29話 エロ漫画の見過ぎでしょ笑
空の亜空間にある魔法少女連盟戦略会議室を出てホテルの部屋に戻ってからもプイプイはずっと浮かない顔をしていた。
魔法少女たちとプイプイの関係は元々良くないらしく、
「昔はあんな子たちじゃなかったんだプイ……」
だの
「だから律さんには会わせたくなかったのにプイ……」
だのとグチグチプイプイ文句を言っている。
しかし律はほとんど聞いていなかった。
それどころではなかったからである。
「ね、ねぇ。本当に妖精さんの出動要請は全部俺に回してくれるんだよね?」
「ああ……律さんには本当に申し訳ないプイ……も、もちろん魔法少女連盟の支部とかに連絡して応援要請を――」
「その必要はないよ!」
「……へ?」
プイプイはきょとんとした顔で律を見る。
律の言葉は決してプイプイを気遣ったものなどではない。
しょんぼりとするプイプイとは対照的に、律の内心はホクホクだったのだ。
(やった! これでたくさん稼げるぞ!)
ルナは妖精さんや律が困って助けを求めてくるだろうと踏んで、出動要請の拒否などという手段に出たのだろう。
しかし困ることなどなかった。
律にとって、怪人とは取り放題の金の果実。
ライバルが少なくなればなるほど自分の取り分が増えるものであり、負担が増えて大変だなんてことは思いもしない。
24時間いつ出動要請が来るかも分からない――その過酷な環境ですら律は苦にならなかった。
24時間いつ連絡が来るか分からないのは社畜時代からそうであり、むしろきちんと働いた分の報酬が出るいまの環境のほうがよっぽどやりがいがあるというもの。
律の活躍により大きな混乱もなく妖精さんの出動要請はさばかれていった。
とはいえ、これが〈黒き森〉壊滅前であったらそうもいかなかったろう。
さすがの律も影分身の術は使えない。同時多発的に出動要請が来ていたらさばくのは難しかった。
律ひとりでさばけるまで出動要請が減ったのは、律自身の活躍によるところが大きい。
〈黒き森〉壊滅、そして彗星のように現れた魔法少女リツの活躍は想像以上に東京の裏社会に衝撃を与えていたのだ。
我が物顔で跋扈していた怪人組織は闇の中へと深く潜り、いまは静かに律に対抗する手段を探っているのである。
組織が手綱を握っていたり、単独でも論理的に物事を考えられるタイプの怪人は律を恐れて出てこない。
つまりいま悪事を働くのは衝動をコントロールできないタイプの怪人だった。
(本当は怪人組織を壊滅したほうが効率いいんだけど、どこも事務所を移しちゃってるみたいだし仕方ないよね……)
たまに怪人組織の事務所を訪ねてみてももぬけの殻。
思っていたより出動要請も少ない……そんな状況にヤキモキしていたある日。
またもやプイプイから出動要請がかかった。
こんなメッセージがスマホに届いたのだ。
『律さん! 新宿の灰塵ビルに急いで来てほしいプイ! 助けてほしいプイ!』
メッセージを受け取り、律は喜び勇んで出発。
魔法少女に変身し、いつものように空へと飛び出す。
できれば怪人がたくさんいれば良いなぁ、なんて思いながら。
しかし指定されたビルの屋上にいたのは怪人がひとり。
怪人だと一目で分かったのは、その男の全身から緑色の粘液がネトネトと滲み出ていたからである。
そして――見覚えのある白いグルグル巻きがひとつ。
怪人は白いグルグル巻きをネトネトの体で抱きしめ、頬ずりまでしていた。
「ハァハァ……早く出てきておくれよぉ。この"服だけを溶かす能力"を魔法少女に使うのがボクの子供の頃からの夢だったんだよぉ……」
「ギャー! 離れろ! お前なんか姉ちゃんが来たらイチコロなんだからなァ!」
どこかで聞いた台詞に、グルグル巻きの中身がセイラであることを確信。
というか、あんなのが何人もいたらたまらない。
律はビルの屋上へと急降下。
流れ星のごとくアスファルト剥き出しの地面に降り立つ。
「およ?」
突然降り立った魔法少女に、怪人は緑色の粘液の奥で一瞬驚いたように目を見開く。
が、セイラのあまりのザコぶりに怪人は油断しきっていた。
むしろ魔法少女の増援を喜ぶかのようにドロドロの笑顔を浮かべる。
「ま、魔法少女! ちっちゃくてカワイイね……ハァハァ……大丈夫だよ、ちょっと服を溶かすだけだからサ……」
