第十三話 意外にも厄介なインプ
「次はレッサーコモドドラゴン三体でしたよね」
休憩中、アレンがリアナに尋ねた。
コモドトカゲは普通の爬虫類だが、その姿に似た魔物のことを、人はコモドドラゴンと呼んでいた。レッサーと名がつくのは上位種も存在するからである。レッサーで体長二メートル程度、上位種はそれよりはるかに大きい。ずんぐりとした体つきに硬い表皮。動きは鈍いが、噛みつきと尻尾攻撃の威力はかなり高い。
アレンとクレアは初対戦である。どうやって倒すべきか見当もつかないので、ここはライルに意見を聞いてみた。
「倒し方ねえ。口を開いたところに、強力な魔法を撃ち込めば一撃で片付くけどな。剣の攻撃でも頭部狙いがいいだろう。尻尾の反撃に気を付けながら、カウンターで剣を撃ち込むとかかな」
「分かりました。それでいきましょう。そうすると、またライルさんとリアナさんには二体片付けてもらって、僕とクレアが残り一体ということになりますけど、いいですか」
アレンがそう言うと、ライルとリアナは即座に承知した。
「任せとけ。アレン達こそ健闘を祈る」
「こっちは大丈夫。任せといて」
アレンはうなずくと、水筒の水を少し飲んでふうと息を吐いた。
「それじゃあ、行きましょうか」
パーティ四人は次の場所へと移動を始めた。
「これがレッサーコモドドラゴンか」
思ったよりは大きくないが、それでも人間に比べれば十分大きい。
それに表皮も確かに硬そうだ。アレンは気を引き締めて接近していった。
「クレア、シールドの用意を。まず僕が突っ込む」
「了解。気を付けて」
アレンが間合いに入った。コモドドラゴンが噛みつこうと口を開く。
「魔法剣、ウィンド!」
ここでもアレンは惜しまず魔法剣を使う。そして、開かれた口の中に斬撃を叩き込む。
「蒼空斬!」
圧縮された空気の刃が刀身から放たれ、コモドドラゴンの口の中を斬り裂いていく。効果は絶大で、下あごが斬り裂かれて垂れ下がっていた。
「よし、このまま攻撃だ」
アレンが傷ついた頭部に繰り返し斬撃を浴びせていく。一撃ごとに傷が広がり、頭部が斬り裂かれていく。
しかし、コモドドラゴンもまだ倒れない。反撃の尻尾を振るってきた。
「ホーリーシールド!」
クレアが斬撃に集中していたアレンをかばった。尻尾が魔法の楯に当たり、攻撃を防ぐ。
「ありがとう。そのまま頼む」
クレアに礼を言って、アレンが攻撃に専念する。
斬撃が頭部から上半身へと及び、大きく体を斬り裂いていった。そしてコモドドラゴンは倒れた。魔石を残して霧状になって消えていく。
「よくやった。見事だったぞ」
ライルとリアナも二体を片付け、二人の元へと駆けつけていた。ライルは自分の言葉通り、口の中に魔法を叩き込み、二体をそれぞれ一撃で倒していたのである。
「ありがとうございます。異常はないですよね」
見れば分かるのだが、それでも戦闘後の確認は怠らない。魔物と戦っているのだから、万全を期すのが大事なのである。全員異常なしと確認でき、アレンはよしと拳を握った。
「まだ行けそうですね。インプとミノタウロスがいるって話でしたけど、ミノタウロスはともかく、インプはそう強い魔物ではなかったはず。僕達でも倒せるのではないですか」
残りの三人が顔を見合わせた。アレンのやる気は買うが、リアナは難しいという判断をしている。
「そりゃ、ライルがいれば怖いもんなしだけどさ」
リアナが少し渋い顔をした。
「アレンとクレアだけだと、多分無理じゃないかな」
「そうなんですか?」
そこでライルが割って入った。
「まあ、これは実際に体験した方が早そうだ。無理だと分かったところで、俺が手を貸して片付ければいいだろう」
アレンが喜色を浮かべて礼を言った。
「ありがとうございます。いい経験になりそうです」
そして、四人は次の場所へと向かっていった。
インプは人間と同じ程度の大きさの小型の魔物である。しかし、見た目以上に厄介なのは魔法を使うことである。だから、リアナはちょっと厳しいだろうと言っていたのだ。
