四章十一話目
男たち数人を前にして姉は淡々と答える。
――け、けっこう、大丈夫、かな? それにしても、お姉さんも勇気あるなあ。
路地の角で様子を見ていたレインはほっと胸をなで下ろす。
「弟に話があるのでしたら、そう伝えておきますが。もしそれ以上の御用がないのでしたら、わたしはこれで失礼いたします」
姉は杖を持って一礼すると、こちらへと歩いていく。
「お、おい、ちょっと待てよ」
男たちの中の一人が姉の肩に手を伸ばす。
姉は振り向き怪訝そうな顔をする。
「まだ、何かご用でしょうか」
そんな二人のやり取りを見ているうちに、レインは背後から声を掛けられる。
「よう、弱虫レインじゃないか。こんなところで何してんだ?」
レインが驚いて振り返るとミゲロとウルベールの二人が立っている。
「何だよ。あいつの姉さんに用があるのなら、堂々と話しかければいいだろう?」
ミゲロとウルベールの二人に制服をつかまれ、路地へと引っ張り込まれる。
姉と数人の男たちの前に引き出される。
ミゲロとウルベールはにやにやと下卑た笑みを浮かべる。
「お姉さん、こいつがあんたに用があるそうだ」
そう言って、ウルベールがレインを姉の前に引き出す。
「ど、どうも」
レインは石畳に膝をつき、困った顔で頭をかく。
「レインさん?」
声からレインに気付いたのか、姉の表情が変わる。
石畳の上に座り込み、心配そうな顔で手を伸ばす。
「レインさん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
姉の白い手がレインの頬に添えられる。
レインは戸惑いながらも、こくこくとうなずく。
「あ、うん。大丈夫です。今のところひどいこともされていないし」
姉は手を引っ込め、胸の上に置く。
「そう、よかった。もしあなたに何かあったら、大恩のあるあの方に申し訳が立ちません。どうかご自分の役割と言うものを自覚し、ご自愛ください」
姉は小声でそうささやき、まるでレインが王子か何かであるように、うやうやしく頭を下げる。
「へ? は、はあ、そうですね。次からは気を付けます」
訳の分からないレインは、不良に囲まれた怖さなど忘れて、間抜けな返事をするしか出来なかった。
ミゲロとウルベールはそんなレインをやにやと笑っている。
「お前、女に心配されてやんの」
「かっこ悪~」
背後からの二人の笑い声に、レインはむっとして振り返る。
「そう言うお前達こそ、人に頼んでお姉さんを人質に取って、スミルノフ君を呼び出そうとしてたんだろ?」
ミゲロとウルベールは胸を張って鼻を鳴らす。
「だから、何だって言うんだ? ああいう口だけの低俗な輩には、頭を使ってわからせてやらないといけないんだ」
「そうそう。ああいう奴こそ、社会の常識をちゃんと教え込まないとな」
二人は数人の不良たちに目配せをする。
レインと姉の二人を不良たちが取り囲む。
姉はゆっくりと立ち上がる。
「元々あなたたちの狙いは、わたしのはずでしょう? 弟を呼び出すための人質でしたら、わたし一人で十分なはずです。どうか無関係なレインさんは解放してくれませんか?」
穏やかな口調で話す。
石畳の上に座り込んだレインは、姉の後姿を見上げる。
――お姉さんを助けに来たつもりが、僕はまた足を引っ張って。僕って駄目だなあ。
レインはうなだれる。
自分の意気地のなさが嫌になる。
「さあて」
「どうしようかな」
ミゲロとウルベールはもったいぶるように答える。
「そう言えば、あいつには問答無用で投げ飛ばされたんだった」
「結構痛かったんだよね。あの時の慰謝料をお姉さんの体で払ってもらおうかな?」
慰謝料も何も、レインの目から見てあれは二人の招いた当然の結果だった。
――そう言ってお前たち、午後の授業に出られるくらいぴんぴんしてたじゃないか。
レインはミゲロとウルベールを睨みつける。
「わたしに出来る事でしたら」
レインの位置から姉の表情は見えなかったが、声には悲痛な響きが混じっている。
我慢できずにレインは立ち上がる。
「お姉さん、こんな奴の言うことを聞いてはいけない。この二人の言ってることは無茶苦茶だ。お姉さんがこんな奴に詫びる必要もないし、従う必要もない。こいつらはただお姉さんを使って、スミルノフ君の弱みを握りたいだけなんだ!」
そしてその弱みを使って、自分の気に入らない相手を脅す。
脅された相手は、逆らうことも出来ずに、二人に従う。
神学校に入って二年近く、この二人はずっとそうして人を従わせてきた。
一年の頃はレインも彼らにずっといじめられてきたが、弱みを握られることは免れた。
レインは二人の悪事に気付きつつも、ずっと言えないできた。
二人が怖くて、黙っていることしかできなかった。
レインは姉をかばうように前に出る。
「今、先輩が学校へ報告しに戻ってる。すぐに先生達が来るはずだから、安心して」
精一杯の勇気を振り絞り、レインはミゲロとウルベールと対峙する。
内心は怖くてたまらなかったが、盲目の姉を守らなければと思う責任感から、必死に気持ちを奮い立たせた。
「レインさん」
不安そうな姉に、レインは無理して笑う。
「だから、大丈夫だよ。すぐに先生が」
言いかけた時、レインの横っ面を思い切り殴られる。
「レイン、てめえ弱虫のくせに」
見ると太っちょのミゲロが、目を血走らせて拳を握りしめている。
「少し身の程ってものを、わからせてやらないといけないな」
のっぽのウルベールがゆっくりとレインに近寄る。
レインの胸倉をつかみ、反対の頬を殴りつける。
「レインさん!」
姉が悲鳴を上げ、レインに駆け寄ろうとする。
「おっと、あんたはこっちで大人しくしてな」
駆け寄ろうとした姉の体を、男の一人が羽交い絞めにする。
「いや、レインさん! レインさん!」
姉は半狂乱になりながら、暴れる。
何とかして男の腕を振りほどこうとする。
――僕も、スミルノフ君みたいに、強かったらなあ。そうしたらこんな無様なところ、お姉さんに見せないのにな。
散々二人に殴られたレインは、痛みに耐えかねて石畳の上に倒れる。
「レインのくせに、生意気なんだよ!」
石畳の上に倒れても、レインへの殴る蹴るは止まらない。
二人の暴力を見かねた不良の一人が不安そうな顔をする。
「お、おい。それ以上やったら、こいつ、死んじまうんじゃないのか?」
実際、レインは顔や頭を何度も殴られて、皮膚から血がにじんでいる。
かろうじて意識を保っているものの、頭が痛くてたまらない。
怒りに顔を赤くしているミゲロは、息を切らせながら答える。
「こんな奴、これくらいで死ぬかよ。それよりもこいつの言う通り、先生を呼んできているのなら、さっさと別の場所に移動した方がいいだろ」




