三章二十四話目
ムスタファ司祭はフェデリコに気圧され、小さくなる。
「そ、それは、もちろんでございます」
リシェンは小さくなったムスタファ司祭と大きな顔をしているフェデリコとを交互に見る。親切にしてもらったムスタファ司祭が脅されているのを、リシェンはみすみす見逃すことができなかった。ムスタファ司祭とフェデリコとの間に体を滑り込ませる。
「ちょっと、さっきから聞いてたらなんですか。教皇だとか何だとか、よくわからないことを言って。さっきからあなたたちが言っている教皇が、わたしたちに一体何の関係があるんですか?」
自分の身長よりも頭一つ分以上大きいフェデリコをにらむ。
フェデリコの片眉が跳ね上がる。
「教皇様、とお呼びなさい」
ぴしゃりと言い返す。
「あるに決まってるじゃないの。千年前に大陸から離れた小さい島に住むあんたたち竜の民が、このラスティエ教国内で自由に動けるのはどうしてだと思う? 素性の知れないあんたが、ラスティエ教国の首都セラフまで来れたと思う? どうしてムスタファ司祭がここまであんたを連れてきたと思う? それらはすべて教皇様が取り計らってくださったことなのよ? 素性もわからない竜と竜の民を保護するようにと、法を制定したのは教皇様なのよ? これからあんたは補助金の申請と学校への編入の手続きをするんだけど。聞くよるとあんた、教皇様がセラフまで送っていく空船から途中で逃げ出したそうじゃない。教皇様の厚意をみすみす無駄にする恩知らずのあんたなんかに、あたしたちの事情に口出しされるいわれはないわ」
フェデリコは怒りのこもった瞳でリシェンを見下ろす。
リシェンは空船の中での出来事を思い出す。
「人を殺した人なんかと、一緒の船にいたくなかった。だから逃げたの」
ぽつりとつぶやく。
「え?」
そばにいたムスタファ司祭はよく聞こえなかったらしい。目を白黒させる。
「何ですって?」
正面にいるフェデリコには聞こえたらしい。怒りに目を血走らせてリシェンを睨んでいる。
「あんた、ちょっと来なさい」
フェデリコはリシェンの細腕をむんずとつかむ。
「な、何するの」
リシェンがひるむのも構わず、強引に連れていく。
「り、リシェンさん?」
ムスタファ司祭が呼び止めるのも聞かず、フェデリコはリシェンを連れて廊下を歩いて行った。
豪華な調度品が並ぶ広い室内。
枢機卿職に就くイヴンは、その豪華な室内で一人たたずみ途方に暮れていた。
「いつまで部屋の隅で小さくなっているつもりですか、教皇様。そろそろムスタファ司祭がリシェンさんを連れて部屋にやってきますよ?」
教皇と呼ばれた部屋の片隅にある白い毛布の塊は、一瞬びくりと震え、ゆっくりとイヴンを振り返る。そこには悲しげな顔をした教皇アグラダが白い毛布にくるまって震えていた。
「む、ムスタファ司祭には、イヴンが代わりに相手をしてくれないか? わ、わたしは、この通り名前だけの教皇だから。恐らくムスタファ司祭にはわたしのことは知られていないはずだし。すべて必要なことは、イヴンの口から説明してくれ」
イヴン枢機卿は小さな溜息をつく。
「そうは言われましても。そもそもムスタファ司祭を宮殿に呼んだのは、教皇様ではありませんか。それともムスタファ司祭に、いえ。リシェンさんに会いたくない理由でもあるのですか?」
図星だったらしい。
毛布にくるまったアグラダはイヴン枢機卿の一言を受けて、さらに絶望的な表情になる。
焦点の定まらない青い目を室内へ泳がせる。泣きそうな顔をする。
「わたしは彼女から言わせたら、人殺し、だそうだから。今更彼女に会う資格はないんだ」
アグラダは白い毛布を手繰り寄せる。ぶるぶると震える。
「何が、言いたいんですか?」
冷淡なイヴンの声。
アグラダは吐き捨てるように声を絞り出す。
「つまり、わたしはこの千年以上の間に、数多くの人間をこの手に掛けてきた、と言うことだよ。生きるために必要で人を殺したこともあったし、直接手に掛けなくても戦争の命令を下したこともあった、罪人を処刑したこともあった。最初の殺人は、村の皆のためを思ってやったことだった。当時わたしが住んでいた国では戦争をしていて、戦争から逃げ戻った兵士をかくまうと、その家だけでなく村人全員に重い罰が与えられた。だからわたしは村の八人の若者と結託して、初恋の相手の恋人、戦争で徴兵された実の兄をその手に掛けたのだ」
イヴンはわずかに眉をひそめる。
「初めて聞きます」
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