30話 ええと……ざ、ざぁこ♡
怪人。
それは闇の精霊から悪の力を受け取った者たち。
とはいえ悪の力をなにに使うかはその人次第である。
〈黒き森〉は、たとえるなら暴力団やギャング。
所属する怪人たちはその力を闇の経済活動に使い、金儲けに勤しんでいた。
セイラのいう〈切り裂きジャック〉は、彼らとはまったく質が異なる。
〈黒き森〉は金のために人を殺すが、〈切り裂きジャック〉の場合は殺すことそのものが目的なのだ。
「いわゆる、快楽殺人鬼というやつです」
セイラはその怪人のことをそのように断定した。
「犯行は決まって新月の夜。被害者は若い女性――というか女の子。被害は東京都内に限定しています」
なんの資料も見ず、セイラはスラスラと切り裂きジャックの情報を口にする。
その目は真剣そのもので、彼女が切り裂きジャックに並々ならぬ感情を抱いていることがうかがえた。
「身長は170センチ前後の男性で、中肉中背、顔に大きな傷があって――」
「ま、待って待って」
律はセイラに待ったをかける。
そして視線をあたりに向けた。
「なんでその話するのがここなの?」
まるでベルサイユ宮殿にでも迷い込んだかのようなファンシーな内装の喫茶店。
店員も客も女性しかおらず、どこもかしこも“カワイイ”で溢れている。
しかもなにかのアニメとコラボしているらしく、壁には可愛らしい二頭身のミニキャラが描かれており、店内はシャッター音で溢れかえっていた。
そしてセイラが注文したのはコーヒーとか紅茶とかじゃなく、アフタヌーンティーセット。
ビルの屋上ではなんだということで、ふたりは変身を解いて喫茶店へと場所を移していたのだが、まさかこんなファンシーな店に連れて行かれるだなんて律にとってはまったくの想定外であった。
「切り裂きジャックは男ですよ。ここなら女子しかいないから聞かれる心配はないし、みんな推し活に夢中だから騒ぎになる心配もありません。リツさん、有名人だし」
「だからってアフタヌーンティーじゃなくても……」
「そ、それはその」
と、言い淀むセイラに代わって答えたのはプイプイだった。
セイラのカバンからひょっこり顔を出し「ここだけの話プイけど」と勝手に話し出す。
「アフタヌーンティーって2名からしか注文できないから、友達のいないセイラは注文したくてもできなくて――」
「う、うるさいぞプイプイ! アフタヌーンティーはたまたま!」
と言ってセイラはプイプイの隠れているカバンをバシリと叩く。
しかし程なくして運ばれてきた、色とりどりのスイーツやセイボリーが並んだ豪華なケーキスタンドにセイラは目を輝かせてスマホのシャッターを連打していた。
赤い髪のせいもあってヤンチャな印象を受けるが、案外可愛らしいものが好きなのだろう。
「……あとさ、顔に大きな傷があるってのは本当なの? そんな情報、ネットには見当たらないけど」
律はスマホに視線を落としつつセイラに尋ねる。
切り裂きジャックは有名な怪人らしく、警察庁からも注意勧告が出されている。
怪人ウィキには被害状況などの詳細な情報が載っていたものの、セイラの言う「顔に傷がある」という記載はどこにもなかった。
律の問いかけに、セイラの連打していたシャッター音がにわかに止まる。
「……それは、アタシが切り裂きジャックに狙われた女の子の中で唯一の生存者だったからです」
「え?」
セイラはシャツの袖をめくり、肩を露出させる。
まるで肉厚のナイフで切りつけられたような大きな傷跡が見えた。
「襲われたとき、アタシは怖くてなにもできなくて……でも姉ちゃんが怪人に立ち向かって、魔法少女が来るまで時間を稼いでくれたおかげで助かったんです」
セイラは肩の傷跡を宝物でも触るみたいに優しく撫でる。
「怪人が怖くてしばらく外に出られなかったんですけど、姉ちゃんが一緒に魔法少女にならないかって誘ってくれて。それでいつかふたりで切り裂きジャックを捕まえようって」
