第12話 不穏な予兆
出発の朝。
城門に、馬車が用意されていた。
護衛の兵士たちが、既に配置についている。
昨日の襲撃があったから、警戒が厳重になっているようだった。
エリシア母様が、見送りに来てくれていた。
「リディア、気をつけて」
母様が、私の手を握る。
「はい、母様」
母様が、小さく私の耳元で囁く。
「何か……不吉な予感がする……気をつけて」
私は、ドキリとした。
母様も、感じているのだ。
私は、小さく頷いた。
馬車に乗り込む。
同行者は、アシュベル王国王太子のレオ様、アラン兄様、女騎士のサリア、女官のカトリーナ、使い魔のニーヴ、アシュベル王国第二王子のライリー様、そしてヴェルディナの公爵子息のルキウス様と護衛たち。
カトリーナが最後に乗り込むと、馬車が動き出した。
道中は、穏やかだった。
緑豊かな風景が、窓の外を流れていく。
ニーヴが、私の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしている。
「いい天気だな〜。このまま平和に着けばいいのに」
私は、ニーヴの頭を撫でる。
レオ様は、ずっと窓の外を見ている。
警戒しているのだ。
アラン兄様も、剣に手をかけたまま。
ライリー様が、優しく話しかけてくれる。
「リディア様、カルナード王国は初めてですか?」
私は頷いた。
「ええ。砂漠の国……どんなところかしら」
ルキウス様が、鏡を見ながら
「砂漠か……俺の美しい髪が砂まみれになったら……」
サリアが小声で
「ルキウス様……今、そういう話では……」
カトリーナがぼそっと。
「相変わらずナルシストだね……」
私は、思わず笑ってしまった。
全員が苦笑する。
少し、空気が和らいだ。
景色が、だんだん変わってくる。
緑が減り、砂が増えていく。
その時――
ニーヴが、耳を立てた。
「……んん?」
私は、ニーヴを見る。
「どうしたの、ニーヴ?」
ニーヴが、窓の外を見つめている。
「いや……何でもねえ。気のせいかな」
でも、ニーヴの表情は険しい。
私も、何か感じる。
レオ様も、気づいているようだ。
(何か……いる……?)
でも、何も起こらない。
馬車は、進み続ける。
しばらくして――
景色が、完全に砂漠になった。
一面、砂。
太陽が、容赦なく照りつけている。
ニーヴが、ぐったりしている。
「暑い……暑すぎる……俺様のキュートなお鼻がカラカラに……」
アラン兄様が、呆れた顔で
「お前、さっき魔王の手下を倒すって息巻いてたくせに」
ニーヴが、ふてくされる。
「暑いのと戦うのは別だろ! こんなの反則だ!」
私は、笑ってしまった。
レオ様が、水筒を取り出す。
「ニーヴ、水を飲め」
ニーヴが、水筒に顔を突っ込む。
ガブガブと気持ちよさそうに飲んだ。
「ぷはー! 助かる! やっぱりレオはいい奴だな!」
ルキウス様が
「俺も喉が……この美しき喉が渇いて……」
ニーヴが、即座に
「お前は自分で飲めよ!俺様は特別!」
全員が笑う。
温かい空気が、馬車の中に流れる。
その時。
ニーヴが、突然耳を立てた。
全身の毛が逆立っている。
「……来る!」
全員が、一瞬で緊張する。
空が――
暗くなってくる。
真昼なのに。
サリアが、窓の外を見て
「この空……変ですよね……?」
アラン兄様が、剣に手をかける。
レオ様も。
ライリー様が、魔法の準備をする。
ルキウス様も、剣を構える。
カトリーナが、私の隣に来て私を守ってくれようとしている。
ニーヴが、真剣な顔で言った。
「マジでやばい奴らだ……お嬢、覚悟しろ」
私は、頷いた。
心臓が、早鐘を打っている。
緊張が、高まる。
でも――
何も起こらない。
沈黙。
風の音だけが聞こえる。
ニーヴが
「……あれ?」
アラン兄様も、
「……何も来ないな」
ルキウス様も、
「おい、ニーヴ……お前の勘違いじゃ……」
その時――
馬車が急停止した!
御者の悲鳴が聞こえる。
「化け物だああああ!」
全員が、馬車から飛び出す。
私も、レオ様に支えられながら降りる。
カトリーナが、すぐに私の隣に来てくれる。
そして――
前方に、黒い影。
一体だけだった。
そして人型をしているが、
黒い瘴気を纏っている。
でも、動かない。
ただ、立っている。
アラン兄様が、剣を構えて
「何だ……?」
サリアも剣を構える。
レオ様も。
黒い影が――
喋った。
「新女王よ……」
心臓が掴まれたように、きゅっとなった。
あの声。
人間の声じゃない。
黒い影が、続ける。
「我が主は……お前を見ている……」
「お前が……七つの国を手を組ませようとしていることも……知っている……」
アラン兄様が、怒鳴る。
「貴様……何者だ!」
黒い影が、笑う。
不気味な笑い声。
「我らは……我が主の使者……」
「明日……お前たちを……迎えに行く……」
そして――
霧のように、消えた。
文字通り、消えたのだ。
再び沈黙が訪れた。
ニーヴが、
「……何だったんだ、今の……」
レオ様も、
「警告……か?」
私は、震えが止まらなくて、こんな自分が情けなかった。
アラン兄様が、私の肩に手を置いてくれた。
「大丈夫だ、リディア。俺たちがいる」
ライリー様も
「はい。必ず、守ります」
サリアも
「私も」
ルキウス様も
「当然だ」
カトリーナがぼそっと最後にささやく。
「みんなで……守ります」
ニーヴがドヤ顔で
「当たり前だろ! 俺様がついてるんだから安心しろ!」
みんなも怖いのに、気丈に振る舞わせてしまってる。
みんな……
私も、みんなを守りたい。
私は、微笑んだ。
「みんな……ありがとう。
私もみんなを、守るから」
レオ様が、私の手を握る。
「今夜は……警戒を厳重にする」
アラン兄様が頷く。
一行は、馬車に戻ったが、
全員の顔に、緊張が走っていた。
夕方、
街道沿いの宿に到着し、
美味しいご飯を食べて、私は部屋でゆっくりしていた。
窓から、ぼーっと外を見つめて今日あったことを考えていた。
砂漠の夜は、冷たい。
ホテルの部屋のドアが、そっと開く。
レオ様だ。
ニーヴも一緒。
私は、振り返る。
「レオ様……」
レオ様が、私を抱きしめてくれる。
「明日……何が起こるかわからない」
私は、頷いた。
ニーヴが私に聞いた。
「お嬢、怖いか?」
「……少し」
ニーヴが、私の膝に飛び乗る。
「大丈夫だ。俺様が守る」
レオ様も
「俺もだ」
私は、微笑んだ。
三人で、窓の外を見る。
月が、美しく輝いている。
でも――
遠くの岩陰に、黒い影が複数見える気がする。
不気味に、宿を見つめている。
不安になりすぎて幻覚を見ているのだろうか?
私は、レオ様の手を握った。
明日。
何が起こるのだろう。
でも――
私は、一人じゃない。
レオ様がいる。
ニーヴがいる。
アラン兄様も、サリアも、カトリーナも、ライリー様も、ルキウス様も。
みんなが、いる。
だから。
大丈夫。
そして、私も、みんなを守る。
誰一人として、傷つけさせはしない。




