45話 よくそんなので魔法少女名乗れたよね♡
怪人・リュウザキは追い詰められていた。
もともと〈ブラッディドラゴン〉は地元の仲間たちと作った不良グループが大きくなったもの。
リュウザキは情に厚く仲間たちからの人望はあったが、それだけだった。
集団のトップに立つ器もセンスもなく、いままで〈ブラッディドラゴン〉がなんとかやってこられたのは〈黒き森〉が巻き起こした怪人旋風のおこぼれをもらっていただけに過ぎない。
だから魔法少女の捜査の手が伸びていることに気付いたとき、リュウザキは怯えた。
必死にひねり出したリツ暗殺計画もうまくいかず、仲間の怪人を何人も失った。
残された手は、闇の精霊が持ちかけた案に乗っかることだけだったのだ。
「――絶望だみゃ」
闇の精霊と会うのは怪人契約をしたとき以来だった。
猫のぬいぐるみのような可愛らしい姿。
なのにその小さな体からは言いようのない異様な雰囲気を醸し出している。
「絶望が怪人を強くするんだみゃ。"追加契約"をするならそれしかないみゃ」
「ぜ、絶望、って?」
「そうだみゃ〜」
リュウザキが恐る恐る尋ねると、精霊は口を三日月型に歪めてなにやら思案を始める。
まるでこれからリュウザキに降りかかる絶望を心待ちにしているかのよう。
そしてそのコインのような黄色い目がギョロリとリュウザキの机の上へと向いた。
昔、誰かの誕生日会で撮った〈ブラッディドラゴン〉の仲間たちの写真。
それを手に取り、精霊はますます笑みを深くする。
まるでとっておきのご馳走を前にしたみたいに。
「大切な仲間を、自分の"力"にするみゃ」
一度は拒絶したものの、リュウザキはとうとうその取り引きに応じたのである。
長年〈ブラッディドラゴン〉で共に悪さを働いてきた仲間たちを、そしてたまたま事務所に来ていた息子を、丸呑みにしてその体に取り込んだのだ。
深い絶望。
精霊の言う通り、それが怪人を強くする。
「みんなの命、ぜってぇ無駄にしないからな」
誰もいなくなった事務所にて、リュウザキはようやく涙を止めた。
見つけたのだ。絶望の中に光を。
〈ブラッディドラゴン〉の仲間たちの気配を、己の中に感じたのだ。
ついさっきリュウザキが丸呑みにした怪人だけではない。
かつての〈ブラッディドラゴン〉の仲間たち――つまり、組織を離れた仲間や律によって捕まった仲間をも、リュウザキは己の中に感じた。
「ワンフォーオールオールフォーワン! 俺が、俺たちが――〈ブラッディドラゴン〉だ!」
そしてリュウザキは事務所を出て山を下りたのだ。
大きな犠牲の上で手に入れた力を存分に使い、誰が怪人界の王なのかを理解らせるために。
***
「あれは間違いなく〈ブラッディドラゴン〉のボス、怪人・リュウザキです」
東京都○○市上空。
双眼鏡を構えた魔法少女が対象の“バケモノ”を確認し、そう断定する。
「お昼の商店街に出没し、もう5人ほど市民を食べたそうです。現在は住宅街をうろついています」
「魔法少女の捜査の手が迫ったため、悪あがきのテロ行為に走ったということでしょうか」
魔法少女たちの分析は一見すると正しそうに思えるが、しかし律にはひとつ腑に落ちないことがある。
「リュウザキの能力ってさ、口を頭より大きく開けて人を食べるっていうキモキモ能力なの?♡」
「いえ……殴ったものを凍らせるっていう普通の攻撃タイプっすね。あんな能力は〈ブラッディドラゴン〉のどの怪人にもないはずですけど」
指示書を読み込んでいたらしいセイラが律の質問にスラスラと答えた。
怪人が使える能力はひとりひとつのはずだ。
しかし事前の情報と目の前のリュウザキの様子には矛盾がある。
――なにかある。
誰もがそう考えたが、しかし悩んでいてもなにも分からない。
むやみに時間が経てば被害者もどんどん増えていく。
「わたしにお任せください♡」
手を挙げたのはルナだった。
三日月を模したクリスタルが輝くステッキを一振り。
そこから噴出した光の粒が形を成し、瞬く間に武器となった。
可愛らしいピンク色をしているが、少女の手には余るいかつい大きな銃。
ルナは慣れた手つきで銃口をリュウザキへ向け、引き金を引く。
――ドドドドド、ドドドドド!
