第十五話 ゴブリンの出現
翌日、四人はいつものようにギルドの掲示板を見に来ていた。しかし、この日は依頼書が一枚もなく、代わりに緊急招集と書かれた張り紙がしてあった。
「何だろう。こんなの初めてですね」
アレンが首を傾げる。クレアも同様だ。しかし、ライルとリアナは表情を引き締め、緊張感のある顔つきになっていた。
ギルドのロビーを見渡すと、すでに他の冒険者達も揃っていた。戦士のカシムとサムス、ヒーラーのハント、メイジのマイク、昨日世話になった四人パーティの姿もある。他の二人はソロの冒険者で、レベル十五の戦士のダラス、レベル十四のメイジのザストという名だとライルが教えてくれた。
アレンとクレアは改めて二人に挨拶した。
「ダラスさんとザストさんですね。レベル二の魔法戦士アレンとヒーラーのクレアです。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくな。しかし、レベル二で緊急招集に当たるとは、よほどついてるのか、その逆か、難儀なことだ」
「ある意味運がいいんだろうよ。こんな事態、何年振りかだしな」
アレンには良く分からなかったが、とにかくよほどの事態なのは間違いなさそうである。
そして、ノックス村の冒険者ギルドで魔物を討伐している冒険者が全員揃ったところで、ギルド長のガイストという男性が現れた。年は三十四才。レベル三十のベテラン戦士だったが、引退してこの村でギルド長となった人物である。今でもたまに自ら魔物討伐をすることもあると、ライルが教えてくれた。
「みんな、朝から済まないな。緊急事態だ。村人からの目撃情報なのだが、どうやらゴブリンが出現したらしい」
アレンとクレアを除く八人の表情が真剣なものに変わった。レベルが高い冒険者が揃っているのに、そんなに厄介なのだろうかと、二人が不思議に思ったほどである。
「そこの二人はアレンとクレアだったな。まだレベル二なのに、こんな事態に巻き込んで済まない。ゴブリンについて良く知らないだろうから、他のみんなには余計なお世話かも知れないが、説明しておく」
ガイストがそう前置きして、説明を始めた。
「ゴブリンは魔族の中でも最下級に位置している。人型をしていて背も低く、力もそれほどではない。弱い魔物の方がよほど強いだろう。それでも魔物ではなく魔族だ。火や道具を扱えるし、武器や防具も使える。冒険者なら一対一で負けることはないだろうが、厄介なのは知能があるということだ。不意打ちや挟み撃ちなどを喰らって命を落とす者も出るほどだ」
なるほどとアレンはうなずいた。クレアも神妙に聞き入っている。
話は続いていた。
「何よりゴブリンが厄介なのはその数だ。姿を現したということは、魔族の一員として人間の領域に攻め込むのだと考えられる。その場合、十分な戦力を用意してくるのが常だ。その数は三百を超える場合がほとんどだ。数の利を生かして、十数体を犠牲に冒険者を一人倒すような、数で圧倒するような戦い方をしてくる。それだけでも恐ろしさは十分理解できることと思う」
アレンの実力からすれば、五体くらいは一人でゴブリンを倒すことも可能だろう。しかし、次から次へと襲い掛かってこられれば、間違いなく倒されてしまう。仲間の犠牲を厭わない戦術は確かに恐ろしい。
「それではここで本題だ。ゴブリンの目的は恐らく村の略奪だ。最終的には全軍で村を襲ってくるだろう。ゴブリンが発見されたということは、まずはこちらの戦力を測りに少数の斥候を送り込んできているということだ。冒険者十人では三百を超えるゴブリンに勝つのは難しい。こちらも急ぎ応援を呼ぶが、その応援が到着するまでの間、時間稼ぎが必要になる。具体的には、村の近くに出没している斥候役のゴブリンを見つけ、確実に仕留める。斥候を倒してこちらの情報をつかませないようにして、本隊が攻め込んでくるのを遅らせるということだ。そうして時間を稼いで、応援が来たところで逆襲し、ゴブリンの群れを殲滅する。それがこちらの基本方針となる。何か質問はあるか?」
ギルド長ガイストの説明を聞き、全員が真剣に考え込んでいた。
ここで声を上げたのはリアナだ。
「偵察に来たゴブリンをどうやって見つけるの? 探知魔法が使えるの、あたしだけなんだけど」
