43話 リツに会いたいからって必死すぎ♡
駅前のとあるファミレス。
ボックス席に座ったルークは声を荒げながら拳を机に叩きつけた。
「他に情報はないのかよ! 魔法少女リツの情報は!」
「ちょっと落ち着いてよルークくん」
対面に座った少女、姫王冠は周囲から向けられる視線を気にするように辺りに視線を巡らせる。
しかしルークに周囲を気にする素振りはない。
「家の住所は? 年齢は? 出身地は? 好きな食べ物は? 音楽の趣味は? うどん派なのか、そば派なのか――」
「そ、それって本当にリツを倒すのに必要な情報なの……?」
姫王冠の怪訝な視線に一瞬たじろぐも、ルークはすぐに視線を鋭くして癇癪を起こした子供のように机を手のひらで何度も叩きつける。
「当たり前だろ! 組織がのし上がるために必要なことなんだ。もっと真面目にやれよ!」
「わたしも頑張ってるけど――」
姫王冠の弁解の言葉をルークは舌打ちで打ち切る。
そして頭を掻きむしり、大きなため息を吐いた。
「使えない女だな」
「っ……」
その心ない言葉に、姫王冠は衝動的に立ち上がる。
涙がいっぱいに溜まった目でルークを睨み付けた。
「もういい! ルークくんなんて知らない!」
姫王冠はそう叫んでルークに背を向け、そのまま走り去ってしまった。
残されたルークはまた大きなため息を吐き、頭を掻きながら机に伏す。
分かっている。
あんなことを言えば姫王冠が怒ってしまうことなど、ルークは分かっている。
こういうときは頑張りを認め、褒めながらも新しい情報を持ってくるよう仕向けなくてはならない。
今までのルークであればできていた。
王子様のような笑顔を浮かべながら甘い言葉がすらすらと口から出ていた。
なのに、どうして今はそんな簡単なことができないのか。
ルークにも確かなことは分からない。
ただ、あの日――リツに接触した日からどうもおかしい。
そしてどんどんと酷くなっている。
リツの姿が頭から離れない。
考えているとなんだかボーッとしてくる。
リツのことをもっと知りたくて、いてもたってもいられなくなる。
普段の余裕もなくなり、女の子を利用しようにもいつものような王子様スタイルでいることができない。
姫王冠という重要な情報源も失ってしまった。
万事休す――しかし、この状況でもルークは諦めることができなかった。
衝動に突き動かされるようにしてルークも立ち上がる。
「もうなりふり構ってられねぇ……」
***
ルークの父、つまり〈ブラッディドラゴン〉ボスのリュウザキは家に仕事を持ち込まない主義であった。
つまりリツの情報を得るには〈ブラッディドラゴン〉の新しい事務所へ行く必要がある。
事務所へ立ち入ることは父親から禁じられているし、組織の持っている情報を探るなんて御法度。
見つかったらどんな罰を与えられるか分からない。
だからこそルークはその役目を、甘いマスクで落とした女子たちに担わせていたのだが。
「クソッ、クソッ、クソッ……なんで俺が、こんな……」
やめた方がいいと頭では分かっているのに止められない。
ルークは処理しきれない感情を口から吐き出すかのごとく悪態をつきながら山道を歩いて行く。
都内繁華街の雑居ビルから移転した新しい事務所は、東京郊外の山の中にあった。
来る者を拒む急な斜面と光の届かない鬱蒼とした木々。
リツに絶対に見つかるまいという強い意思を感じ、ルークは思わず苦笑する。
(やっぱり父さんに任せていたらダメだ。俺がリツを葬ってやるんだ……!)
