三章八話目
ユキエばあさんはいたずらっぽく笑う。
「は、はあ」
レインは戸惑いながら答える。
「あなたはお父様が鈴牙人なのかしら? それともお母様が?」
ユキエばあさんの問いに、レインは正直に答える。
「父です。父も三十年前に家族で鈴牙国から逃げてきたと聞いています。今父は北方群島の辺境伯の元で庭師をしています」
「そう」
ユキエばあさんは故郷を懐かしむように目を細める。
その老婆の優しげな両目にどんな風景が映っているのか、鈴牙人でありながら鈴牙国を見たことがないレインにはわからなかった。
レインはうなだれる。
――鈴牙国はどんな国だったんだろう? 鈴牙人とは何なのだろう?
今まで特に深く考えたことはなかったが、レイン自身、どうして鈴牙人と言うだけで差別されるのか、完全に納得する理由が見つけられないでいた。
――別に僕が悪いことをしたわけでもないし、鈴牙人全体が悪いことをしたわけでもないんだよな? ただ、国を失った理由が天空神ラスティエの罰だと言われているだけで。そもそも天空神ラスティエの罰だって、誰が言い出したことなんだ?
あれこれと考える。
「あなたもお父様の影響で、植物が好きなの?」
ぼうっとしていたレインは、ユキエばあさんの問いにとっさに反応できなかった。
「え? えっと、はい」
ユキエばあさんの言った言葉を反芻する。
「父の影響だと言われれば、そうかもしれません。昔から、植物や動物が好きで、小さい頃から畑の野菜の世話も手伝わされていましたし」
「そうなの。それはいいことね」
ユキエばあさんはにっこりと笑う。
当のレインにはそれがどういいことなのか、さっぱりわからなかった。
「僕がもしあのまま故郷の北方群島に残って学校に通っていたら、父のように庭師を目指していたかもしれませんけれど」
レインはそこで言葉を切る。
思いつめたように一点を見つめる。
「けれど?」
ユキエばあさんは不思議そうに首を傾げる。
「けれど、庭師の夢は諦めざるを得なくなったんです。僕は周囲の期待を受けて、神学校に行くしかなくなったんです」
「まあ、どうして?」
レインは青い瞳を揺らめかせる。
小さく息を吐き出し、話し続ける。
同じ鈴牙人と言うことと植物好きのよしみで、会ったばかりのユキエばあさんにレインはすっかり心を許していた。
「庭師の仕事は、法力を持った者にはふさわしくないと、人は言うんです。僕は二度目の十五歳の洗礼の時、法力を持つ適格者として判断されてしまった。だから自分の持つ法力をもっと人のために生かせるような仕事に就くべきだと、人に言われて、それで」
ユキエばあさんは困ったように笑う。
「それで、気の進まない神学校に通う道を選んだの? でも、それはあなたにとって幸せなのかしら?」
「幸せ?」
レインにとっては思ってもみない言葉だった。
幸せかどうかなんて、今まで考えたこともなかった。
ユキエばあさんは大きくうなずく。
「えぇ、あなたの幸せ。まだあなたくらいの年齢では、よくわからないかもしれないけれど。神学校で聖職者になる勉強をしていて、あなたは幸せ、つまり心地がよいのかどうか、と言うことよ。聖職者になる勉強が嫌いなら、その勉強を続けていても苦痛なだけ。別の道を探すべきだと私は思うわ」
あっけらかんと言い放つ。
「は、はあ」
レインはわかったような、わからないような返事をする。
こんな悩みは友人はおろか、家族や両親にもあまり話したことがなかった。
そう考えかけて、レインは首を横に振る。
いや、一人だけいる。
かつての親友で何でも話せる幼馴染が一人だけいた。
レインは彼を本当の兄のように思っていた。
そして彼もレインのことを弟分のように思ってくれていると考えていた。
そう考えていた。
彼の名前は北方群島の辺境伯アルバート・ガウェインの息子、ライ・ガウェイン。
将来は辺境伯の後を継いで、その地域一帯を治める伯爵となる人物だった。
レインが庭師見習いとして辺境伯の屋敷に通っていた頃、よく一緒に遊んでいた相手だった。
彼は三年前に屋敷を出て行ったきり、様々な捜索の手を尽くしても、どこへ行ったのかまるで足取りがつかめなかった。
――ライ様のことだ。きっとどこかで生きておられるのだと思うのだけれど。




