三章十三話目
そろそろ話の雲行きが怪しくなりそうなので、念のため残酷な描写タグとR15タグをつけておきます。
内容はまだそれほど怪しくないと思うのですが。
後々出てくる姉弟で怪しくなりそうな気配が。
言葉にわずかに棘が含まれる。
「そもそも、アンリさんは本当に酔っぱらっているんですか? あの動き、酔っているようにはとても見えませんでしたけど」
いぶかしく思い、レインはアンリの顔をのぞきこむ。
「それはね~、華南の国には酔拳と言う武術があってね~」
呂律の回らない口で、アンリが説明しようとした時だった。
庭の垣根の向こうから、鋭い女性の声が響いてくる。
「アンリ・アザンクール!」
緑の木立の向こうに、女性の姿が見える。
レインにとっては見知らぬ女性だった。
年の頃はアンリより少し若いくらいだろうか。
女性は門から庭に大股で入ってくる。
腰に手を当ててアンリの前に立つ。
「アンリ、あなた任務を途中で放棄するとはどういう了見ですか? 空賊の船を連れてクリル谷の上空で落ち合う約束だったじゃないのですか? おかげでクリル谷の上空で待ち構えていたフェデリコ司教の一団は待ちぼうけをくらうわ、総指揮をとったブルゴス家の顔には泥を塗る結果となるわで。こんなことでは、あなたや私の責任者である教皇様に申し訳が立たないのですよ。あなたは恩を仇で返すつもりですか?」
女性は眉目をつり上げ、アンリに向かって怒鳴る。
怒鳴られたアンリは、女性の怒りなどどこ吹く風の様子だった。
「やあ~、ベアトリクス。あんまり怒るとしわが増えるよ~?」
ベアトリクスと呼ばれた女性は間髪入れず返す。
「誰のせいだと思ってるんですか!」
女性の剣幕に、そばにいたレインがたじろぐ。
背後に後ずさる。
「そもそも、あなたはどうしてこんなところで油を売っているんですか? 空賊を連れてくる任務に失敗したなら失敗したで、速やかに首都セラフに戻って、ブルゴス家に謝罪して、始末書をさっさと提出してください!」
女性に一方的に怒鳴られるアンリに、レインは申し訳なくなった。
――元はと言えば、僕がアンリさんの邪魔をしてしまったんだよな。
列車の展望車にいたレインが、アンリのところに飛んで行かなければ、アンリの邪魔をしなければ、こうしてアンリが怒られることもなく、任務は成功していたかもしれない。
レインはしゅんとして首を垂れる。
アンリのそばにいる女性に恐る恐る話しかける。
「あ、あの、すみません。アンリさんの任務が失敗したのは、僕のせいなんです」
レインは女性に深々と頭を下げる。
そこで初めて女性はレインの存在に気付いたようだった。
目を見開いて困惑した表情を浮かべる。
「あなたは」
一歩後ずさり、慌てた様子で地面に座り込む。
頭を垂れ、片膝をつく。
「ま、まさか、教皇様がこんなところにいらっしゃるとは夢にも思わず、大変失礼いたしました。見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
かしこまって頭を深く下げる。
「え? えっ?」
女性の態度の変わりように、レインの方が戸惑ってしまう。
困った顔でアンリを見る。
「違うよ~、ベアトリクス。彼はレイン・アマナギ君だよ。ジョゼ神学校の学生さんなんだ~」
「え?」
ベアトリクスは顔を上げ、まじまじとレインの顔を見る。
「レイン・アマナギ?」
レインの名前を反芻する。
地面に座り込んだまま、納得したようにぽんと手を叩く。
「レイン様、でしたか。てっきり教皇様だと勘違いしてしまいました」
ベアトリクスは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
ようやく地面から立ち上がる。
――レイン、様?
誰かに様付けで呼ばれたことのないレインは、そう呼ばれて背中がむずがゆくなる。
――それに、教皇様、って。
レインは眉をひそめ、考え込む。
学校で習った歴史の授業では、ラスティエ教国には教皇と呼ばれる人物はたった一人しかいなかった。
かつてラスティエ教国を打ち立てた八信徒の一人、アグラダ。
彼はラスティエ教国の初代教皇に就任し、その後、教皇の位を継ぐ者はいない。
そのためラスティエ教国の建国から現在に至るまでの七百年近く、教皇と名乗る者は彼一人で、その位はずっと空位になっているはずだった。
「あ、あの、教皇様って」
レインが尋ねると、ベアトリクスはしまったという顔になった。
「それにレイン様、って。僕はただの学生ですし、様をつけられるほど偉い身分ではありませんが」
レインの控え目な指摘に、ベアトリクスは目に見えて動揺する。