怪人被害者は生命が助かっても、そのトラウマに長く苦しむ者は多い。
しかしセイラはその辛いはずの思い出を、美しい昔話を口にするような穏やかな表情で語っていた。
が、ふいにセイラの笑顔が消える。
「でも姉ちゃんは魔法少女として優秀で、どんどん忙しくなって、いまは怪人組織の調査に夢中で――切り裂きジャックなんかに構っていられなくなっちゃったんです」
その理屈は律にも分かった。
律も先日〈ブラッディドラゴン〉を狙ったように、手っ取り早くよりたくさん怪人を倒そうとするなら怪人組織を狙うのが一番効率がよいのだ。
そしてセイラはバツが悪そうに手元に視線を落とし、声のトーンを落とす。
「……それに、その、姉ちゃんはリツさんに対抗心燃やしちゃってるみたいで。今日みたいにアタシが出動要請しても姉ちゃんは来てくれないと思うので……あんなのもうやめればいいのに……」
妖精さんからの出動要請を拒否する――律の煽りに対抗したルナの宣言である。
とはいえそれは完全に墓穴を掘っていた。
「姉ちゃんはリツさんが音を上げて頭を下げてくると思ってたみたいですけど、結局リツさんひとりで手が足りちゃってるし。ネットじゃ"リツひとりいればいい"とか"他の魔法少女仕事してないじゃん"なんて言われてて、ますますアタシたちの評判落ちてるし……他の子たちからも不満出てるんですけど、姉ちゃん意地張っちゃって」
「あー……なんか悪いことしちゃったねぇ」
「いやいや! リツさんが謝ることじゃないんです!」
苦笑する律に、セイラは勢いよく首と手を横に振る。
「むしろすみません。アタシが止められればいいんですけど、どうも昔から姉ちゃんには頭が上がらなくて……」
赤い髪の毛をクシャクシャと掻き、大きくため息をつく。
そして話を本題へと戻した。
「切り裂きジャックは取り逃がしたアタシをまだ狙ってるんです。早く決着をつけないと……」
「どうしてセイラを狙ってるって分かるの?」
「……うちの家の近くで犯行が頻発しているからです。しかもどんどん近付いてきている」
セイラは改めて、律に頭を下げる。
「このまま逃げていてもなにも解決しないし、被害者は増える一方です。だからお願いします。一緒に切り裂きジャックを倒してください」
セイラの話を聞き終わり、律は湯気の立つ紅茶を一口。
そして頷く。
「分かったよ」
怪人組織が闇に潜ってしまい、律に彼らの場所を見つけるノウハウはない。
セイラの“お願い”に乗っかり、切り裂きジャックを倒せばとりあえずまた30万円は得られる。
とはいえ、完全な損得勘定だけでこの話を了承したというわけでもなかった。
アラサーの律は、純粋に頑張っている女の子を大人として応援したくなったのである。
「大変だったね。トラウマに立ち向かおうとするなんてすごいことだと思うよ」
律の言葉に、セイラはポカンとする。
「リツさんって……変身すると性格変わるタイプっすか? それとも体調悪いとか……?」
「ぶほっ!」
律は熱々の紅茶を危うく噴き出すところだった。
(そ、そうだよね。変身前と後でこんなにキャラ違ったら怪しまれる……でも変身後は口調のコントロールできないし、ってことは変身前もメスガキっぽく振る舞うべきなのか……!?)
「リツさん?」
セイラの視線がまっすぐ律に向けられている。
律は崖から飛び降りるような覚悟を持って、口を開く。
「ええと……そのかわり、報酬の30万円はリツがもらうからね。ええと……ざ、ざぁこ♡」
言っていて、ものすごく恥ずかしくなってきた。
アラサーの男なのに「ざぁこ♡」だなんて、自分はいったいなにを言っているんだと。
しかし違和感を覚えているのは律だけだった。
「もちろんそれで構いません! よろしくお願いします」
セイラは輝く笑みを律に向ける。
そしてまた運ばれてきた焼きたてスコーンに歓声を上げるのだった。




