63話 弁護士をつける権利はありません♡
「どもっ、モーリです! おはこんばんちは~」
髪の毛をピンクに染めた、ヒョロリとした男。
職業はいわゆる配信者――を自称してはいるのだが、人気は振るわず。
それで飯を食っているとは言い難く、実態はほぼ日雇いバイトで食いつなぐフリーターであった。
その日の同時接続者数はたったの6人。
これが彼にとってのいつもの数字だ。
いままでは、だが。
「はいっ、というわけでね。はじめていきたいと思います。今日はですね、渋谷のスクランブル交差点に来ています。いやー、凄い人ですね。外国人観光客も多いです」
交差点の真ん中に突っ立ち、配信用機材に向けて笑顔で手を振るモーリ。
渋谷のスクランブル交差点といえば外国人観光客にとっては一大観光スポット。
写真撮影のために交差点で立ち止まる人間は多く、通行人たちも慣れた様子でそういった人間を巧みに避けながら進んでいく。
モーリに特別注意を払う人間はいない。
誰もがチラリと横目で彼を確認し、そのままぶつからないように素通りしていく。
それは彼の動画を素通りしていくユーザーの動きそのままだった。
しかしそんなスポットライトの当たらない日々はもう終わり。
次の瞬間、道行く人の視線がモーリに釘付けとなった。
信号が赤になったにもかかわらず、未だ交差点の真ん中でカメラを回し続けていたからだ。
「おい! 危ないぞ!」
誰かが叫び、あちこちからクラクションが響く。
配信に夢中で信号が赤に変わっていることに気付いていないのだと、多くの人間が思った。
しかし違う。
モーリはわざとそこに残ったのだ。
自らの力を誇示するために。
「今日は、渋谷をめちゃくちゃにしたいと思いまーす!」
――ブウン。
まるでモーリを中心とした一帯だけ重力が消失したかのように車が浮き上がる。
瞬間、怒声やクラクションは悲鳴に代わり、白昼の渋谷は一気に大混乱に陥った。
「はいっ、と言うわけでね。金属を操作する力を手に入れました。これを使って、今日は渋谷をめちゃくちゃにしていきます!」
モーリ――いや、怪人・モウリは明るい声で言いながら、しかしその目はスマホに表示された同時接続者数に釘付けだった。
一桁だったその数字が、2桁、3桁、4桁……
どんどんと増えていくその数字にモウリは目を輝かせた。
「うはっ! めっちゃ見られてる! すげすげっ!」
『これマジ?』
『AI偽動画だろ』
『いや、スクランブル交差点の定点カメラ見ろ。マジだ』
『怪人!?』
『なんの意味があって怪人がこんなことしてんの……?』
たくさんのリスナーからのコメントが配信画面に流れていく。
モウリは確信する。
やはりバズるには派手なことをしなくてはいけないと。
今まで自分が日の目を浴びられなかったのは、目を引く特別な能力がなかったからだと。
「それじゃあいきましょう! まずは"車でお手玉してみたwwwww"やりまーす! 落としたら大惨事だから慎重に慎重に……って、うわああああっ! 手が滑ったぁ!」
モウリは大袈裟にずっこけながら宙に浮かぶ車を操作する。
配信、特に生配信でウケるのは"ハプニング"。
車を群衆の上へ落としかけて、しかしギリギリのところで持ち上げる。
そういった動きをしようと思ったのだが――怪人になったばかりのモウリにそんな器用なことをする技量はなかった。
「うわっ、やべっ――」
コントロールを失い、逃げ惑う群衆たちの元へ車が落ちていく。
「ギャー!」
「逃げろ!」
「どけって!」
逃げ惑う群衆。
こういうときに割を食うのはいつだって弱い人間だ。
ベビーカーに子供を乗せた母親。
我先にと逃げ出した大人にぶつかられた拍子に車輪が壊れたか。
うまくベビーカーが動かず、子供を抱えて逃げだそうとするも、子供をベビーカーに固定するベルトがなかなか外れない。
ようやくベルトを解いて子供を抱きかかえたときには、もう遅かった。
「あっ――」
天を仰いで絶句する。
目前に迫った数百キロの鉄の塊に死を覚悟したその瞬間。
輝く光が彗星のように降ってきた。
「よいしょっと♡」
律だ。
車を両手で受け止め、それをそっと地面へと下ろす。
まるで棚の上に置いていた空の段ボールを下ろすかのごとく軽々と。
不幸中の幸いだったのは、律がたまたま暇をしていたこと。
