三章七話目
「ディリーア、エトス、リシェン。お父さんはがんばってるぞ!」
エール酒のジョッキを片手に、酔っぱらったアンリはテーブルに突っ伏している。
その向かいでは、レインが落ち着いた顔でチョナフをつまみつつ、リンゴジュースを飲んでいる。
ユキエばあさんの店に着いたレインとアンリは早速この街の名物チョナフを頼み、それぞれ飲み物を注文した。
レインはリンゴジュース、アンリはエール酒を頼んだ。
しばらくしてチョナフが運ばれて来て、それをつまみとしてアンリはエール酒を飲んだ。
チョナフは想像していたよりもずっとおいしく、ユキエばあさんの繊細な味付けもレインの口にはあっていた。
特産品によくある万人受けする大味ではなく、薄味だが香辛料がよく効いてピリ辛風味になっていた。
――確かに、これなら酒ともよく合うかも。
レインがそう考えたのも間違いではなく、テーブルの向かいに座るアンリは、
「うまいうまい」
と言って皿にあったチョナフを次々に平らげていった。
アンリは酒を飲む速度も速く、次々と空になるエール酒のジョッキを前に、一杯目のリンゴジュースをちびちびと飲んでいたレインは目を丸くする。
「アンリさん、そんなに飲んで大丈夫ですか?」
とレインの心配をよそにアンリは、
「大丈夫、大丈夫」
と笑って返す。
「うちのエール酒は自家製で、少し度数が高いのだけど」
と店主のユキエばあさんが心配そうな顔になる。
見る間にアンリの顔は赤くなり、二皿目のチーズ入りのチョナフが運ばれてくる頃にはすっかり出来上がっていた。
そして店に入ってから三十分ほどで現在に至る。
店内にはべろんべろんに酔っぱらったアンリと、リンゴジュースを飲み、チーズ入りのチョナフをおいしそうに食べるレインの二人がいるだけだ。
厨房ではユキエばあさんが三皿目の野菜入りチョナフを調理している。
店に入った時アンリが、
「とりあえず、この店で食べられる全種類のチョナフを頼む」
とメニューも見ずに言ったため、一皿で五つのっているチョナフを全二十種類食べられることになった。
ずっと楽しみにしていたチョナフがしかも二十種類食べられると聞いて、レインとしてはうれしかったのだが、まさかアンリの酔いがこんなに早く回るとは思ってもいなかったため、一人でチョナフを完食できるかどうか怪しかった。
「残ったら紙に包んで、おみやげに持って帰ってちょうだい」
ユキエばあさんの温かい申し出に、レインは感謝した。
そして食べきれなかったら、寮に持って帰ってオルグやリャンと一緒に食べようとも考えていた。
しかしその心配は杞憂に終わった。
次々と出されるチョナフの皿を空にし、レインは厨房にいるユキエばあさんと話をする。
レインは好奇心から、庭に植えてあるハーブの数々について尋ねる。
「ミントやカモミールやローズマリーやタイムなど、庭にあるハーブはユキエさんが植えたのですか?」
レインは十五種類目の黒コショウのチョナフをさくりと一口かじる。
口いっぱいに黒コショウの香ばしい味が広がる。
レインはテーブルの上にあるラズベリージュースのグラスを手に持ち、ごくごくと飲み下す。
甘酸っぱい味のラズベリージュースと、辛く香ばしい黒コショウのチョナフはレインが想像していたよりもずっと合っていた。
レインの問いに、ユキエばあさんは目を丸くする。
「あなた男の子なのに、ハーブの名前をよく知っているのね。そうよ。あの庭に植えてあるハーブはすべて私が植えたものよ」
ユキエばあさんはチョナフを料理する手を止めずに話し続ける。
「本当は三十年前に故郷の鈴牙国から逃げてきた時に持ってきた種も庭に植えたんだけど、土が合わなかったのかほとんど枯れてしまってね。今残っているのは、ヨモギとシソくらいなものかしら」
――鈴牙国?
レインは黒コショウのチョナフの最後の一切れを口に入れ、ごくりと飲み込む。
「ユキエさんは、鈴牙人なのですか?」
ユキエばあさんはおうむ返しに尋ねる。
「あなたも鈴牙人の血を引いているのでしょう?」
厨房からハチミツのチョナフの皿を持ってくる。皿をレインの目の前のテーブルの上に乗せる。
レインは食い入るように青い目でユキエばあさんを眺めている。
「どうして、僕が鈴牙人だと?」
ユキエばあさんは優しげな目でレインを見つめている。
「あらだって、あなたは昔の夫のように、とても優しそうな目をしているもの。それにこの年にもなると、相手を一目見ただけで大体その人の人となりがわかってしまうものなのよ」




