58話 だってカナコは子供なんだから♡
ネモトの屋敷の隣にはH&P会館がある。
そこにいた団員たちが次々に集い、いまや十数人が屋敷に押し寄せ律たちを囲んでいた。
しかも彼らは携帯で連絡を取ってどんどんと仲間を呼んでいるようだ。
「代表が魔法少女に襲われた!」
「襲撃だ! H&Pに宣戦布告だ!」
「アポカリプスよ! 代表の予言が当たったんだわ!」
口々にトンチンカンなことを叫ぶ団員たちにプイプイはしばし呆然としていたが、やがてハッとしたように声を上げる。
「いやいや……なに言ってるプイ。これは怪人ネモトが――」
「ウソをつくな!」
「妖精さんは悪魔の手先!」
「よくも代表をおおおぉぉぉぉ!!」
プイプイの声をかき消すようなH&P団員の絶叫。
そもそも彼らに人の言葉を聞く気などないのだ。
しかしそんな彼らがにわかに静かになった。
代表のネモトが手を挙げたからである。
「だ……騙されてはなりません。すべては妖精さんと魔法少女の陰謀です……」
もちろんとんでもない言い訳である。
配信を見ている人間でそんな苦し紛れのウソに騙されるような者はいない。
しかし、集まったH&Pの団員たちはそれをまるっと信じた。
「やっぱり! 悪魔の手先に耳を貸すな!」
「塩を! 清めの塩を持ってこい!」
「まさか妖精さんが代表を貶めるために怪人に変えたのでは……?」
「そうだ! そうに違いない!」
「代表を守れ! バリケードを作って怪人護送車を入れないようにしろ!」
凄まじい熱意。
しかも彼らに悪意は全くない。
怪人ではない一般人が、心の底からネモトを信じて彼を守ろうとしている。
それが魔法少女にとってはなによりも厄介だった。
『おいどうすんだこれ』
『面倒なことになったな…』
『ヘタなことして団員を傷つけたら問題になるし…』
『てか普通の人間なんてリツがデコピンしただけで死ぬのでは?』
『これは下手な怪人より強敵…』
リスナーたちも言っている通り。
大勢の"一般人"を前に、律はどうしたら良いものか迷っていた。
にらみ合う魔法少女陣営と団員たち。
一触即発の空気の中、ひとりの中年女性が声を上げた。
「カナコ!」
見覚えのある中年女性が団員たちを押しのけるようにして前へと出てくる。
カナコの母だった。
口吻をへし折られて床に伏すネモトと、わざわざ魔法少女コスプレをさせられている娘を交互に見て、倒れるように泣き崩れる。
「ああっ、そんな……! ごめんなさい、ごめんなさい」
「お母さん……」
カナコはふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで母親の元へと歩み寄る。
母はネモトに騙されていたことに気付き、自分の愚かさを悔いて泣いている――そうカナコは考えたのだ。
しかし違った。
――バチン、という音。
近付いてきたカナコの頬を、母は平手で叩いたのである。
カナコはなにをされたのか分からない、といった顔をしている。
一方、母親は涙の滲む目で、親の敵でも見るみたいにカナコを睨みつけていた。
「代表になにをしたの!?」
「え……」
赤くなった頬を押さえ、呆然とするカナコに母は言った。
「娘が代表を陥れただなんて、お母さん団員の人たちに顔向けできないじゃない……!」
もともと呆然としていたカナコは、母親の言葉を聞いてますます意味が分からないといった表情を浮かべた。
口をぽかんと半開きにした顔は、彼女をもっとずっと幼く見せている。
しばしの沈黙。
「このひと、は……」
ややあって、カナコはようやく口を開いた。
その唇は微かに震えている。
なんどもつっかえながら、喉からひねり出すようなか細い声で、カナコは母親に被害を訴える。
「この人は……わたしに酷いことを……」
未遂に終わったとはいえ、中学生の女の子にとってそれは心に深い深い傷を刻み、今後の人生に影響が出かねない大きな事件だった。
その告白に対し、彼女の母親はこう答えた。
「そんなの減るもんじゃないでしょ」
カナコの心が限界を迎えた瞬間だった。
見知らぬ中年男性に襲われそうになった事実よりも、実の母親に心ない言葉を吐かれたことのほうがカナコをより深く傷つけていた。
「わたしのこと……本当にどうでもいいんだ……」
「なによその顔。当てつけのつもり? お母さんが幸せになれなくてもいいっていうの!?」
つまり、母が謝っていたのはカナコにではなくネモトに対して。
母が心配していたのは娘のことではなく、自分の幸福とH&P内での立場。
すべてを理解し、カナコは呆然とした。
そして世界中に自分の味方など存在しないかのような錯覚に襲われる。
そんなとき、カナコの肩を叩く者があった。
律だった。
「自分の言いたいこと、言っていいんだよ♡ だってカナコは子供なんだから♡」
未成年、それも義務教育中のカナコは紛うことなき子供である。
彼女は保護されるべき存在であり、どうしようもない親を支える義務を負うような年齢ではない。
なにより未成年者であるカナコが親から離れるには、自分自身で親との決別の意思表示を見せなくてはならない。
