"羊たちの沈黙"だね」
アクリル板の向こう、人が生きるのに必要最低限な広さと設備を備えた無機質な独房にヤツはいた。
クロサワだ。
〈黒き森〉のボスであり、律がメスガキになる前に所属していたブラック企業、黒沢商事の社長でもある。
真っ白な獄衣に身を包んだクロサワは、かつてと変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべていた。
「私もレクター博士と同じさ。ああいや、人を食ってるという意味じゃないよ。情報提供の見返りにもっと良い環境の施設へ移してほしいってこと」
勝手なことを、と律は思う。
そして、「やっぱりな」とも。
クロサワの目的はある意味単純で、非常に分かりやすい。
つまり、自らの利益である。
自分を捕まえた律へ恨み言のひとつも言わず、得た情報を最大限の利益に変えることだけを考えて動いている。
そこにはなんの感情も私怨もない。
律を呼んだのは、子供だから御しやすいとでも思ったのか。
怖い人だ、と改めて律は思う。
しかし律はこの人に勝たなくてはならない。
武力で、という意味ではない。
そうであったらどんなに楽かと思うが。
武力行使をせず、クロサワから情報を引き出す。
律がここに来た目的はそれだ。
「僕以外のメンバーは全員死んだんだろう? 僕の証言は貴重だと思うよ」
確かに現状、襲撃犯の情報を持っているのはクロサワだけ。
襲撃犯は本当に例の偽魔法少女だったのか、怪人を次々に殺した理由は、そしてどうしてクロサワだけは命を奪われなかったのか――知りたいことは山ほどある。
とはいえ、クロサワは悪逆非道の限りを尽くしてきた怪人組織〈黒き森〉のボス。
律が死にかけた挙句メスガキ魔法少女になったのも、元はといえばクロサワのせいなのだ。
そんな人間が有利になるような取引をするつもりは、律にはなかった。
つまり、この男をどうにかだまくらかして情報を引き出すしかない。
律はため息が出そうになるのをなんとか堪え、目の前の胡散臭い男を見据える。
(そういうのあんまり得意じゃないんだけどな。それに、この人の顔見ると社畜時代思い出して憂鬱になるし……でもまぁ、頼まれたからやるだけやってみるかぁ)
そして律はおもむろに変身ブローチを取り出し、魔法少女へと変身する。
瞬間、クロサワの表情から胡散臭い笑みがスッと消えた。
その視線は右へ左へと虚空を泳ぎ回り、明らかな動揺が見て取れる。
「ど……どういうつもりなのかな?」
(……ん? なにが?)
律は内心で首を傾げる。
どうしてクロサワが怯えているのか律には分からない。
律はただ、どちらかといえば気弱な素の自分よりメスガキ状態でクロサワを煽る方が尋問を有利に進められるのではないかと思っただけだ。
しかしクロサワの解釈は違った。
「拷問は重大な人権侵害だ。みんなのヒーロー、魔法少女がそんなことをしているなんて知ったら世間の人間はどう思うかな……?」
(えっ、もしかして俺が物理的に口を割らせようとしてるって思ってる?)
もちろん律にそんな気はない。
日本人の標準的な道徳観と遵法精神を持った律は、拷問だなんて考えもしなかった。
素の律であれば即座にクロサワの考えを否定していただろうが、しかしメスガキの律はしたたかだった。
「でもでも、リツ知ってるよ♡ 怪人って人権ないんでしょ♡ それに〈黒き森〉の被害者は社長さんが痛めつけられてるのを知ったら喜んじゃうかも……♡」
律は嗜虐的な笑みを浮かべ、魔法で作り出したステッキをつつつと指でなぞる。
クロサワの顔はみるみる色を失い、唇が微かに震えている。
「ご、拷問には正確な情報を入手する効果がないとCIAも、み、認めている。僕もきっと、嘘の情報で君の捜査を撹乱するよ。それはお互いのためにならない。そうだろう?」
よく喋るのは相変わらず。
しかしいつもより早口なことがクロサワの焦燥感を表しているかのようだ。
そのせいか。クロサワは大きなミスを犯した。
「なにより、彼は君を狙っているようだった。一刻も早く手を打たないと――」
(彼? ……あっ)
律はハッとした。
頭の中でなにかが弾けたような感覚。
クロサワが漏らしたそのひと言が、律の頭の中の点と点を線で結んだのだ。
違和感はあった。
偽魔法少女は、自分のことを「俺」と呼んでいて、しかも律と面識があるような素振りを見せた。
そしてたった今、クロサワの漏らした「彼」という単語。
それは偽魔法少女が男であることを示している。
律が気付かなかったのも無理はない。
その格好があまりにもよく似合っていたから。
しかし男であるということを念頭に置いてもう一度その顔を思い出してみると――律と面識のあるひとりの少年が浮かび上がってくる。
〈ブラッディドラゴン〉のボスであるリュウザキの体の中で接触して以来、行方不明となっていた彼がまさかこんな姿になっているだなんて律も考えていなかった。
ルークである。
女子を惹きつける中性的な顔は、銀色の長い髪と白いドレスにとてもよく似合っていた。
(いや、でも、なんで女装……?)
律は首をひねるが、しかし心当たりがないではない。
ルークは言っていた。
律が男であると知り、絶望のあまり力を暴走させ、それでもなおこう叫んだのだ。
『ソレデモイイ! 好キダ、リツ!!!』
律は血の気が引いていくのを感じていた。
もしかしたら、自分のせいで思春期の少年のデリケートななにかをねじ曲げてしまったのではないか、と。
「だ、だから拷問というのはお互い無駄な時間を過ごすだけで――」
なおも喋り続けるクロサワに構わず、律は立ち上がる。
とうとう拷問が始まるのだと勘違いし、頭を抱えて震え出すクロサワを見下ろして律は口元を嘲笑に歪めた。
「こんな小さい女の子になに怯えてるの?♡ かわいそ♡」
律はそう呟いて失笑する。
どうしてこんなやつに怯えていたのか、今となっては分からないくらいだった。
カリスマの威光は社会的地位や、彼をもてはやす信者がいてこそのもの。
彼はもはや社長ではないし、律ももはや会社員ではない。
独房にひとりぼっちの"カリスマ"に、律が恐れることなどなにもない。
「お兄さんはもう用済みだから別にいいよ♡ 一生そこで惨めに飼い殺しにされてれば?♡ じゃねー♡」
かつての上司に別れを告げ、律はクロサワに背を向ける。
次の瞬間には、もう頭の中は別のことでいっぱいになっていた。
つまり、なにやら暴走しているのであろうルークを止めなくては、ということだ。




