48話 スイッチ、オン♡
人間が悪の精霊から闇の力を受け取って変貌したものが怪人である。
それゆえ、怪人というのは基本的に人間と同じような姿をしている。
能力により体が大きくなったとしても、せいぜい2、3メートル程度まで。
しかし今のリュウザキの体は、ビルをなぎ倒し山をも飲み込むほどに大きい。
このような怪獣めいた怪人というのは過去に前例のないことであった。
「思春期男子の濃厚な絶望……あ~、たまんないみゃ~」
ドロドロしたナメクジ型の巨大怪獣へと変貌したリュウザキを見おろし、闇の精霊――みゃうみゃうはうっとりとする。
リュウザキが飲み込んだ者たちの生命エネルギーと、実質怪人を操作しているルークの絶望が反応し、このようなバケモノを生み出したのだ。
大きく深呼吸し、みゃうみゃうは「ほう」と顔を綻ばせる。
「そして日本中から漂ってくる恐怖のエネルギー! あー、コレコレ。これがほしかったんだみゃ〜」
そしてそのコインのような目を、次はリツへと向けた。
魔法少女リツ――大方、ルークはリツに振られて絶望したのだろうとみゃうみゃうは考える。
思春期男子の絶望の原因といったら大体そんなところだ。
きっとルークはリツを倒そうと動くだろう。
そうなれば、一体どんなことが起こるか。
考えただけで、みゃうみゃうの全身の毛が歓喜に逆立つ。
「このまま目障りなリツを殺せば、日本は負のエネルギーに包まれるみゃねぇ……みゃはみゃはみゃは」
***
『こんなんどうやって倒すんだ?』
『これは魔法少女じゃなくて戦隊モノとかウルトラ戦士の領分では…』
『リツも巨大化すれば無問題!』
『そんなことできるか?』
『いや、リツならあるいは…』
前代未聞の巨大怪獣に困惑しているリスナーたち。
そしてそれは律も同じだった。
(巨大化……は、さすがにムリだよなぁ。それにしてもいつの間にこんなに大きくなったんだろ)
とりあえず、できる攻撃をしてみる。
まずは素早く近付きステッキで殴打。
しかし。
――ぼよよんっ。
ブヨブヨとした体に衝撃が吸収され、ダメージが通った様子はない。
(打撃はダメだな。それなら……)
今度はステッキをひとふり。
創り出した風の刃が、その不定形の体を斬りつける。
――ザンッッッ。
今度は攻撃が効いた。
巨大な風の刃がブヨブヨとした体がスパッと切りつける。
しかし、傷はまたたく間に修復されてしまう。
『おい、これ本当に倒すすべないんじゃ』
『最強かよ…こんなん無しだろ…』
『リツに倒せない怪人とか、他の魔法少女が束になったって敵うわけないじゃん』
『世界終わったわ…』
攻撃が次々と無効化されていく様子に、リスナーたちの間にも急速に絶望感が漂いはじめる。
そして絶望はさらに加速する。
ナメクジのごとくのろのろと進むのみだった巨大怪獣が突如として別の動きを見せたのである。
そのブヨブヨしたヘドロのような体が蠢き、無数の手となって律へ伸びる。
それはルークの覚悟の表れだった。
手酷く振られ、絶望させられた腹いせに律を殺す――というわけではない。
むしろ逆だった。
ルークは絶望の中に光を見いだしたのである。
つまり――可愛ければ元男でも構わない、と。
「ソレデモイイ! 好キダ、リツ!!!」
『うわあああああああああああああ!攻撃きたあああああああああああああ!?』
『てかしゃべったあああああああああああああああああ!!??』
『急に告白してて草』
『錯乱して意味ないこと言ってんだろ』
『もはやまともな思考力もないバケモンってことだよな…』
『逃げてリツちゃあああああああああん!!!!』
律は戦闘機もかくやというスピードで飛び回り、襲い来る"魔の手"を避け続ける。
しかし今度の攻撃はリュウザキが人の形を保っていたころに出していた触手とは性能がまるで違う。
速度も射程距離も桁違い。
地球の裏まで逃げても追いかけてきそうなしつこさは、律をなんとしてもモノにしたいというルークの覚悟を表しているかのよう。
『どうすんだよこれ…』
『やばいやばいやばいやばいやばいやばい』
『どうにかしないとジリ貧だぞ!』
『リツが防戦一方とか…』
『もう攻撃手段がないってこと…?』
今まで一撃で怪人たちを倒してきた律が、なすすべなく逃げ続けている。
それはリスナーたちを絶望の淵へとたたき落とした。
「くっ、このままじゃマズい……」
近隣住民の避難誘導に当たっていたセイラも思わず律の元へと駆けつけようとする。
しかしその腕をルナが掴んだ。
「ダメよ」
「分かってるよ、役に立たないってことくらい! だからって黙ってリツさんがやられるのを見てろって言うのかよ!」
「違うわ」
「……え?」
呆然とするセイラに、ルナは薄く笑いかける。
「リツ様の邪魔をしないで。いま一生懸命創っているんだから」
ルナの言うとおりだった。
リツはただ闇雲に逃げ回っていたわけではない。