だから律はそう促したのだ。
そして――カナコは律の想いに応えた。
「ざぁーこ♡」
「……え?」
今度は母が呆然とする番だった。
従順だったカナコが母親に対しこんなふうに反抗するのはほとんど初めてのことだった。
しかもメスガキ語で。
「もうなに言ったって無駄♡ ヒステリックおばさん♡ 一生他人に搾取されてれば?♡」
ずっと言いたくて、しかし言えなかった言葉。
でも律の口調を借りると、どういうわけか言葉がスラスラ出てくる。
「でももうわたしは付き合わないから♡ ひとりで好きにやってなよ♡」
「アンタ、親に向かってなんてことを!」
激高した母親は、その平手を再び高く掲げるが。
しかし魔法少女として怪人と戦っていたカナコにその手を掴むことは全く難しいことではなかった。
手首をひねり上げ、瞬く間に組み伏せてしまう。
親を見限ったカナコの表情は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。
とはいえ、事態は未だ混沌としたまま。
「親に手を上げるなんて!」
「やはり妖精さんに洗脳されてるんだ!」
「みんなで座り込みだ! 代表をお守りするぞぉ!」
ますます鼻息を荒くする団員たちに律は内心でため息をつく。
(面倒だなぁ。とりあえずネモトを抱えて飛ぶか。なんならそのまま怪人収容所に運んでもいいし……あぁ、でも収容所に団員が詰めかけて抗議とかしてきそうだなぁ)
なんて律が考えていた、その時だった。
「面倒だよね?」
律の顔を覗き込むようにして、その少女は答えた。
瞬きした瞬間、目の前に現れた――律にはそうとしか思えなかった。
美しい少女だった。
どこか作り物じみているような気さえするほど。
フリルたっぷりハイネックの白いドレスを纏い、ウェーブのかかった銀色の長い髪を靡かせるその姿はまるで魔法少女。
しかし律は彼女を知らない。プイプイも、カナコも同様だ。
魔法少女連盟東京本部にそんな魔法少女は所属していない。
そして彼女は魔法少女らしからぬ言葉を吐いた。
「じゃあ代わりに処理してあげるね」
そして少女はその両手でネモトの体に触れる。
瞬間、ネモトの体がみるみるうちに縮んでいく。
両手で触れたものを小さくする能力――律はそれに覚えがあった。
しかし、そんなわけはない。
それを使う怪人は怪人収容施設にいて、外へ出られるはずはない。
「え? え? え?」
困惑し、しかしなすすべなく本当の蚊ほどにまで小さくなっていくネモト。
手のひらに乗ったそれを――パンッ。
蚊でも殺すように、叩き潰してしまった。
瞬間、H&Pの団員たちから悲鳴が上がる。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
「代表! 代表ぉぉぉぉぉ!!」
「魔法少女が! 代表を殺したぁ!」
喚く団員たちを見回し、少女は不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「面倒だね。殺しとく?」
そんな魔法少女に相対するように、律は立ち上がる。
一度は引っ込めたステッキを再び創り出して彼女に突きつけた。
魔法少女が戦いの中でやむを得ず怪人を殺すことは罪には問われない。
しかしむやみに命を奪うことを推奨されているわけではもちろんないし、律も怪人を生かして捕まえられるよう細心の注意を払っている。
それはなにも道徳的な問題だけではない。
生かして捕まえないと報奨金を減額される恐れがあるからである。
(お、俺の30万円が……! よくも!!!)
と、ぶち切れる律の内心を読んだかのように少女は苦笑する。
「あれ? 怒らせちゃった? なんか、俺っていつもそうだよな」
その言葉に律はなんだか引っかかるものを感じた。
可愛らしい容貌に似合わない一人称。
そしてまるで律と以前会ったことがあるような話しぶり。
しかし律にはまるで覚えがないのだ。
(こんな綺麗な子、一度会ったら忘れるはずないと思うけど)
「まぁいいや。今日はちょっとした挨拶に来ただけだからさ。また会おうね」
「ちょ、ちょっと待つプイ!」
というプイプイの制止を無視し、少女は現れた時と同じように一瞬でその姿を消してしまう。
まるで瞬間移動でもするみたいに。
「なんなんだプイ! 律さんの怪人を横取りするなんて……誰の管轄の魔法少女だプイ!」
怪人というのは大抵大都市――つまり東京・大阪・名古屋・札幌・福岡を主な活動圏としている。
そのため、それぞれの都市に1匹ずつ妖精さんが配備されていて、各々が担当の魔法少女を抱えている状態だ。
プイプイは東京を担当する妖精さんである。
自分が担当している魔法少女でないとすれば他の都市からやってきた魔法少女であると考えるのが自然だ。
しかしそうではなかった。
あとから調べたが、プイプイ以外の4匹の妖精さんも、誰も彼女のことを知らなかったのだ。
そして混乱はさらに続く。
プイプイに連絡があった。
怪人収容施設に襲撃があった、と。




