表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/320

四章十話目

 ――えぇ? 本当に? 気のせいじゃなくて? 本気でお姉さんに恋してるの?

 レインは驚きつつも、弟の顔をまじまじと眺める。

 姉と話す弟は、レインが今までに見たことの無いほど優しげな顔をしている。

――で、でも、血を分けた姉弟で、道ならぬ恋、と言うのもどうなんだろう? 赤の他人である僕が口を出す資格もないだろうけれど。い、いや、常識的に考えて、それは駄目なんじゃないのかな?

 姉弟の何気ない会話を聞きながら、レインは一人で悩んでいた。

「駄目だよ、姉さん。いくら学校の側の通い慣れた道でも、夜に女性が一人で帰るのは危険だよ。暗がりに一人で連れ込まれたら何をされるか、わからないわけじゃないだろう? 世の中には善良な一般市民ばかりではなく、救いようのない屑もいるんだよ? 姉さんはあの時のことを忘れたのかい? あんな奴らを目の当たりにしても、まだ大丈夫だと言っていられるのかい?」

「それは、忘れてはいないけれど。あなたが仕事柄、様々な場面に立ち会ってきたのはわかるわ。わたしのことを心配してくれるのもわかるのだけれど。わたしも子どもではないのだから、いつまでもあなたについて来てもらわなくても大丈夫よ。十分に気を付けて帰るから」

 姉は穏やかに笑う。

 弟は顔を赤らめ、頬を膨らませる。

「それはそうだけど。もしもって場合もあるし」

 姉は困った顔で小さく息を吐き出す。

「あなたにそこまで心配されるなんて、わたしも姉として頼りないわね。あなたがそこまで言うのなら、今日のところはあなたに送ってもらおうかしら」

 拗ねていた弟は、表情を明るくする。

「そうだよ、姉さん。僕が付いているからには、不良が出てきても、強姦が出てきても姉さんに指一本触れさせないから安心して!」

 すぐそばで見ていたレインは、声を掛けるタイミングを逸してしまった。

 ――もう、このまま声を掛けない方がいいかもな。

 鈴牙人として場の空気を読み、そろそろと後ろに下がる。

 くるりと向きを変えて、仲の良い姉弟をそっとしておくことにした。

 ミゲロとウルベールは弟を新たな標的にしたらしい。

 それから一週間の間、ことあるごとに弟に言いがかりをつけた。

 最初の日以来、弟も二人に手を出すことは控えているようだった。

 そこであえて無視を決め込んだ。

 ミゲロとウルベールが何を言っても、聞こえないふりをしていた。

 その様子を見ていたレインは、弟の我慢強さに思わず感心した。

 ――すごいな。もし僕だったら、とっくに音を上げているだろうに。

 仲裁に入ることもできず、レインにはただ見守っていることしか出来なかった。




 弟が二人に手を出してから一週間後の放課後。

 レインは園芸部の先輩と一緒に外出許可を取り、肥料を買いに街へ出た。

「悪いね、アマナギ君。この肥料の袋は、どうしても一人では持てなくてね。こうしてリヤカーに積むのにも、二人必要なんだよ」

 肥料の袋をリヤカーに積み、先輩が前で引き、レインは後ろから押している。

「いえ、構いませんよ、先輩。僕で手伝えることなら、遠慮なく言ってください」

 レインは先輩と協力しつつ、肥料の袋が山と積まれたリヤカーを押していく。

 そんな時、杖をついた黒髪の女性とすれ違った。

 ――あれ?

 レインが振り返ると、それは神学校の制服を着た姉だった。

 ――今日は、お姉さん一人なんだ。スミルノフ君は一緒じゃないんだ。

 杖で道の障害物を確認しながら、慎重に歩いている。

「ん? アマナギ君、どうかしたのかい?」

 足を止めたレインに、先輩が振り返る。

「あ、いえ。何でも」

 そう言いつつも、レインは姉の姿から目を離せない。

 レインの見ている先で、姉が立ち止まる。

 顔を上げ、背の高い見知らぬ男数人と話している。

 お世辞にもその男性数人はがらの良い相手とは思えなかった。

 レインの見ている前で、男の一人に手を引かれ、姉が細い路地へと連れ込まれる。

 ――え?

 数人の男がぞろぞろと連れ立って姉の消えた路地へと入っていく。

 ――え? え? こ、これはまずいんじゃ。

 レインの顔から血の気が引く。

 おろおろと取り乱し、辺りを見回す。

「アマナギ君、さっきからどうしたんだい?」

 レインの態度を不思議に思った先輩が聞いてくる。

「あ、あのですね、先輩。実は」

 レインは先ほど自分が目にした光景を説明する。

「数人の男が、女生徒を路地に連れ込んだ訳か。これは何か嫌な予感がするね」

「ど、どうしましょう、先輩」

 レインは困った顔で先輩に尋ねる。

「ううむ」

 先輩は難しい顔で黙り込む。

 レインと路地とを見比べる。

「とりあえず、すぐに警察沙汰にするのもどうだと思うから、ぼくは神学校に戻って、先生に報告してくる。アマナギ君は、このままここに残って様子を見ていてくれないか?」

 言うが早いか、先輩はリヤカーを置いて走り出した。

「え? えぇ? よ、様子を見ろ、と言われても」

 道には肥料を積んだリヤカーと、レインだけが取り残される。

 レインはおろおろとしつつ、姉の連れ込まれた路地を振り返る。

 人の往来の少ない場所では、助けを求めようにもそれもできない。

 道路にはさっきから人一人通りかからない。

 ――ど、どうしよう。どうしよう?

 レインは迷いながら、路地へと駆け寄る。

 壁際にくっつき、路地の様子をうかがう。

 すると男数人と姉の話し声が聞こえてきた。

「さっきからあなた達はわたしに何の用ですか? 用がないのなら、そこをどいてもらいたいのですが」

「お前にはなくても、こっちには用があるんだよ。あんた、確か弟がいるんだよな? うちの仲間がその弟に、ずいぶん世話になってるみたいでな」

「弟が?」

 レインが見ている前で、姉の表情が曇る。

「弟が、あなたたちに迷惑を。そうですか、申し訳ありません。弟の行動は、わたしの責任でもあります。それで弟はあなたたちにどんな迷惑をかけたのでしょうか? わたしが謝ってあなたたちの気持ちが落ち着くのでしたら、いくらでも謝ります」

 姉は男たちに深々と頭を下げる。

「い、いや、そんな大したことはしてないんだが」

 素直に謝罪する姉に対して、男たちは少し拍子抜けしたようだった。

「そうじゃなくてな、おれたちはお前の弟に用があってな。弟を呼び出すために、あんたに人質にする。そうすれば、弟は絶対にここに来るはずだ」

 姉は不思議そうな顔をして、首を傾げる。

「はあ、ええと、あなたたちは弟にはどういったご用件でしょうか?」

 数人の男と前にしても物怖じしない姉に、彼らは少々やりにくそうだった。

「いや、用って言ってもな。大したことじゃなくてな。あの二人に頼まれて、弟を呼び出す手伝いをやらされて」

「でしたら、弟に直接来てもらった方が良いのではないですか? 弟のことですから、あなたたちに呼び出されれば、こんなことをしなくても素直に来ると思いますが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