「なるほど、魔法ですか。でも避ければ大丈夫なのでは?」
「まあ、戦えば分かる。何事も経験だな」
そして四人はインプとの交戦に入った。
それほど威圧感は感じない。アレンは構わず接近していった。
「……!」
不意に拳大の火球が飛んできた。ファイアボールの魔法である。アレンが目の前に迫ってきた火球を、身をよじって何とか回避する。危うく当たるところであった。
「確かに厄介だけど」
そう言ってアレンが剣を抜く。今度はインプがウィンドカッターの魔法を放ってきたが、よく見てしっかりと避けていた。
「近づいてしまえば!」
間合いに入ってアレンが斬撃を放つ。しかし、剣が何かに弾かれてしまった。よく見ると、淡く発光している壁のようなものが見える。
「……マジックシールド!」
問題はこれだった。攻撃魔法は避けるかシールドで防げばいい。インプは魔法以外の攻撃手段を殴る蹴る程度しかもっていない。しかし、防御魔法が使えるとなると話が全く違う。こちらの攻撃が一切通らなくなる。
思考力はないはずのインプが笑ったようにアレンには見えた。実際には魔物には表情などない。アレンは怒りに任せて剣を振るった。しかし、全く攻撃は通らず、全ての斬撃が弾かれてしまった。
その隙にインプが氷の槍の魔法を放つ。
「まずい!」
アレンは避けようとして間に合わず、氷の槍を腹部に受けてしまった。運の良い事に槍先は貫通せず、結果氷の塊によって吹き飛ばされるに留まる。しかし、それでも十分に痛いし、打撃のダメージだけでもかなり大きい。
倒れたアレンの元にクレアが駆け付ける。
「ヒール!」
回復魔法がアレンに掛けられ、傷が治っていく。
「治るまでは、あたしが相手よ」
リアナがインプの間合いに入り、短剣で斬撃を加える。もちろん、通じないことは分かっていての牽制である。そうしてアレンが回復する時間を稼いでいた。
「ありがとう、クレア。回復したみたいだ」
アレンが立ち上がって礼を言う。しかし、リアナがインプと渡り合っているのを眺めて、大きく嘆息した。
「マジックシールドがこんなに厄介だとは」
そして、降参だとばかり、ライルに助言を求めた。
「ライルさん、何とかなりませんか」
ライルはこうなることを見越していたはずだ。状況を打開する方法も当然知っているはずである。アレンのその見立ては正しく、ライルが事も無げに言った。
「ディスペルマジックの魔法でシールドを消せばいい。それだけなんだが、レベル十以上のメイジがいないと使えない方法なんだ」
リアナがインプを相手にするのを渋った理由が良く分かった。ライルなしでは勝つのが相当難しいということだ。マジックシールドの魔法の効果が切れるまで、相手の魔法を避けながらひたすら攻撃を加えれば、もしかすると魔法なしでも勝てるかもしれない。しかし、それには途方もない忍耐心を要求されることになる。
「そうだったんですね」
「そういうこと。リアナ、シールド消すから、とどめ頼む」
「了解。いつでもどうぞ」
リアナはインプとまだ切り結んでいた。さすがはレベル十のシーフ、インプの魔法をことごとく避けている。ただ、リアナの斬撃もシールドに阻まれて効果を発揮していなかったのだが。
「じゃあ、いくぞ。ディスペルマジック」
強化魔法やシールドなど、魔法の効果を消失させる魔法である。インプのマジックシールドがそれによって消滅した。
「刺突七連!」
リアナが必殺技を放つ。七連続の突きがインプの体に吸い込まれた。一つ一つの突きがインプに大穴を開けていく。それが七つになった時、見事にインプを倒していた。
そしてインプは魔石を残して霧状になって消えていく。魔法さえなければ大した相手ではないのである。裏を返せば、魔法の対処ができないと、とんでもなく面倒な相手なのだった。
最初からそれを知っているかどうかは大きな違いだ。リアナが渋った理由を知り、なるほどと納得すると共に、クレアと二人だけだった頃を思い出し、その頃に戦っていたらと思うと恐ろしくも思うのだった。
