54話 なんかこのおじさん怪しい♡
東京郊外、H&P会館。
ギリシャ神殿を思わせる白亜の部屋に、その人はいた。
仙人や神様が着るような白いローブを纏った中年の男性――H&P代表、根元克巳である。
恰幅の良い体格と垂れ目の優しげな顔はどこか恵比寿様を彷彿とさせる。
しかし彼は決して福の神ではない。
「先日の大怪獣事件、あれこそが悪魔の手先である妖精さんの罠なのです。騙されてはなりません。魔法少女を崇め、野放しにしておけば近いうちに世界を滅ぼすような大きな災いが起こるでしょう」
根元がそう断言すると、固唾を呑んで彼の話を聞いていたH&Pの団員たちから悲鳴が上がる。
「代表! わたしたちは一体どうすればいいのですか!?」
「わたしたちは妖精さんの侵略を黙ってみているしかないのか!!」
「道をお示しください、団長!」
団員たちからの悲痛な叫びに答えるように、団長は声を張る。
「案ずることはありません! わたしの導きにきちんとついてくれば、間違いなく諸君らは救われる!」
良く通る、頼もしい言葉。
そして根元は手を上げた。
それを合図にアシスタントが運んできたのは、大きな瓶に入った水。
「体内に入った魔力を排出させる特別な水です。見てご覧なさい、風もないのに水面が揺れているでしょう。これはこの水が特別である証拠」
完全な室内、窓も開いておらず、団扇で扇いでいるわけでもない。
にもかかわらず、確かに瓶の水は揺れていた。
その奇跡の光景に団員たちは感動のあまり涙を流し、嗚咽を上げ、椅子から崩れおちる者までいた。
そして根元は両手を広げる。
その体から後光がさすのを、団員たちは確かに目撃した。
――まぁ、背後に設置したライトが光っただけなのだが。
「のどごし良く、クリアな味。そのまま飲むのはもちろん、毎日のお味噌汁や炊飯の際の水に使うのもおすすめ。お風呂に入れればもちもちぷるぷる赤ちゃん肌に! 今なら特別に1リットル1万円でご用意! さぁ、買った買った!」
瞬間、団員たちは万札を握りしめて根元の元へと殺到する。
「1リットルちょうだい!」
「わたしは3リットル!」
「5リットルだ! 5リットルくれぇ!」
瓶の水はどんどんと減り、代わりにお菓子の缶に貯められた万札がどんどんと増えていく。
ニコニコ笑顔でそれを眺めていた根元に、ひとりの中年女性が声をかけた。
「あの、代表。ちょっといいでしょうか」
しかし根元は反応しない。まるで聞こえていないかのように、女性のほうを見もしない。
代わりに対応したのは根元についていたアシスタント。
根元から遠ざけるように女性の肩を押す。
「ちょっと困りますよ。相談の時間はあとで取りますから。10分で2万5000円、おつりが出ないよう用意をお願いします」
「す、すみません。水を買ったせいでもう手持ちが……」
「じゃあ相談はできませんよ。代表はお忙しいんだから」
「でも娘のことでどうしてもお聞きしたいんです。あの子、まだ15歳で――」
女性が言った途端、凄まじい速さで根元が女性のほうを振り向く。
ずんずんと女性に近付き、アシスタントを押しのけ、ギラついた目を向ける。
「その話、詳しく聞かせなさい」
「あ……ありがとうございます! 実はうちの子が魔法少女のコスプレにハマってしまって。何度言ってもやめてくれないんです。うちの子は魔力に毒されてしまったのでしょうか……?」
「うーむ、もしかしたらかなり危険な状態にあるかもしれない。その子の写真はあるかな?」
「ええ。こちらです」
女性が写真を提示すると、根元はその手からひったくるように写真を取り――そしてそこに映っている魔法少女のコスプレをした女の子がかなりの肥満児であることが分かると、一気に興味をなくしたように写真を投げ捨てた。
「ああ……まぁ、水でも飲ませておけば?」
まるで野良犬でも追い払うみたいにシッシととやり、女性はアシスタントたちによって根元から離されていく。
が、まだ根元に近付く者がいた。
「あの、わたしもうちの子のことで代表に見ていただきたいのですが」
「ああ? だからさ、相談ならこのあと2万5000円で――」
「ようやく魔法少女をやめさせたんですが、後遺症が心配なんです。どうか見ていただけませんか?」
その言葉に根元の目の色が変わる。
話しかけてきたのは、カナコの母親だった。
その手の中の写真を見て、根元はその垂れ目をますますだらしなく垂れさせる。
魔法少女の衣装が浮かび上がらせるカナコの豊満な胸部を何度も何度もなぞるように見て、そしてフンフンと鼻息を荒くさせた。
「ムホホ、これはけしから……じゃなくて、これはいかん! 一刻も早い浄化が必要だ」
「やっぱりそうですか……」
「早いほうがいい! 今夜にでも!」
「こ、今夜ですか? でもカナコはアルバイトが――」
突然の提案に、カナコの母もさすがに難色を示す。
しかし、根元はそのふくよかな顔をズイッと寄せる。
「いま生活苦しくないかい?」
「ええっ? ど、どうしてそれを……?」
H&P本部施設にまで来て水を買っているような熱心な団員は大抵生活が苦しい。
高額なものを買わせながら、デモ行進など毎日の活動のせいで働く時間を十分に確保できていないのだから当然だ。
しかしカナコの母親は、根元には特別な力があり、なにもかもを見通せるのだと思い込んでいる。
――とはいえ、確かに根元には"特別な力”があるのだが。
「すぐに穢れを祓わないともっと大変なことになるよ」
キイイイイイイイイン……
非常に高い周波数の音が、瓶の水をますます激しく波立たせる。
しかしその音が波立たせるのは水面だけじゃない。
音は集まった団員たちの心を揺さぶり、感情を波立たせたのだ。
不安、焦燥、混乱――負のエネルギーに心を支配された団員たちは、万札を握りしめて瓶の水に群がる。
「やっぱりもう5リットル追加で買うわ!」
「わたしは10リットル!」
「持てるだけ水をよこせぇっ!」
そしてもちろん、その効果はカナコの母親にも及んだ。
「ひいっ……こ、これ以上大変になったら、わたし……わたし生きていけません!」
「そうでしょうとも。では分かったね? 娘さんを今夜、ワシの屋敷へ連れてくるのです。ワシがみっちりたっぷり浄化させてあげるから。お代は……まぁ、家にある金を全部かき集めてきてくれればそれでいい。特別だよ?」
「あ……ありがとうございます代表! 本当にありがとうございます!」
そう言ってむせび泣くカナコの母親を見下ろし、根元は高笑いしたくなるのを必死に堪えるのだった。




