57話 諭吉が喋んないで♡
「ムホホ、3Pとは気が利くなぁ……って、魔法少女リツ!?」
暢気に構えていたネモトも、振り返って律の顔を見るなりギョッとした表情を浮かべて弾かれたように立ち上がる。
そしてその顔は、律の肩に乗ったプイプイによってしっかり配信されていた。
『H&P代表が怪人とかマジ?』
『てかその格好は一体…?』
『クチバシ?は本物っぽいけど、そのほかのシマシマ服とかカトーマスクは自分で用意したってことよな?』
『なぜ怪人が怪人のコスプレを?』
『まさか…魔法少女敗北プレイしたかったんじゃ…』
『きっっっっつ』
『うわぁ…』
『食事中なんです勘弁してください』
「あーあ♡ H&Pのトップがこんなキモチ悪い変態不快害虫、もとい怪人だってみんなにバレちゃったね♡」
律は歪んだ口元へ小さな手を当て、ネモトを小馬鹿にするようにクスクス笑う。
しかしネモトも往生際が悪い。
「え、えいちあんどぴー? ナンノコトカワカリマセン」
『裏声で草』
『声も蚊完全再現で草』
『もっとマシな誤魔化し方あんだろwwwww』
『こんなのに騙されたH&P団員は反省した方がいいよマジで』
とはいえ、確かにカトーマスクで目元を隠し、能力の影響で口元が変異したこの状態ではいくらでも別人だと言い訳ができる。
しかしやることはいつもと変わらない。
「そのへんは倒したあとでゆっくり確認してあげる♡」
「くうっ……」
「人様の財産を搾取する“いただきおじさん”とか目も当てらんない♡ オトナなのにこんな未成年の女の子にまでたかって生きるとか恥ずかしくないの?♡」
律はステッキをネモトへ向ける。
しかし当然、ネモトも大人しく倒されるのを待つばかりではない。
すでに攻撃は始まっていた。
キイイイイイィィィイン――
そのモスキート音に、カナコは声を上げる。
「リツさん、気を付けてください! 精神攻撃タイプです!」
『精神攻撃?』
『あ、なんか変な音聞こえるかも』
『そうか?』
『あー、20歳過ぎると聞こえないみたいなヤツか』
『まぁリツに精神攻撃なんて通じるわけないだろ』
『…いや、待て。なんか様子が』
ネモトの精神攻撃に、律の体がブルブルと震え出す。
火がつくような不安、焦燥、混乱。
瞬間、律の脳裏にもともとあった将来への不安が噴出する。
(俺はこれからどうなるんだろう。ずっとこのままなのかな? いつまで魔法少女で稼げるのかな? お金がなくなったりしたら――)
『おいおい、もしかして効いてる!?』
『強キャラに状態異常が効かないのはゲームの中だけか…』
『リツしっかりしろ!』
『マジかよ。ここにきてメスガキ魔法少女が負けるとか…』
驚いているのはリスナーたちばかりではない。
カナコはもちろんのこと、ネモト本人ですらダメ元の攻撃が律を苦しめていることに目を見張る。
(あれ? 効いてる!? よしよしよし! リツを倒すチャンス!)
