28話 よわよわ魔法少女でごめんなさい、は?♡
魔法少女連盟東京本部。
その所在地は公表されておらず、ネットで調べても都内のどこかにあるらしいということしか分からない。
自衛隊の基地のどこかにあるとか、防衛省庁舎の地下にあるとか、都庁の最上階にあるとか都市伝説じみた噂は律も見つけたが、いずれも違った。
見つけられなかったのも仕方がない。
それは普通の人間にはとても入れない場所――“空”にあったのだ。
(おお……すご)
青空に縫い付けられたように浮かんだジッパー。
引手を動かすと、ジッパーが開かれて大きな裂け目が現れる。
中は真っ暗でなにも見えない。
律は得体のしれない穴に気味の悪さを感じたが、他の魔法少女たちは慣れているのか。隊列を組んで続々と裂け目へ入っていく。
それに追随するように律も裂け目に飛び込んだ。
「ようこそ。ここが魔法少女連盟東京本部よ。魔力を持たない者は排除されるから、変身を解かないようにね」
ルナはまるで自宅を案内するかのように、我が物顔で歩いていく。
(魔法少女連盟とかいうからどんなファンシーな空間なのかと思ったけど、案外普通だなぁ)
壁も床も白く、照明も明るい。
病院や研究所のような印象を受けるが、ほかに特別変わった様子はない。
長い廊下の脇にいくつも扉が並んでいる。
つまりたくさんの部屋があるということだが、その割に人の気配がない。
「魔法少女以外の職員さんはどうやってこんなところまで来るの?♡」
「職員が事務作業とかをするオフィスは別にあるんだプイ。ここはまぁ、なんというか……」
プイプイは言い淀んだ。
空に浮かぶ亜空間だなんて、どう考えても妖精さんが作り出したものだ。
しかし当の本人、プイプイの表情にはどこか苦々しいものが混じっている。
「ここはわたしたち魔法少女専用の戦略会議オフィスなのよ」
プイプイの代わりに答えたのはルナだった。
「機密情報を扱うんだもの。絶対に情報が漏れない場所が必要だったからプイプイにお願いして作ってもらったの」
(ああ……この子たちに無理やり作らされたのかな)
とはいえ、プイプイの表情が沈んでいるのはそれだけが理由というわけじゃなさそうだった。
(一体なにされるんだろう。俺は家電の作り方を教えてもらいたかっただけなのにな……なんか言い出せない雰囲気……)
「ここよ」
そしてルナたちはある扉に手をかけ、ゾロゾロと中へ入っていく。
中は会議室――とでも呼べば良いのか。
ホワイトボードと大きな机がひとつ。それを取り囲むようにして椅子が配置されている。
机の上にはスナック菓子やチョコレートなどが山盛りに置かれており、ジュースとグラスまで用意されていた。
律の脳裏に学生時代の思い出が蘇る。女の子たちが机を囲んでお菓子や紙パックのジュース片手に駄弁っている光景だ。
(まるで教室みたいだ。まぁ事実、魔法少女って子供だしな)
「それじゃあ早速だけど始めるわね」
それぞれ馴染みの席があるのか、魔法少女たちは慣れた様子で椅子に座っていく。
気付けば空席はなくなり、律はホワイトボードの前にぽつんと取り残されてしまった。
「急にごめんなさいね。プイプイが連れてきてくれないから強引な手を使わせてもらったの」
ルナはそう言って、冷たい視線をプイプイへ向ける。
その言葉に反論するでもなく、プイプイは部屋の端でなにやらソワソワとしていた。
「改めて――はじめましてリツさん。活躍、見させてもらってるわ」
(あ、なんか褒めてくれる流れかな)
と、律が考えたのも無理からぬことだった。
〈黒き森〉は家族に危害を加えることをチラつかせて魔法少女をも脅迫し、〈黒き森〉所属の構成員や怪人に手出しさせないよう働きかけていたのだ。
そのせいで誰も手出しできなかった〈黒き森〉を壊滅させたのは律だ。
世間は律への賞賛の声で溢れている。
それと同じようなことを言われるとばかり律は思ったが――違った。
「勝手なことをしないでもらいたいの」
(……へ?)