スクランブル交差点で起きたこの騒動をネットでいち早く知り、プイプイからの出動要請が来るよりも早く渋谷へ向かうことができたのである。
おかげで大惨事をなんとか回避することができた。
ベビーカーを押していた母親も、地面に叩きつけられかけた運転手も、命があることに安堵の涙を流し何度も何度も律にお礼を言ったが――ホッとしているのはモウリも同じだった。
「た、助かったぁ。さすがに人死には萎えるもんね。とりあえずお礼言っとこうかな。おーい、魔法少女ちゃん、ありがとー」
能力で浮かせた車をそっと下ろし、律に笑顔で手を振るモウリ。
が、もちろんそんなことで律が帰るはずもない。
律はステッキを取り出し、モウリに迫る。
魔法少女が怪人を倒す――当たり前の行動に、しかしモウリは慌てたように両手を挙げた。
「ま、まってまって。俺、悪い怪人じゃないから。今日怪人になったばっかりで、確かにちょっとやりすぎたかもだけど、別に犯罪犯したわけじゃないし――」
その言い訳はまったく意味不明であった。
律は頬に人差し指を添え、大きく首を傾げる。
「なに言ってんの~?♡ 怪人になった時点で犯罪者どころか、法律的には人間ですらなくなるんだけど♡」
「は……はぁ? ちょ、ちょっと待って。じゃあ辞める。怪人辞めるわ。なんかすぐ辞められるって説明受けたし」
「辞められるわけないじゃん♡ お兄さんさっきからなに言ってんの?♡ ゆで卵を生卵に戻せないのと一緒だよ♡ 常識でしょ♡」
「……え、えっと。一回弁護士呼んでいい?」
「お兄さんに弁護士をつける権利はありません♡ 黙秘権もありません♡ 残念でした♡ キャハハ♡」
「な、なんだよそれ。聞いてた話と違うんだけど!? 嘘言ってんじゃねぇぞガキ!」
握り込んだ拳をわなわなと震わせるモウリ。
うつむく顔を覗き込み、律はピンクの唇から尖った八重歯を覗かせる。
「オトナなのにそんなことも知らずに怪人になったの?♡ さすがにリサーチ不足すぎ♡ だから万年底辺配信者なんだよ♡」
瞬間、モウリの目つきが変わる。
キレた人間というのは目が違う。
瞳孔が開くせいで妙にギラギラと輝いており、こうなってしまうとまともに話し合いをするのは難しい。
しかし律に怯む素振りはない。
「あっ♡ 図星だった♡」
「――舐めやがって!」
人間を辞め、怪人になったこと。もう人間には戻れないこと。
その焦燥と律への怒りが混じり合って爆発。
「企画変更! "生意気な魔法少女、理解らせてみた"だッ!」
瞬間、車道と歩道とを区切っていた鎖が蛇のようにうねりだし、飛び上がったかと思うと律の首に巻き付いた。
ギチギチと音を立てて律の白く細い首を絞めていく。
「ほら! ごめんなさいは!?」
「ふーん♡ この程度なんだ♡ よいしょ♡」
ブチブチブチブチィ。
がなるモウリを嘲笑うように律は鎖をその手で掴み、そして素手で引きちぎってみせた。
「……え?」
魔法を使ってすらいない。
素手で車を受け止め、そして鎖を引きちぎる律のフィジカルにモウリは言葉を失う。
理解ってしまったのだ。
目の前のこの生意気なメスガキ魔法少女に、自分は決して勝てないと。
そして律はトドメをさすべくいつものようにステッキを振り上げる。
「はい。リツの勝ち♡ ざぁ――」
が、律のステッキがモウリを殴りつけることはなかった。
その前に爆発したからである。
(えっ、なに?)
爆風を浴びながら、律は困惑した。
モウリが爆弾を持っていて、それが爆発したという感じではなかった。
まるでモウリ自身が体内から爆発したかのような。
変なのはそれだけではない。
モウリはあまりに愚かすぎた。
白昼堂々こんな都心で、しかも配信までして自らの力を誇示する。
そんなことをすれば魔法少女が駆けつけるのは当然だし、かつての〈黒き森〉構成員のような魔法少女に手出しされない後ろ盾をもっているわけでもなさそうだった。
しかも怪人の能力をつかってやることが配信だなんて、あまりにもお粗末。
その理由を、魔法少女たちはまもなく知ることとなる。
――こんな広告が、あちこちに蔓延るようになったのである。
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