42話 オトナなのにアタマ悪すぎ♡
ルークは必死に走っていた。
息は絶え絶え。喉は血が出そうなほどに痛い。筋肉に乳酸が溜まり、もう何度も転びそうになっている。
それでもルークは足を止めなかった。
リュウザキはルークが思っていたよりずっと狡猾だった。
〈ブラッディドラゴン〉を東京怪人組織のトップに押し上げるため、リツを倒す策略をきちんと練っていたのだ。
ルークがずっと訴えていた通りになったというわけである。
にもかかわらず、ルークは満足していなかった。
その胸に渦巻くのは、リツの死に対する不安。
そして――姑息な期待。
ルークは自分の体力の限界を超えた走りをしている。
その顔はもちろん苦悶に歪んでいたが、その口元には笑みが浮かんでいた。
まるで白馬の王子様のごとく颯爽と現れ、危機を知らせてリツを救う。
そうすればきっとリツはルークに感謝し、そして好意を抱くはずだ。
それをきっかけにしてリツと懇意になれる――
そこまで考えて、ルークはハッとして首を横に振る。
(変身していない状態の魔法少女を大勢の怪人で囲んで殺すなんて卑怯すぎる。これじゃあ〈ブラッディドラゴン〉の威厳に関わる。だからリツを助けるんだ。他に理由はない!)
ルークは誰に聞かせるでもなく頭の中で言い訳を垂れ流す。
自分こそ寝首を掻くためにリツに近付こうとしていたのだからハナから〈ブラッディドラゴン〉の威厳など考えていなかったに違いない。
それでも自分の気持ちを素直に認めることができず、ルークは破綻した理論を大事に掲げてリツの元へと向かう。
姫王冠から聞き出した作戦。
それは怪人との戦闘配信を終えて変身を解いたリツを怪人が集団で囲んで殺すというもの。
戦闘配信を終えた魔法少女は離れた安全な場所で変身を解くことがほとんどだが、リツにはその習慣がないらしいのだ。
リツは今や東京でもっとも有名な現役の魔法少女。
ネットで調べればリツがどこで怪人と戦っていたのかなどすぐに分かる。
ルークは苦々しい表情でスマホに視線を落とす。
つい数分前、リツにサインをもらったという人間が自慢げに写真をポストしていた。
このような危機管理能力では、きっとリュウザキの罠にもかかってしまうに違いない。
目撃情報のあった場所へ向かっていると――いた。
高架下を駅のほうへと歩いていく、私服のリツ。
そしてリツのほうへと何食わぬ顔で歩いて行く、なんてことないスーツ姿の男たち。
うまくサラリーマンに変装しているが、ルークには分かる。
あれは〈ブラッディドラゴン〉の構成員たちだ。
ルークは力の限り叫ぶ。
「リツ、逃げろ!」
しかし神は、今回はルークの味方をしなかった。
高架を列車が通ったのだ。
高架下に響く凄まじい轟音にルークの声はかき消される。
そしてリツとスーツの男たちがすれ違おうとしたまさにその瞬間、事態は動き出した。
「いまだ!」
「殺れッ!」
「死に晒せやメスガキ魔法少女!!」
ある者は文字通り鋼鉄の拳を振り上げて。
ある者は全身に炎を纏わせて。
ある者は体にため込んだ電気で髪の毛を逆立たせて。
何人もの怪人が、一斉にリツへと襲いかかる。
魔力を隠し、一般人に擬態した怪人を見破るのは至難の業。
リツにも怪人を警戒する素振りはなく。
無防備な状態のリツに、怪人の攻撃が迫る。
思わずルークは目を伏せるが――
伏せた視界の端で、怪人たちが吹っ飛ぶのを見た。
「え?」
ルークは目を疑った。
リツは魔法少女に変身していない状態で、それも素手で怪人たちの攻撃をいなしたのである。
幼さの残る少女の姿に似合わぬ、まるで50年間修行を積んだ武道家のような洗練された動き。
リツは魔法少女にならずとも強いのか? 子供のリツが成人男性を放り投げられるほど?