男の体からはますます激しく粘液があふれ出し、呼吸を荒げて律ににじり寄る。
しかし律は動じない。
それどころか幼い体には似合わない蠱惑的な微笑を浮かべ、上目遣いで怪人を見た。
唇に指を当てる仕草などはなんとも色っぽく、怪人の興奮を否応なしに高める。
「そんなに律の裸が見たいの……?♡」
「見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい!!!」
律の甘えるような声に怪人の興奮が爆発。粘液を振り乱しながら両手を挙げて律に襲いかかる。
しかし、残念ながら楽しい夢を見られたのはそこまで。
律の表情が、蠱惑的な微笑みから生意気な嘲笑顔へと変貌する。
「見せるわけないじゃん♡ キッショ♡」
「へっ?」
律は魔力を練り上げてステッキを創り、思い切り振りかぶる。
「てか"服だけ溶かす能力"とか笑 エロ漫画の見過ぎでしょ笑」
「ぐわはぁっ!?」
律の振り下ろしたステッキが怪人の側頭部に直撃。
怪人は粘液を飛び散らせながら、なすすべなくアスファルトに崩れ落ちた。
これでまた30万円ゲット――律は財布の中身が増えることにホッと胸を撫で下ろすが、それはそれとして。
「なにやってんの♡」
「……………………」
グルグル巻きから返事はない。
代わりにどこからかふわふわと出てきたプイプイがやれやれとばかりに答えた。
「セイラは怪人引き寄せ体質なんだプイ。ひとりじゃ勝てないくせに――」
「ち、違う! 今回はわざとやったんだ!」
包帯が解け、中から飛び出してきたセイラがプイプイの口を押さえる。
そして律にその鋭い視線を向けた。
その様子に律は内心でため息を吐く。
(はぁ……今度はなにを言われるんだろう。他の魔法少女には会いたくなかったんだけどな……)
またなにか文句を言われたり言いがかりを付けられたりして、自動的にメスガキ煽りが発動し、ますます関係がこじれる。
そんなことを想像し、律は胃が重いような感覚に襲われる。
――が、そうはならなかった。
セイラは律の正面に立ち、勢いよく頭を下げたのだ。
「この前は失礼なことをいってすみませんでした!」
(……へ?)
「その、アタシ外国に短期滞在していて、帰国したばっかりで……リツの、いやリツさんのこと全然知らなくて。それでその、大変失礼なことを……」
ごにょごにょと言い訳めいたものを口にし、やがてセイラは意を決したように顔を上げる。
「あの! 実はリツさんにお願いがあって――」
もちろん律は断る気だった。
どんな内容か見当もつかないが、どうせ面倒なことに決まっている。
もちろん律はセイラに悪い感情は抱いていない。
怪人に手も足も出ないのに、初心者魔法少女の律を逃がそうとしてくれたくらいだ。セイラはきっと良い子なのだろう。
しかし他の魔法少女とはかかわるべきじゃない――この前のルナとのいざこざで律はますますその思いを強くしていた。
が、断りの言葉を口にするより早くメスガキの口が開いた。
「ねぇ、それがお願いする人の姿勢なの?♡」
「……え?」
(ま、マズいぞ……)
律は慌てて口を閉じようとするが、当然そんなことはできない。
その口は自動的に開き、生意気な笑みと共に煽りが炸裂する。
「リツに向かってお願いしてるにしては頭が高くない?♡」
確かにセイラの方が律よりも背が高く、普通に立っているだけでも律を見下ろしているような構図になる。
頭を下げても、それでもまだセイラのほうが目線は上だ。
が、もちろん律はそんなこと気にしてなどいない。
(うわあああああ! なに言ってるんだ俺! 頼む、怒って帰ってくれ――)
という律の祈りも虚しく。
「……おっしゃるとおりです」
セイラはアスファルト剥き出しの地面に膝をつき、そして頭を下げた。
「リツさん、一緒に"切り裂きジャック"を倒してください!」
切り裂きジャック――それがなにを意味しているのか律には分からなかった。
しかしひとつだけ確かなことがある。
土下座させた相手のお願いを断ることなどできない。
(とりあえず話くらいは聞かないと悪いよね……土下座される側ってこんな気分なんだ。悪いことしたな……)
律はアラサー社畜時代に土下座した取引先の人たちに思いを馳せながら、渋々頷くのだった。