キョトンとする律。
しかしほかの魔法少女たちはルナの言葉にしきりにうなずいている。
「今回の件を受けて、怪人たちが身を隠すようになってしまった。おかげでわたしたちの怪人組織調査がパアだわ」
セイラが事務所を見張っていたことからも分かる通り、ルナたちは怪人組織〈ブラッディドラゴン〉を狙っていたのだろう。
しかし律のせいで彼らは事務所を移してしまった。そのクレームを言っているのだ。
そしてもう一言。ルナはボソリと付け加える。
「それに、あなたがさも簡単そうに怪人を倒したせいで、まるでわたしたちが怠けていたように言ってくる人もいるし――」
(ああ、そういうことか)
ブラック企業の社畜として現代社会を生き抜いていた律はすぐに察することができた。
つまり、嫉妬だ。
新参者の律が、今まで魔法少女たちができなかったことをいとも簡単にやってのけてしまった。
世間は律をチヤホヤする。
今まで他の魔法少女はなにをやっていたんだ、なんて心ないことをいう人もいたのかもしれない。
そのもやもやを、すべて律にぶつけようとしているのだ。
だからプイプイは彼女たちを律と会わせないようにしていたのだろう。
「ルナ、それは筋が通ってないプイ! それで律さんを責めるのはお門違いだプイ!」
「どうしてわたしたちは呼び捨てで、この子にはさん付けなの?」
プイプイのフォローに、ルナは反抗的な態度を見せる。
どうしてプイプイが律に敬称をつけるのか――そんなのは決まっている。
(アラサー男を呼び捨てにするのが気が引けるのかなぁ……別に俺はいいんだけど……)
「あの、でもお姉ちゃん」
声を上げたのはセイラだった。
事務所での戦いのあと、グルグル巻きを解除したセイラも律のあとをついてきていたのだ。
しかし姉を慕っていた様子だったにも関わらず、セイラとルナは顔を合わせてもまともな会話をしなかったばかりか、律と同じようにセイラの椅子も用意されていない。
(冷遇されてる……のかな。それはセイラがまともな魔法を使えないから……?)
部屋の隅の床に直接腰を下ろしたセイラは、恐る恐るという感じで手を上げている。
「この子がいれば、もしかしたらアイツを――」
「セイラは黙ってて」
セイラの言葉をピシャリと打ち切り、何事もなかったかのようにルナは続ける。
「そもそも突然現れてたったひとりで〈黒き森〉を殲滅だなんてのも怪しいわ。もしかして全部マッチポンプで、怪人と通じているのでは?」
(は!? なんでそんな話になるんだよ!)
「あなたの情報――名前、年齢、どういう経緯で魔法少女になったのか、プイプイはなにひとつ教えてくれないし調べても出てこない。あなたの口からなら説明できる?」
これには律も黙るしかない。
この攻撃的な女の子たちに「実はもともとアラサー社畜男性だったんだ」なんて言えばますます面倒なことになるのは明白。
そして律はそんなことにムキになるような年齢ではない。
(なんというか、みんな子供だなぁ……)
なんであの子ばっかり。わたしだって頑張ってるのに。先生はあの子をえこひいきしている――
10代にはありがちな思考だ。
(魔法少女とはいえ普通の女の子だもんね。まぁここは穏便に――)
と、律の内心はそう思った。
しかし律の口はそうはいかない。
「ざこのくせにそんなくだらないことでリツを呼び出すなんて生意気♡」
「……は?」
(うわ、ヤバい!)
律は変身を解こうとして――しかし先ほどルナに変身を解かないよう注意を受けたことを思い出す。
そうこうしている間にも律の口は煽りを垂れ流す。
「なんでリツが遠慮しなきゃなんないの?♡ 魔法少女は成果主義♡ それで言うとお姉さんがリツに謝らなきゃいけないんじゃないの♡」
「なっ……」
セイラの顔色がサッと青くなり、他の魔法少女たちも信じられないとばかりに表情を歪め、何人かは怒りに突き動かされるように椅子から立ち上がる。
(うわぁ! ダメダメダメ!)
律は慌てるが――しかしメスガキ煽りは止まらない。
律は嘲笑的に歪む口から八重歯を覗かせ、トドメとばかりに煽りを吐く。
「ほら♡ よわよわ魔法少女でごめんなさい、は?♡」
その言葉により、会議室が水を打ったように静まり返る。
律は内心で「あちゃー」と頭を抱えた。
ルナは怒鳴り散らしたり暴れたりこそしなかったが――確実にキレていたからだ。
「……ッ!」
バキッ――
ただでさえ静かな会議室に鋭い音がよく響いた。
音の発生源はルナの手元。手に持っていたグラスが粉々に割れている。
開いた瞳孔、青ざめた顔。
手も、唇も、そして声まで震えている。
そして彼女は、自分にできる最大限の報復に出る。
「……彼女がいる限り、私たち東京魔法少女連盟は妖精さんの出動要請を拒否します」
「な、なに言ってるプイ!そんなのルナの一存で決められないプイ!」
「わたしの一存なんかじゃないわ。みなさんも同じ気持ちでしょう?」
ルナの問いかけに、取り巻きの魔法少女たちも大きく頷く。
「ま、ちょうどよかったわ。もともと〈ブラッディドラゴン〉の捜査に集中したかったしね。じゃあ行きましょう、みなさん」
「ちょ、ちょっと待つプイ!」
ゾロゾロと部屋を出ていく魔法少女に、プイプイは慌てた様子で着いていく。
ポツンと取り残された律は、口から出てしまった暴言に深く反省を――していなかった。
(え、じゃあ怪人独り占めできるってこと? ラッキー! 稼ぐチャンス!)