――いや。
ルークは初めてリツに接触した時のことを思い出す。
リークはリツの手を強引に掴もうとして返り討ちに遭い鼻血を出す羽目になった。
あのとき、リツはまるで手が勝手に動いたように慌てていた。
(もしかして、強い魔法少女というのは変身していない状態でも敵意を察知して攻撃を回避するような行動が取れるのか?)
そんな話は聞いたことがないが、今まさに目の前で起こっている事象を説明するにはそう断定するしかない。
とにかくリツに助けが必要なようには見えない。
つまりルークの懸命な走りは無駄だったというわけだ。
ルークは息を切らしながらも、悔しそうに拳を握り込む。
爪が手に食い込み、手が真っ白になるほど強く。
リツと個人的に仲良くなって寝首を掻くという方法が使えないと分かった――からではない。
(なんだよあの子、最強じゃん……これじゃあリツの危機を救って仲良くなるってムーブができないじゃないか!)
ルークの中で、もはや完全に目的と手段が逆転してしまっていた。
「オトナの男の人がこんなに大勢で女の子囲んで……♡ もしかしてこれでリツに勝てると思ったの?♡ きゃははっ♡ オトナなのにアタマ悪すぎ♡」
怪人たちの奇襲をなんなく退けたリツはすぐに魔法少女へと変身。
変身を解いた状態のリツを仕留めることができなかった怪人たちが、魔法少女に変身したリツに敵うはずもなく。
逃げ惑う怪人を、リツは煽りながら屠っていく。
「ねぇ待ってよ♡ 襲っといて逃げるとか♡ ざこすぎて笑っちゃう♡」
煽られ、殴られ、コンクリートに倒れていく怪人たちをルークは睨みつける。
ルークは腹が立っていた。
優秀な自分が棒立ちでリツを眺めているのに、あんな役立たずの雑魚がリツの視界に入って彼女に言葉をかけられているという事実に。
そしてこのままではその関係を覆すことはできない。
(こんなんじゃダメだ。もっともっと強力な怪人をリツにぶつけないと――)
***
その日の夜のこと。
ルークは物音を聞きつけて父親であるリュウザキの部屋へと向かった。
リュウザキは家に帰らない日も多く、帰ってくる時間もバラバラ。
この日も物音で目が覚め、時計を見ると深夜2時。
いつもなら父親になど構わず二度寝するところだが、この日は違った。
魔法少女リツをどうやって倒すのか、きちんとリュウザキの考えを聞かねばならない――そう考えたのだ。
そしてリュウザキの部屋の前でルークは足を止めた。
なにやら話し声が聞こえたからだ。誰かと会話しているように聞こえる。
「リツを倒すには……いや……でも……それじゃあ……」
(なんだ? 電話でもしてるのか?)
リュウザキの声しか聞こえないし、それすら断片的にしか聞こえない。
しかしどうもリツについて話しているらしいことは分かった。
ルークは扉に耳をつけ、その声を聞き取ろうと集中するが。
「だから! それじゃあ仲間を裏切ることになんだろうが!!」
急な大声にルークは思わず後ずさりをする。
その咄嗟の行動により、床が僅かに軋んだ。
瞬間、刺すような言葉が部屋の中から聞こえる。
「誰だ?」
そして扉が開いた。
リュウザキは携帯を手にしておらず、部屋の中にも当然誰もいない。
ただ、窓が大きく開け放たれているのが気になった。
「と、父さん? 部屋に誰かいたの?」
「ん? いいや、気のせいだろ。お前はもう寝ろ。大きくなれないぞ!」
ガハハと笑うリュウザキの顔にいつもと違う様子は見えない。
それがかえって異様に思えて、ルークはなんだかとてつもなく怖くなった。
リツのことについて父親にガツンと言ってやろうという意気も失せ、ルークはすごすごと自分の部屋へと帰る。
ルークは当然知らなかった。
魔法少女連盟の捜査の手が〈ブラッディドラゴン〉へ着実に伸びており、彼らがかなり追い詰められていること。
――そしてその現状を打破するため、リュウザキが恐ろしい手段を取ろうとしていることを。




