31話 オトナぶっちゃって、ダッサ♡
律とセイラの喫茶店でのやりとりから数日後――新月の日。
切り裂きジャックの犯行がおこなわれるのは決まって夜だが、その日は昼から集まり、綿密な作戦会議と現場の下見が行われていた。
「――で、なんでお前も来てんだよ。お前は呼んでないぞ、プイプイ」
「もちろん配信するんだプイ」
プイプイはゴツい配信機材を小さな体に背負いながら鼻息を荒くする。
「切り裂きジャックは古参ながら、いままでどんな魔法少女にも捕まえられなかった怪人だプイ。律さんとバトルなんてことになったらきっと数字が稼げるプイ……楽しみプイなぁ」
「配信? まぁリツさんがいいならいいけどさぁ……邪魔すんなよ?」
「なんで邪険にするプイ。セイラはぼくがいないと律さんと連絡取れないプイ?」
セイラは痛いところを突かれた、みたいな顔をしてバッとリツに向き直る。
「リツさん、マジでライヌ教えてくださいよ」
「いやぁだからライヌやってないんだって。連絡くれても、あんまり携帯見ないし……」
律は苦笑しながら嘘をついた。
社畜時代、うっかりプライベートの連絡先を上司に漏らしたせいで酷い目に遭っていたのだ。
そのときの反省を生かし、律はセイラとの連絡先交換の申し出をのらりくらりかわしていた。
「じゃあどうやって人と連絡取ってんですか。狼煙?」
「あはは……それよりほら、作戦会議やろう」
「ちぇっ」
セイラは口を尖らせながらもカバンから地図を取り出した。
何度もたたんでは広げてを繰り返しているのだろう。
紙がへたれて、折り目の部分はところどころ裂けている。
「ここ1年の切り裂きジャックの犯行場所をマッピングしていったんですが、大体アタシのマンションの半径5キロ圏内で行われています。そして日を追うごとにマンションに近付いている……今回は半径2キロくらいで犯行が起きるんじゃないかと」
淡々と状況を説明するセイラ。
しかし地図を持つ指がかすかに震えていることに律は気付いていた。
当たり前だ。かつて自分を襲った殺人鬼が再び自分を狙って自宅の近くをうろついているなんて、もっと気弱な女の子なら正気を失ってもおかしくないくらいだ。
「……ちなみにだけど、セイラのマンションってもしかしてアレ?」
律は一際目を惹く煌びやかなマンションをおそるおそる指さす。
立地を考えても、エントランスの美しさを考えても、凄まじい高級マンションであることがうかがえるが――セイラはなんてことないみたいに頷く。
「そうです。パパとママはお仕事の都合で外国にいるので、今は姉ちゃんとふたり暮らしですけど」
(おお……この感じでお金持ちなんだ……)
律は微妙に失礼なことを心の中で呟きつつ、今夜の作戦を頭の中でシミュレーションする。
「じゃあ半径2キロくらいをふたりでパトロールして切り裂きジャックを探すってことでいいの?」
「いえ。それだとまた新しい被害者が出てしまう可能性があります。なので、アタシが囮になります」
「……えっ? 大丈夫なのそれ」
「任せてください! アタシ、怪人引き寄せ体質なので!」
「そうじゃなくて……いくら魔法少女とはいえ怖くない? 無理しなくていいんだよ」
優しく声をかける律に、セイラはポカンとした表情を向ける。
「優しすぎて怖いです。リツさんって変身前と後、どっちが素なんです?」
「…………」
律はサッと変身ブローチを取り出し、掲げる。
素の状態でメスガキ語を使うのはあまりにキツすぎる。
まばゆい光が律の体を包み込み、メスガキ魔法少女に変身。
こうなれば口は勝手に動き出す。
「くだらないこと聞かないで♡ 防御の魔法しか使えないざこのくせに♡ 小学校からやり直したら?♡」
「うわ、なんか誤魔化した!」
ふたりが少女らしい戯れに興じていた、その時だった。
マンションのエントランスから出てきた少女を見て、にわかにセイラの顔が強張る。
「ね、姉ちゃん……」
ルナは冷たい視線をセイラに向ける。
律の存在に気付いていないはずはないが、視線を合わせることすらしなかった。
「友達は選びなさいと前にも言ったはずよ、セイラ」