「もっともな質問だ。この十人のうち、カシムとアレンのパーティが合同で探索に当たり、リアナの探知魔法で発見次第、斥候のゴブリンを倒す。残る二人、ソロのダラスとザストはギルドで待機、発見の報告があったら急行して討伐に当たる。俺も予備兵力として一緒に待機する。人手不足だが、それで何とか対処してくれ」
アレンとクレアがいきなり最前線ということになる。さすがに驚いたが、緊急事態だけにしっかり戦わねばならない。時間がかかれば、三百を超えるゴブリンに村が蹂躙されてしまうのだ。レベルがどうのと言っている場合ではない。
「応援を呼びに行くのは誰が?」
これはカシムだ。戦力が少ない今、ギルドから人手を割くのは難しいだろうと考えたのだ。
「これはアリサに行ってもらう。もちろん馬も用意する」
王都までは徒歩で七日、早馬でも二日半というところだ。とにかく一刻も早く王都で救援要請をする必要がある。かなり過酷な任務だ。
「すると、応援が来るのは早くて七日後くらいか。間に合うのかよ」
そう言ったのはダラスである。斥候のゴブリンを倒し続けたとして、ゴブリン本隊が偵察の成果がないまま、しびれを切らして攻め込んでくることもあり得る。
「その通りだ。間に合うという保証はない。最悪、この十一人でゴブリン本隊と決戦することになる。だが、そうならないよう最善を尽くして、何とか時間を稼ごう」
厳しい状況だった。だが、できるだけのことをする以外に方法はない。
「死体の処理は?」
これはライルだ。魔族は魔物と違い、消滅せずに死体を残すのだ。地上世界とは違う、別の世界から来た生命体なのではないかと言われている。
「放置でいいだろう。おそらく仲間が回収するはずだ。人間の村に近づけばこうなるという警告にもなる。他にあるか?」
ガイストが全員を見渡す。これ以上の質問はないようだった。
「緊急事態なので、魔物の討伐は一旦停止だ。その分の生活費はギルドから出す。各自、最善を尽くしてまずは斥候退治を頼む」
「了解した。なら、今日から早速捜索開始だな」
そして冒険者達は出動のための身支度を始めたのだった。
「まさか今日も一緒の行動になるとはな。よろしく頼む」
戦士のカシムがアレンたちパーティにそう声を掛けた。
「こちらこそ。頼りにさせて頂きます」
アレンがそう返答する。今は八人で村の周囲を巡り、ゴブリンがいないかどうかを調べて回っている最中であった。
時々立ち止まって、リアナが探知魔法を使う。それなりに広範囲を調べられるが、反応のないことが多く、一定距離を動いては魔法を使うことを繰り返していた。
しかし、空振りばかりではない。
「反応あり。向こうの山の中腹に五体いるわ」
リアナの言葉にカシムが反応する。
「なら、そいつは俺達のパーティで始末する。リアナ達は引き続き探索を頼む。片付いたら合流する」
「了解です。では、お気を付けて。後で合流しましょう」
「おう。任せておけ」
そうしてカシム達パーティ四人はゴブリンの討伐へと向かった。アレン達は探索を続ける。
そしてしばらく進んだところで、こちらでもまた反応があった。
「また反応あり。この先の森の中。数はやっぱり五体」
他の三人はうなずくと、リアナの案内でその場所へと向かった。
四人で固まって獣道を歩いていく。アレンとクレアだけでなく、リアナもかなり緊張していた。徐々に反応のあった場所に近づいていく。
「マジックシールド」
不意にライルが魔法の楯を発動させた。その楯に何かが弾かれ、落ちる音がした。遠くから矢が飛んできたのだった。
「まあゴブリンだしな。当然奇襲もあるさ。ウィンドカッター」
矢の飛んできた方向に真空の刃の魔法を放つ。木の上に弓矢をもったゴブリンがいた。魔法はそこへまっすぐに飛んでいき、そのゴブリンの首を一撃で斬り裂いた。血が噴き出し、ゴブリンの体が木から落ちる。
「アレン、戦闘態勢だ」
「了解です。クレアはシールドの用意を。リアナさんは僕と一緒に斬り込んで下さい」
そして四人はゴブリンの元へと接近する。残り四体。
アレンとリアナが剣を抜いて斬りかかる。ゴブリンも座して見ているだけではない。粗末だが武器を携えており、反撃してくる。
高らかな音がして、アレンの剣がゴブリンの棍棒に弾き返されていた。その横にいた別のゴブリンが、アレンの隙を狙って打ちかかってくる。
「ホーリーシールド!」
その一撃をクレアが魔法の楯で防いだ。ゴブリンにはそれが意外だったらしく、恐れをなしたように身を引いていた。最初のゴブリンが一体だけ取り残される。