そして攻撃は第二段階へと進む。
つまり、恐怖からの解放。
「ワシを信じればその恐怖から解放してあげよう」
エコーがかかったようなネモトの声が強く響く。
まるで神の声を聞いているような衝撃が律の脳を揺らす。
恐怖に支配された者は、この声を聞くことで藁をも縋るようにネモトの言うことを聞くようになってしまうのだ。
「リ……リツさん!」
カナコの呼びかけにも応答はなく。
律は夢遊病患者のようにふらふらとネモトに近付き――
勝利を確信し、ほくそ笑むネモトのその口吻を片手で掴んでへし折った。
「ぎゃあああああああああっ!?」
思わぬ反撃に、ネモトはふにゃふにゃに曲がった口吻を抱えてうずくまる。
『なんだ騙されたフリか』
『びっくりした』
『まぁメスガキ魔法少女にこんな能力効くわけないだろwww』
配信画面にはリスナーたちの安堵のコメントが流れていくが、そうではない。
確かにネモトの能力は律に効いた。
一般的には魔法少女に精神攻撃系の能力は効きづらいとされているが、ネモトのそれは強力だった。
もともと持っていた将来への不安を増大させ、律を混乱させることに成功したのだ。
しかし混乱の中でさえ、律はよく知らない胡散臭いおじさんにすがるようなことはしなかった。
律を安心させてくれるものはただひとつ。
「さ、30万円……♡」
「は!?」
「リツが信じられるのはお金だけ……♡」
そう呟く律の目は夢でも見ているみたいにトロンとしているのに、その眼光は獲物を前にした肉食獣がごとくギラギラと輝いている。
そして律はステッキを構える。
ネモトは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「ま、待て。話せば分かる」
折れた口吻をプラプラとさせながら、ネモトはその両手を前に突き出す。
しかし律はそれを無視した。
「諭吉が喋んないで♡」
「ひいっ!?」
『ネモトが札束に見えてやがる…』
『リツちゃん! いまは渋沢だよ!』
『メスガキバーサーカーモードで草』
『やっちゃえリツちゃん!』
床を這って逃げようとするネモトの前に律は立ちはだかる。
そして、虫叩きのようにステッキを振り上げた。
「ひいっ……ひいい」
ネモトは情けない悲鳴をあげ、そして最後の悪あがきとばかりに叫ぶ。
「そんなことして許されると思ってるのか! H&Pの団員が黙ってな――」
「はい♡ 30万円ゲット♡」
ゴッッッッッ!
鈍い音を立ててステッキがネモトの頭頂部にめり込む。
ネモトは白目を剥き、受け身も取らず床に倒れ伏した。
そして律は宣言通り、ネモトの目元を隠すカトーマスクを引っ剥がす。
プイプイの構えるカメラはしっかりとその素顔を捉えた。
『うわ、分かってはいたけど本当にネモトだ…』
『怪人がトップに立つ組織が魔法少女ディスってたとか笑えねー』
『団員は反省しろ』
『でもこれであの鬱陶しいH&Pも解散だな』
しかしそう簡単にはいかなかった。
ネモトの悲鳴を聞きつけたアシスタントの女性が様子を見に駆け付けたのである。
「一体どうされ……ッ、代表!?」
白目を剥き、異形の口吻をへし折られて倒れているネモトを見るなり、女性は絹を裂いたような悲鳴を上げる。
そしてその視線は、ステッキを握りしめた律とその頭上に浮かぶプイプイへと向けられた。
的外れな怒りと共に。
「悪魔の手先と魔法少女め……とうとう本性をあらわしたな……」
「え? いやいや、この人は怪人だったんだプイ。だからぼくらは――」
「H&Pに都合の悪いことを喋らせないために、代表を消そうとしたんでしょう! わたしは騙されないっ!」
女性はプイプイの声をかき消すようにヒステリックな叫びを上げる。
瞬間、プイプイに、律に、カナコに、そしてリスナーたちに「?」が浮かぶ。
『いやいや、ネモトって怪人じゃん。怪人を魔法少女が倒すのは当然だろ』
『騙されてたのは普通にお前らだぞ』
『いい加減にしろよ』
『陰謀論者って話通じなさすぎ…』
リスナーたちからは呆れたようなコメントが寄せられる。
誰がどう見てもそのような感想を持つだろう。
しかも一部始終はプイプイがバッチリ配信していたのだ。
証拠は揃っているのに、しかし女性はまるで話が通じない。
「誰か! 誰か来て! 代表が連れて行かれちゃう!」
その声により、ゾロゾロとH&P団員たちが集まってくる。
そのなかのひとりを見て、カナコは思わず呟いた。
「お母さん……」
ふたりと一匹を襲う混乱は、ここからが本番だった。




