41話 "顔怖いのに魔法少女好きとかキッショ♡"
「ネットの配信とかでリツの戦いぶりはもちろん見てたけど、本物見たらこれがもう凄くてさ。怪人の触手をグミみたいに簡単に――」
とある駅前の喫茶店。
カウンターに並んでルークと姫王冠は座っていた。
姫王冠の情報提供によりリツとの接触を果たせた。
今日はそのお礼――という名目で、さらなる情報を聞き出すためにルークが彼女を誘ったのである。
普段であれば姫王冠はルークと外出できたことにウキウキ夢見心地。ルークに集まる女の子たちの視線に鼻高々でご機嫌なのだが。
しかし今日はそうではなかった。
「……もうリツの話はいいよ」
姫王冠の声は重く沈んでおり、その表情も明らかに暗く、なにか言いたげだ。
「どうしたの?」
「別に。なんでもない」
吐き捨てるように呟き、姫王冠はアイスコーヒーと氷の入ったグラスをストローでガチャガチャと乱暴にかき混ぜる。
誰が見てもどう考えても「なんでもない」はずはない。
(めんどくせええええええええええ!!! なに勝手に不機嫌になってんだよ!)
ルークは内心で罵声を吐くが、表情や態度には一切それを出さない。
心配そうな表情を浮かべ、その整った顔をぐいっと姫王冠に寄せる。
「姫王冠が悲しいと俺も悲しいよ。姫王冠にはいつも笑っていてほしいんだ。その手伝いをさせてくれないかな?」
効果は抜群だった。
姫王冠はポッと頬を赤く染め、もじもじしながら自分の前髪を撫でる。
「だ、だって……ルークくんってば、さっきからリツのことばっかりなんだもん。まるでリツのことが好きみたいで、わたし――」
「は!? す、好きなわけねぇだろ!!」
静かで落ち着いた店中に響く大声。
周囲から視線が集まり、姫王冠もギョッとした顔でルークを見る。
(やべっ!)
今までのルークであればこんなへまはしなかった。
女子の求める完璧な王子様を演じ、彼女たちのほしい言葉を口にすることができていた。
しかしあの日――リツに出会った日から、どうもおかしいのだ。
リツのことを考えるとなんだかボーッとして、動悸までしてくる。
今回のように冷静さを失ってしまうこともしばしば。
(どうしちゃったんだ、俺……いや、落ち着け。まずは姫王冠のフォローだ)
気持ちを切り替え、ルークは慌てて笑顔を作った。
「ご、ごめん。リツは俺たち〈ブラッディドラゴン〉にとって宿敵だからさ」
「そうだよね。わたしこそゴメン。つい嫉妬しちゃって」
「バカだなぁ。どうして嫉妬なんてするの? 俺はふたりの将来のためにリツを追っているのに」
「ルークくん……」
姫王冠の目がとろんとし、ルークは普段の調子を取り戻したことを確認。
本題に入る。
「で、新しいリツの情報はなにかある?」
しばしの沈黙。
そして姫王冠は堪えきれなくなったとばかりにクスクス笑い出す。
「どうしたの?」
「ふふふ……ごめん、嫉妬したり嬉しかったりで言い出せなかったんだけど、実はもうリツは終わりなの」
「え?」
「ルークくんがやった作戦と同じ。変身してない無防備なところを狙うんだって。怪人みんなで囲んで袋だたきにするって、パパが電話してるのを聞いたんだ」
愉快そうに言う姫王冠。
しかしルークの顔色はみるみる蒼くなっていき――
弾かれたように椅子から立ち上がり、姫王冠の胸倉をつかんだ。
「場所は!? 日時は!? 詳しく教えろ!」
***
「はい、リツの勝ち♡ ざぁーこ♡」
ゴンッッッ――
振り下ろされたステッキが怪人の頭にめり込み、受け身も取らず地面に倒れる。
そのあとはもうプイプイの仕事だ。
この前の反省を生かしてしっかりと配信を切り、怪人護送車の手配をする。
魔法少女連盟の職員たちが怪人を車に乗せ終わると、待機していた律にプイプイが声をかける。
「律さん、今日もお疲れ様だプイ。あとはこっちでやるからもう大丈夫だプイ」
「30万円忘れないでよ♡ ちいさいちいさいよわよわ脳みそなんだから♡」
「もちろんだプイ! またマンションへ行くプイ!」
律のメスガキ語にももう慣れっこなプイプイは平然とそう答えて怪人護送車へ乗り込んでいく。
律も魔法少女の変身を解き、あとは自由時間だ。
(どうしようかな。いまマンションに戻ると学校から帰ってきたルナとエントランスでかち合う可能性あるし……そういえば駅前に牛丼屋あるっぽいから、早めの夕飯にして時間潰すか)
プイプイからの出動要請で向かった先が律には土地勘のない場所だったため、スマホで地図を見ながら駅へと向かう。
と、そのとき。
背後から呼びとめる声があった。
「……おい、あんた」
律は振り向いて、ドキリとした。
声をかけてきたのはスーツの男……といえば聞こえはいいが、漆黒のスーツに身を包み、顔に傷の走った、どう見ても堅気ではない人間だったからだ。
(え、な、なに? 怪人……?)