ルークは自分の胸に渦巻く感情の正体がなんなのか、理解していなかった。いや、理解を拒んでいたといっても良い。
だからそう自分に言い聞かせ、リツをこんなに追い求める理由をでっち上げ、ルークはひたすらに険しい道を歩いて行く。
そして山の中腹、木々の間に隠れるようにしてひっそりと佇むプレハブ小屋を発見。
この粗末な建物こそが〈ブラッディドラゴン〉の新事務所であった。
部屋はひとつで仕切りもない。
中に誰かいれば忍び込むことは不可能だが――しかし、プレハブ小屋の中にはどういうわけか誰もいなかった。
(こんな真っ昼間なのに誰もいない……? 変だな)
違和感を覚えたものの、こんなチャンスは早々ない。
ルークはプレハブ小屋の中へと忍び込む。
ズラリと並んだ事務机とパソコン、そして書類。
荒らされた形跡はない。
デスクの上に置かれたコーヒーはまだ温かく、パソコンもつけっぱなし。
ついさっきまで人のいた気配がするのに、いまは木々のざわめき以外にはなんの音もしない。
(どこいったんだろう。トイレとか? なんにせよ、早く探し出して逃げないと)
ルークは急いで資料を探し回る。
幸いパソコンもつけっぱなしでロックもかかっていない。
見たいだけ自由に資料を見ることができたが――
(クソッ、なんでだ! どこにも資料がない。一体どこに隠して……いや、まさか、そもそもそんなものない……?)
ルークは愕然とした。
こんな辺鄙な場所に追いやられ、活動を制限され、挙句まともな情報も手に入れられていないというのか。
いや、まさかもはや〈ブラッディドラゴン〉はリツと戦う意思すら放棄したのでは――
ルークは腹の底から凄まじい怒りが湧いてくるのを感じる。
「だから〈ブラッディドラゴン〉はダメなんだよ。このままじゃ二流組織のままだ」
――本当はリツへの手掛かりがないことを知って苛立っているだけなのだが、もちろんルークはそんなこと認めない。
ともあれ、ルークはとうとうリツへの手掛かりを完全に失ってしまった。
これから一体どうすればいいのか。
絶望に打ちひしがれていたその時。
ふいに人の気配を感じてルークは振り返った。
プレハブ小屋の出入り口にたたずむ人影。
逆光になっていてよく見えないが、そのシルエットは父親のもので間違いない。
来てはいけないと言われている事務所に足を踏み入れたばかりか、組織の資料を勝手に漁った――本来であれば怒られることを恐れて謝ったり言い訳をしたりするところだが、ルークにそんな余裕はなかった。
「なにやってんだよ父さん! 仲間だの絆だの言ってバーベキューなんてしてる場合じゃないだろ。なにを置いてもリツを――」
そこまで言って、ルークは言葉を失った。
リュウザキが泣いていることに気付いたからである。
「と、父さん?」
「そうだよなぁ……仲間ってのは本当に良いもんだよなぁ」
「え……?」
リュウザキが人の話を聞いていないのはよくあることだが、しかしこの会話のズレ方はなんだか変だとルークは思った。
「感じる……感じるよ。みんなが俺の中で生きてるって」
「一体どういうことだよ。意味分かんねぇ……」
その質問に答えることなく、リュウザキは頬を涙でビシャビシャに濡らしながら、夢遊病患者のごとくふらふらとルークの元へと歩み寄る。
そのとき気が付いた。
リュウザキの肩にちょこんと乗った、ぬいぐるみ。
ルークは目を凝らす。
それが動いたように見えたからだ。
見間違いなどではなかった。
それは確かに動いていた。
小さな手足を動かし、可愛らしい仕草でなにやら耳打ちをする。
そしてリュウザキは頷いた。
「ああ、そうだよな。天下取るためには仕方ないよな」
リュウザキはゆっくりルークへと歩み寄る。
なにか得体のしれない異様なものを感じ、ルークは思わず後ずさりした。
しかし狭いプレハブ小屋に逃げ場などない。
「東京を支配する怪人組織になるチャンスなんて二度と来ないかもしれない。お前も分かってくれるよな?」
それはかねてよりルークが主張してきたことであり、異論はないはずだった。
ルークもこの言葉には素直に頷いていたことだろう。
――目の前で父親の口が裂けなければ、だが。
「え? え? ……ひぃっ」
リュウザキの口が耳まで裂け、口内が伸び、通常の人間では絶対に不可能な大きさにまで口が開く。
ルークは悲鳴を上げることすらできず、足を必死に動かして後退する。
が、その背中はすぐに壁に阻まれてそれ以上の逃げ場を失った。
「ごめんなぁ」
バクンッ――
リュウザキは息子を頭から丸呑みにし、ゴクンと飲み込んだ。