「片付いたわよ」
リアナの言葉に、アレンが我に返り、全員に異常がないかを確認する。三人からは異常なしと返答がくる。
「また僕だね。治ってると思うけど、一応確認するよ」
アレンが氷魔法を受けた腹部を見る。多少打撃の跡は残っているが、触ったり叩いたりしても少し痛い程度で済んでいた。
「大丈夫。ちゃんと治ってる」
そしてアレンは大きなため息をつき、頭を下げた。
「忠告を無視してすみません。魔法を使う相手がこれほど面倒だとは知りませんでした。ライルさんのおかげで無事に倒せましたが、次からはもっと慎重に考えます」
相変わらず生真面目だなと思いつつ、ライルが首を振った。
「言い方は悪いが、回復魔法でケガも治ったし、この程度の苦労で厄介さを実体験できたんだから、むしろ良かったんじゃないのか」
ライルにしてみれば、これも想定内だったのだ。この程度で済んで良かったと本当に思っていた。
リアナもその意見に賛成だった。
「結果的にいい経験ができたってことで、それで納得していいんだよ」
最初から苦戦することも、ライルの魔法で何とかなることも分かっていたのだから、いい経験というのも本気で思っていることだった。
そんな風に二人に励まされて、アレンも顔を上げてうなずいた。
「そうですね。この経験は次に生かすことにします。ライルさんもリアナさんも、ありがとうございました」
何か壁にぶち当たる度に仲間の協力で切り抜けられている。本当にありがたいことだ。何より、クレアの存在が大きい。
「僕が無茶しても、クレアが回復してくれるっていう安心感は、やっぱりとても大きいよ。いつもありがとう」
クレアが軽く笑みを浮かべる。この娘は笑うと一層かわいい。
「いいの、いいの。これが私の役割なんだから。それより、今日はこの辺で引き上げかな。十分経験も積めたことだし」
「そうだね。後は帰りがけに少し倒せれば十分かな」
アレンがうなずいて、三人を見る。みなそれでいいとうなずき返していた。
「じゃあ、引き上げましょうか」
そして四人はダンジョンの出口へと向かっていった。
帰り際に、またジャイアントスパイダー三体を発見し、ついでとばかりに倒していた。それでも稼ぎとしてはまだ不十分である。例の如く、ダンジョンを出た後は蟻の巣へと立ち寄り、適当に二十体ばかり倒してギルドへと戻っていった。
魔石を換金してもらっている時、ギルド職員のアリサが話し掛けてきた。
「インプの魔石が混じっていますね。レベル二では倒すのが難しい難敵だったはずです。とは言え、ライルさんもいるわけですから、彼の力があれば何とでもなるでしょうけど」
さすがはギルド職員、全てお見通しである。
「そうなんです。最初、僕が戦っていたんですが、マジックシールドの魔法を使われて、攻撃が全く通用しなくなりました。結局、ライルさんのディスペルマジックとリアナさんの攻撃で倒したんです」
「そうでしたか。それは悔しかったでしょう」
アリサがアレンの気持ちに共感してくれた。倒せると思って戦っていたのに歯が立たず、確かに悔しい思いをしていた。
「はい。でも、これも一つの経験だと思って、割り切ることにしました。次がもしあるとすれば、初めからマジックシールド対策なしでは勝てないと分かったのは収穫でした」
アリサもアレンとクレア、若い二人にはかなり期待を寄せていた。挫折することなく成長し、いずれは他の冒険者達と同じように、並の魔物は余裕で倒せるようになって欲しいと願っていた。
「そうですか。頑張ってますね。今後に期待していますよ」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、頑張ります」
アレンは一つ頭を下げると、換金してもらったお金を受け取り、受付を離れた。そして四人で今日の稼ぎを分配する。一人当たり銀貨一枚と少しという金額になった。
魔物を倒して稼ぐのが冒険者なのだと、アレンはしみじみと思っていた。