「ここだ!」
アレンが再び斬撃を放つ。今度もゴブリンがそれを棍棒で弾き返す。それはアレンも想定していて、即座に剣の軌道を変えて、ゴブリンを袈裟斬りにする。その一撃が見事に決まり、多量の血が斬られた場所から噴き出す。
「とどめ!」
アレンがもう一撃を今度は頭上から見舞った。骨と肉を断つ感触と共にゴブリンの体が両断される。そしてそのゴブリンは地上に倒れた。
その間、別の二体はリアナとライルが相手をしていた。
リアナは丁寧に一体のゴブリンと切り結び、もう一体はライルのマジックシールドで防いでもらっていた。
リアナの短剣の腕もレベル十だけあってかなりのものである。何回か打ち合っただけでゴブリンを圧倒し、劣勢に追い込んでいた。
ライルの相手をしていたゴブリンが、仲間の危機を見て、それを救おうと動き出す。しかし、最も危険なのはこの魔法の楯を使っているメイジの方だったのだ。
「ウィンドカッター」
またしても真空の刃の魔法が放たれ、そのゴブリンの腰の部分を両断した。体が二つに分かれ、派手に血を流しながらそのゴブリンが倒れる。
そしてリアナの方も決着が付いていた。劣勢に追い込まれ、決死の反撃をして来たゴブリンの一撃をリアナは軽々とかわし、斬撃を二発撃ち込んだのである。体を斬り裂かれ、血を吹き出しながらゴブリンが倒れる。
残り一体のゴブリンは、戦わずに逃げる道を選んだ。武器を投げ捨てて身軽になると、背を向けて走り出したのである。
「逃がすわけないだろ。ウィンドカッター」
ライルが冷酷につぶやくと、またも風の魔法を放つ。真空の刃がゴブリンの背に吸い込まれるように当たり、体を一撃で真っ二つに斬り裂く。体を二つに裂かれたゴブリンが血を吹き出して倒れる。
「五体倒せた。全員異常ないですか」
アレンが無事と異常の有無を確認する。相手が何であっても戦闘後に必要なことである。そして三人から異常なしの返答が戻り、アレンはふうと大きく息を吐いた。
「これがゴブリンですか」
倒れた死体を見やりながら、アレンがつぶやく。骨と肉を断つ感触がまだ手に残っている。血を吹き出して倒れる様子も目に焼き付いている。魔族であっても生命があるのだと強く感じていた。その生命をこの手で断ち切ったのだと思うと、手が震えてくる。
「そうだ。下っ端とは言え、魔族の一員のゴブリンだ」
ライルが生真面目な表情で言った。魔族は人間と敵対する勢力だ。その一員である以上、敵として戦い、勝たねばならない。負けた方が命を失うのは当然のことだった。
「それが三百以上の数で攻めてくる可能性があるんですね」
そうなったら、その三百以上の数のゴブリンを倒さねばならない。流れる血の量も凄まじいものになるだろう。それでも攻めてきたら戦わねばならない。負ければ生命を失うのは人間の方になる。人々を守るために冒険者になった以上、アレンには戦うより他に道はなかった。
「捜索を続けましょう。カシムさん達とも合流しなくては」
アレンは気を取り直して、三人にそう言った。
三人はうなずくと、リアナを先頭にまた歩き始めた。
それからまた立ち止まって探知魔法を使い、反応がなければ移動するという捜索を続けた。カシム達のパーティも無事にゴブリンを倒して合流してきた。八人で村の周囲を探ったが、この日ゴブリンの反応は彼らが倒した十体だけだった。
夕方になって、八人でギルドに戻り、状況を報告した。
「そうか。今のところ十体だけか。ギルドの方は特に異常はなしだ。とりあえず斥候の第一波は片付いたと思っていいだろう。これで少しは時間が稼げる。明日からも同じように斥候を探索して倒して回ってくれ。本隊が来るまではその作業の繰り返しになるがよろしく頼む」
ギルド長のガイストが状況をまとめてくれた。十人の冒険者がそれにうなずく。受付のアリサは今頃馬を飛ばして王都へと向かっているはずだ。
「今日のところはこれで休んでくれ。ご苦労だった」
ガイストがそう言って、一人当たり大銅貨三枚をそれぞれ配っていった。魔物を討伐できない分、風呂代、飯代、酒代を支給したのである。
一同はそれを受け取ると、それぞれ自室に戻っていった。装備を解き、風呂に入って食事を取るためである。
緊急事態であっても、日々の営みは欠かせない。アレン達も気持ちを切り替えて明日に備えるのだった。