男は鼻息荒く、興奮をなんとか抑えるようにしながら早足でこちらに近付いてくる。
そして黒スーツの内ポケットへと手を入れた。
その異様な熱気に律は思わず後退りする。
(な、なに? まさか銃とか出してくるんじゃ……)
いくら強い魔法少女といえど変身しなければ魔法は使えない。
律はポケットに入れた変身ブローチにそっと手を伸ばす。
――が、その必要はなかった。
男がスーツから取り出したのは、拳銃でもナイフでもない。黒のマジックペンだったのだ。
「魔法少女リツちゃん……だよね?」
「……え?」
「フ、ファンなんだ。配信見て、もしかしたらこの辺にいるかなぁなんて思ってたんだけど。本当にいるとは……」
男は興奮気味に言いながら、律にマジックペンを差し出した。
「サインとか、もらってもいいかな?」
「え、ええと……ごめんなさい、サインなんて書くの初めてで。芸能人が書くみたいなカッコイイサインなんて持ってないんだけど」
「うひょー! リツちゃんの初サインなんて最高かよ! どんなサインでもウェルカムだから!」
男は強面をだらしなく崩し、推しに出会えた歓喜を全身で表現する。
そのある種異様な光景に律は苦笑しつつも、マジックペンを受け取った。
(な、なんか、顔が売れちゃったな。嬉しいような、恥ずかしいような……)
男に促されるまま、律はマジックで男の白いシャツの背中にデカデカと「魔法少女リツ」と書く。
「あ、“リョウくんへ。顔怖いのに魔法少女好きとかキッショ♡ ざぁーこ♡”って書いてください!」
「おお……」
律は苦笑しながら、しかしサービス精神を存分に発揮して白シャツにメスガキ煽りを書き込んでいくのだった。
さて、律はアラサー男にもかかわらず魔法少女になったイレギュラー中のイレギュラー。
しかもあっという間に〈黒き森〉を壊滅させ、一躍スターに躍り出た。
本来であれば他の先輩魔法少女たちに戦い方やその他細々したことを教えてもらいつつ一人前になっていくのだが律はその過程を軽々とすっ飛ばしてしまったのだ。
だから、律は知らない。
戦いを終えて怪人が連行されたあと、変身を解いた魔法少女はその近くにいつまでも留まるべきではないことを。
魔法少女の戦いは配信されていることが多く、人が集まってくることは避けられない。
魔法少女のファンや野次馬が集まれば騒ぎになることもある。
まぁそのくらいならまだマシな方で、変身を解いたところを怪人に襲撃されれば致命的な被害を受ける可能性もある。
だから魔法少女は現場から十分に離れた場所で変身を解かなければいけない――そんな単純なことを、律は知らなかった。
「……目標、接近。気合い入れていくぞ」
「了解」
そして、律は知らない。
思ってもいない。
目の前を歩いてくるスーツ姿の集団が、律の命を狙う怪人たちであることなど。