一定のリズムを刻むようにして弾丸が連続で放たれる。
いわゆるマシンガンだ。
そのすべてがリュウザキの体へと撃ち込まれた。
「ちょっとちょっと! 戦闘始めるなら事前に言うプイ! えっと、配信を――」
ごちゃごちゃ言いながら配信機材の準備をし始めるプイプイ。
しかしそんな悠長なことをしている余裕はなかった。
リュウザキがブルブルと震え出したのだ。
そして次の瞬間、その体からクラゲのような触手が無数に飛び出しウネウネと蠢く。
「ひっ」
「うわ……」
その気味の悪い触手に魔法少女たちは短く声を漏らす。
しかし律は悲鳴を上げることも顔をしかめることもしなかった。
その触手を見るのは初めてじゃなかったからだ。
「あれ、喫茶店に出た〈ブラッディドラゴン〉の怪人の触手じゃない?♡」
あの変なノリの中学生、ルークに絡んでいたところを律が倒した怪人・ヤマモト。
リュウザキの体から出ているはずのそれが、ヤマモトがかつて使っていた触手に酷似していたのだ。
「た、確かにヤマモトの触手だプイ。でもヤマモトは律さんに倒されて怪人収容施設にいるプイ」
プイプイは機材をいじる手を止め、怪訝な顔でリュウザキを注視する。
怪人の解析を行ったプイプイがそう言うのだから間違いない。
問題はどうしてそんなことができるのか、という点だ。
それについてもプイプイには心当たりがあるようだった。
「まさか……追加契約プイか……?」
追加契約。
その意味が律にはよく分からなかったがあれこれ聞いている暇はないようだった。
蠢いていた触手が、爆発的な速度で伸び、魔法少女たちに迫る。
「みんな、散れ!」
ルナの一言で魔法少女たちは散開。
矢のように放たれた触手を避けることはできたが、攻撃はそれで終わらなかった。
触手が無数に裂け、逃げる魔法少女たちをひとりひとり追尾しはじめたのである。
「ヤマモトの触手には毒があるプイ! 気をつけるプイ!」
ちゃっかり律の背中に捕まって触手の攻撃から身を守ったプイプイがそう叫ぶ。
が、気をつけなくてはいけないのは触手だけではなかった。
リュウザキはその全身から触手を出しながら、さらに両手を天に掲げる。
「――ハァッ!!」
手のひらから生み出された火の玉が空に向かって無数に打ち出される。
それはまるで弾幕のように魔法少女たちに降り注いだ。
「くっ……」
セイラは魔法の帯による防御壁により火の玉を無効化。
ルナはマシンガンで触手を撃ちつつ、魔法障壁で火の玉を弾き自分の身を守った。
律は迫り来る触手と降り注ぐ火の玉の中を凄まじい速度で飛行し、涼しい顔でそれらをよけ続けた。
しかし、うまく攻撃をいなせる魔法少女たちばかりではない。
「あっ――」
まだ未熟らしい魔法少女のひとりが火の玉を避けきれず、被弾。
怯んだところをリュウザキの触手が絡め取る。
そして――リュウザキは釣り針にかかった魚を引くみたいに、思い切り彼女を引き寄せた。
その口を、自分の頭よりも大きく開いて。
「ひいっ……い、いや! 助けて……!」
涙を流し、必死に叫ぶ魔法少女。
触手の毒で体は動かず自力で逃げ出すすべはない。
しかし他の魔法少女たちも降り注ぐ火の玉を避けながら触手から逃げ惑っている。
自分のことで手一杯。少しでも油断したら自分が墜落するかもしれない。
助けたい気持ちがあっても、行動に移す余裕がある者などいなかった。
――ただひとりを除いて。
「ざぁーこ♡」
律だ。
ステッキで創り出した風により触手を切断、雨のごとく降り注ぐ火の玉の中を縫うようにして凄まじい速度で飛行し、落下していく魔法少女を抱き留めたのだ。
「きゃはは♡ こんな攻撃も避けられないなんてざこすぎ♡ よくそんなので魔法少女名乗れたよね♡ 邪魔だから安全なとこで寝てたらぁ?♡」
「ううっ……リツさん……怖かったよぉ。ありがとうございます、ありがとうございます……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、その魔法少女は律の胸に顔をうずめてうわごとのようにそう繰り返した。
毒にやられ動けない彼女をできるだけ離れた商業施設内へと避難させ、そして律は気合いを入れるようにステッキをなぞる。
「集団戦は初めてだったからちょっぴり遠慮してたけど……みんなざこすぎるし、そろそろ本気出しちゃおっかな♡」