「リツさんは切り裂きジャックを倒すために協力してくれてるんだよ。姉ちゃんと違って!」
セイラは当てつけのように律へ体を密着させる。
ルナは明らかに不快そうな顔をして、しかしすぐになんでもないみたいに表情を整える。
「……これも前に言ったけど、わたしたちは〈ブラッディドラゴン〉の捜査があるの。1人の怪人を倒すより、怪人集団を壊滅させた方が結果的にたくさんの人間を救えるわ。切り裂きジャックは年間10人程度しか人を襲わないじゃない。どちらを優先すべきかは明白でしょう」
「待ってよ。数の問題なの!?」
「魔法少女は人手不足なのよ。どこにいるか分からないたった1人の怪人を探すのは非効率だって子供でも分かるわ」
「犯行は新月の夜! 場所はうちのマンションの周辺! もう調査は済んで――」
「はぁ」
ルナは大きくため息を吐いて、セイラの言葉を掻き消す。
まるで小さな子供を叱りつけるみたいに言った。
「いつまでも正義の魔法少女ごっこなんてやっていないで、少しは大人になりなさい」
「ッ……」
セイラはそれ以上言い返すことができなかった。
言い負かされた、というわけではない。
口を開くと涙がこぼれてしまいそうで、声を出すことができなかったのだ。
過去の自分の被害を軽んじるような言葉が、かつて自分を救ったはずの姉から出たことがセイラにはこれ以上なくショックだった。
――だから、セイラの代わりに律が口を開く。
「ガキンチョのくせにオトナぶっちゃって、ダッサ♡」
「――は?」
この日、初めてルナは律の目を見た。
その眼光の鋭さといったら。
目力だけで人を射殺してしまいそうな視線。
「姉妹の会話に口を挟まないでくれる?」
「ごめんね♡ お姉さんがあまりにもダサくて見てられなかった♡」
意識せずとも、煽りはどんどん口から沸いて出る。
しかし今回ばかりは、律はそれを止めたいとは思わなかった。
嘲笑に歪んだ口から可愛い八重歯を覗かせる。
「年下の魔法少女たちに大きい顔してお山の大将やってるくせに、こんな時だけオトナぶるんだもん♡ 恥ずかしくないの?♡」
今度はルナが絶句する番だった。
セイラと違って、泣きそうになっているわけではない。
キレすぎて頭が真っ白になっているのだ。
噛みしめた唇からは血が滴っている。
「わたしの気も知らないで――!」
ルナは半ば反射的に変身ブローチを手に取るが――しかし、〈黒き森〉を壊滅させた実力を持つ律に襲いかかるほど正気を失ったわけではなかった。
変身ブローチを強く強く握りしめながら、それを静かにポケットへと戻す。
「……行くわよ、セイラ。これから〈ブラッディドラゴン〉の調査があるの。付き合ってちょうだい」
「話聞いてた? 切り裂きジャックを――」
「セイラ。お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」
射貫くような目。
蛇に睨まれた蛙のようにセイラは動けなくなる。
数秒の逡巡ののち、セイラは力なく頭を下げた。
「……すみません、リツさん。せっかく付き合ってもらったのに。お礼は今度、必ず」
罪悪感からか。それとも姉に逆らえない情けない姿を見られたくなかったのか。
セイラはうつむいたまま、律の眼を見ることもできなかった。
駆け足で姉の元へと駆け寄り、そのまま振り向きもせず、ふたりは去っていった。
「セイラはルナに逆らえないプイなぁ」
ふたりの背中が十分に小さくなった頃、プイプイは律の背中からぬっと出てきてその肩にちょこんと座った。
「また会うとトラブルになるプイ。ふたりが行った方角とは逆側をパトロールしてみるプイ?」
「……言われなくとも♡ そうしようと思ってたよ♡」
そうして律とプイプイはルナとセイラのふたりに背を向けて歩き出す。
(セイラがいようといまいと、切り裂きジャックは今夜必ず現れる。周辺のパトロールくらいはすべきだよね)
しかしそれは良い判断とは言えなかった。
切り裂きジャックはすでに彼女たちのことを把握し、草むらに隠れた肉食獣のごとく襲いかかる瞬間を今か今かと待ち構えていたのだから。
――それから約20分後。
ルナとセイラは切り裂きジャックに遭遇することになる。




