38話 リツを落とそうだなんていい度胸じゃん♡
家賃のかからない部屋をゲットし、かつてない額の金が口座に入っている――その事実は心配性の律の財布の紐を少しだけ緩めた。
都内の某巨大家電量販店にて新居で使う家電一式を購入。
社畜時代の律が安アパートで使っていたものよりも少し良いモデルを購入したが、口座に入っている額に比べれば微々たるもの。
律は珍しく、少しだけ気を大きくしていた。
(会社勤めだったころの初任給なんか奨学金の支払いとか生活費とかで吹っ飛んじゃったし、記念品を買うなんてことできなかったな。もし今買うとしたら――)
そんなことを考えながら、律は街を歩く。
歩行者天国になった大通りには様々な店が軒を連ねており、道行く人々の顔は明るい。
(みんなはどんな物を買うのかな。やっぱ腕時計とか?)
あるショーウィンドウの前で律はふと足を止めた。
ブランドに疎い律でも知っている有名な高級腕時計の路面店。
ショーウィンドウの中では重厚感ある時計が光を受けて輝いているが――それよりも律の目を惹いたのはガラスに映る自分の姿だった。
その細い腕に高級時計は重すぎる。
(メスガキが高級時計なんか付けてたって似合わないじゃん! ナシ、ナシ!)
そうじゃなくても元々腕時計やブランド物などに律は興味がない。
またスタスタと歩き出し、街中に目を向けるが。
(キャバクラで豪遊……これも元々興味ないけど、この姿じゃ入店すらできないよね。スポーツカー……そんなのなくても飛べるし。旅行……悪くないけど、この姿だと補導されそうだしなぁ。うーん……)
律がこのようなまとまった金を手にしたのは生まれて初めて。
生きることだけで必死だったためか物欲も少ない。
その上、メスガキ姿では金の使い道も限られる。
いろいろと考えた挙句、律はこんな結論に至る。
(まぁ無理に使う必要なんてないしな。じゃあ今日は誕生日でもないのにエンタッキーのチキン買っちゃうぞ!)
そのままチキンを買って家に戻りたかったが、しかし今日はもうひとつ用事がある。
怪人・ヌマブクロに襲われた直後から新居が決まるまで泊まっていたホテルに充電器を忘れてきてしまったのだ。
新しいものを買えば良いといえばそうなのだが、まだ使えるものを捨てるというのが嫌で、律はわざわざホテルへと足を運ぶことにしたのだった。
ホテルのカウンターで忘れ物を受け取り、ホッと一息。
今度こそチキンを買って帰るぞと律はホテルを出て歩き出すが――
「おっ……と」
突然近付いてきた人影を、律は避けきることができなかった。
ドンッ、という衝撃。
軽く肩にぶつかっただけなのだが、メスガキ化により小さくなった律の体はそれだけでも軽くよろめく。
「あ、すみません――」
という律の軽い謝罪を掻き消すような大声で、ぶつかってきた相手は叫んだ。
「ゴメン! 大丈夫!?」
妙に綺麗な顔をした少年が、よろめいた律をスマートに抱きとめた。
***
〈ブラッディドラゴン〉のボス、怪人・リュウザキの息子である龍崎ルークは自分の容姿が優れていることを理解していた。
そしてそのポテンシャルを、弱冠14歳にもかかわらずルークはとても巧みに利用していた。
リュウザキの最側近であるササキの娘に甘い言葉を囁き、組織が握っている魔法少女リツの情報を入手。
さらに独自の情報網から仕入れたリツに関する情報を統合し、リツの泊まっていたホテルを割り出すことに成功。
その時点ではリツはすでにチェックアウトを済ませていたが――しかし天はルークに味方した。
ホテルを張っていたまさにその時、ルークの前にリツが現れたのだから。
魔法少女リツは強い。
〈黒き森〉幹部レベルの怪人を瞬殺し、長年魔法少女の手から逃れ続けてきた切り裂きジャックをも倒してみせた。
魔法少女リツを単独で倒せる怪人は少なくとも〈ブラッディドラゴン〉にはいないだろう。
しかし魔法少女ではない、普通の“少女”としてのリツであればどうだろうか?
――つまり、ハニートラップだ。
「ケガはなかった?」
ルークは抱きとめたリツにとびきりの笑顔を向ける。
道でたまたまぶつかった相手と懇意になる――現実ではなかなか起こりにくいシチュエーションだ。
しかしそのアイドルもかくやという綺麗な顔をもってすれば、なんてことない道も背景に花を背負った少女マンガの世界に早変わり。
(どんな怪人だって魔法少女リツには敵わない。でも魔法を解いた普通の女の子なら、俺に靡かないはずはない)
しかもルークは怪人ではない。
都会的な洗練された雰囲気を持つ14歳の少年がまさか〈ブラッディドラゴン〉と通じているなんて一目で見破れる者などいないだろう。
リツと個人的に親しくなれば彼女の弱みを握ることも、もしかしたら寝首をかくことも可能かもしれない。
そんな策略を巡らせているとは微塵も感じさせない爽やかな笑みを浮かべてリツに迫る。
「よければお詫びにお茶でも――」
この顔を向けられれば、どんな女性もまたたく間に頬を赤く染めて夢でも見ているような表情に変わることをルークはよく知っていた。
――そのはず、なのに。
「いや、大丈夫」
リツはルークの顔に見惚れるでも頬を赤らめるでもなく。
さらりとそう言って、さっさと歩いていってしまった。
「……え」
こんなことは初めてだった。
確かに中には照れや「自分のような者がこんなイケメンに迫られるはずない……」といった卑屈な思いからルークの誘いを拒否する者がいなくはなかった。
しかし律の態度はそのどれでもなかった。
――無だ。
まったくの、無感情。
確かにリツはルークの顔を見た。ハッキリと見たはずなのに。
女子にぶつかって、こんな態度を取られたのは初めてだった。
この反応のなさは、まるで男にぶつかったときのようだった。
予想外の行動に、ルークは呆然と立ち尽くす。
が、すぐにハッと我に返った。
(こんなことで狼狽えてどうする! 俺は怪人界の王になるんだ!)
そしてルークはやや強引な手段に出る。
「待って――」
と、リツの手を掴もうとしたのだ。
どうやらリツは少々恋愛には疎いらしい。
スキンシップを通じて強引にリツの恋愛感情を引き出そうとした、のだが――
「ブガッ!?」
ルークは間抜けな声を上げてうずくまる。
掴もうとしたリツの腕が、まるで蛇のごとくルークの手をすり抜けてその綺麗な顔を殴ったのである。
綺麗な鼻筋の鼻から、つうっと鼻血が流れ落ちる。
「あれ? うわぁっ!? ゴメン! 大丈夫?」
自分が殴ったのに、まるで手が勝手に動いたとでも言わんばかりの慌てぶり。
(こ……このクソガキ! 俺の顔に傷なんてつけたらタダじゃおかねぇぞ!)
自慢の顔を殴られて怒り心頭に発するルークだが、しかしその気持ちをぐっと堪えて少女漫画の王子様に徹する。
「ふふ……暴れん坊の子猫ちゃんだね」
こうしてイタズラっぽく囁くと、たちまち女の子たちは頬を赤らめる……はず、なのだが。
渾身の王子様スマイルと甘い囁きに、リツは困惑の表情を向ける。
「えっ……? あ、はぁ……」
ルークの心に築かれた自信とプライドが、音を立てて揺らぐが――
しかしすんでのところで踏みとどまる。
(お、おもしれー女じゃん。絶対に落としてやる……!)