時間稼ぎをしていたのだ。
なにせその魔法は一度しか使ったことがないのだ。
律といえど創るのに少々時間を要する。
ルークの攻撃を避けながらそれを創るのに律は苦労したが、それでもできた。
律の手から眩い光が放たれ、そしてどんどんと膨張していく。
そして姿を現したのは――白い箱。
宙に浮いたそれは町を飲み込んでしまいそうなほどに大きく、丸く黒っぽい窓が中心についている。
『なにあの箱?』
『でっか』
『怪人を倒すための秘密兵器…的な?』
『あんなので怪人倒せるの?』
『てか本当に武器?』
『そうは見えないな……』
『どうやって使うの?』
『あれは一体なに?』
「?」で埋まるコメント欄。
怪人との戦いの場でポンと出されてもそれがなんなのか当てるのは難しいだろう。
しかしあれは誰もが一度は目にしたことがあり、人間の生活に深く根付いているもの。
「えいっ♡」
と律がステッキを一振りすると、その中心に位置する黒い窓が開き、箱の内部があらわになる。
そこで気付いた者が多数いた。
『あれって……もしかして洗濯機?』
『ああ、確かに似てるな』
『縦型じゃなくて、ドラム式のやつか』
『……なんで洗濯機?』
律がマンションの自室で一度創ってみせたドラム式洗濯機。
どうしても通常サイズにまで小さくすることができず、高級マンションの広々した部屋を圧迫するほどの大きさで顕現した。
小さくするのは難しい。
だが――大きくするのは律にとってさほど難しくはなかったのだ。
「やあっ♡」
さらに律はステッキをもう一振り。
ハリケーンのごとき風が巨大怪獣をすくい上げ、ドラム式洗濯機の内部へとそれを収めた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!閉じ込めた!?』
『いや、それだけじゃない』
『そりゃ洗濯機だもんなwwwwwwwww』
リスナー、いや、この様子を見ているすべての人間の期待を一身に受け、律は最後の仕上げとばかりにステッキを振る。
「汚い汚い怪人さんはきれいに洗濯してあげないとね♡ スイッチ、オン♡」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
凄まじい轟音が響き、洗濯機の中からは地獄もかくやというおぞましい悲鳴が上がる。
しかしその洗浄力はお墨付きだ。
ものの数分で悲鳴はやみ、やがて軽やかな電子音が洗濯の終わりを告げる。
そして、洗濯機の蓋は開いた。
「うわぁ……!」
地上で戦いを見守っていた魔法少女や近隣住民たちもそれを見上げて思わず声を上げる。
目の前に広がるのは、この世のものとは思えない美しい光景であった。
地上で上がる歓喜の声と共に洗濯機から出てきたのは、きらめく幾千万もの光。
怪人のヘドロのような体は綺麗さっぱり浄化されたのだ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
『すげえええええええええええええええええええ!!!!』
『洗濯機でこんなことできるのかよwwwwwwwwwww』
『本当に倒しやがった……』
『さすが俺たちのメスガキだぜ!!!!!!』
『リツちゃんさすがです!!!!!!!!!!!!』
しかし律が行ったのはただ怪人を倒しただけではない。
光は雪のように地面へと降り注ぎ、怪人の飲み込んだ地面や建造物を修復していく。
そして一際輝く大きな光が洗濯機からこぼれて地面へと降り立つ。
それはリュウザキに飲み込まれた人間、そして怪人たちだった。
『おい、見ろよあれ』
『え? マジ?』
『みんな無事だ…』
『お母さんだ!お母さんがいる!』
『リツさん、本当に本当にありがとう』
みんなぐったりと疲れている様子ではあるものの、怪我はなく、全員命に別状はない。
それは〈ブラッディドラゴン〉の怪人たちも同じだった。
「え? あれ? ここは……?」
「俺、なにしてたんだっけ?」
「なんでこんなとこに……?」
状況を飲み込めず呆然とする怪人たち。
その中にはリュウザキの姿もあった。
他の者たちと違い自分が置かれた状況が分かっているようだ。
混乱に乗じて逃げだそうとしたのだろう。リュウザキは弾かれたように走り出す。
が、もちろん逃げることなどできない。
怪人たちを、地上にいた魔法少女たちが包囲する。
もはや住民の避難誘導は不要。
魔法少女の先頭に立ったルナが、恍惚とした表情で呟いた。
「みんな、怪人を確保して。不手際があったら、またリツ様に叱られちゃう……♡」
こうして〈ブラッディドラゴン〉構成員は全員確保。
リュウザキに食われた住民たちも全員保護され、事態は無事に収束したのだった。
――ただ、不可解な点がひとつ。
確保された怪人たちのリストにも、保護された人間たちのリストにも、ルークの名前はどこにもなかった。




