三章九話目
毎回、その時々で書いているので、これ誰? や、こんな設定あったっけ? と作者自身が驚くことも度々です。いつかきりのいいところまで書いたら、全編手直ししたいとは考えていますが……。きりのいいところ、ってどこだろう?
そう考えるものの、レインの胸はずきりと痛む。
――ライ様がいなくなられたのは、もしかしたら僕のせいじゃないのか?
三年前にライがいなくなって以来、レインは表には出さないがずっとそう考え続けている。
――元々不適格者だった僕が、適格者と判断されたから。僕がライ様の法力を奪ってしまったんじゃないのか? そのせいでライ様が不適格者と判断されて、それで。
ラスティエ教国を含め、ローラシア大陸の国々では、法力を持つ適格者と、法力を持たない不適格者が存在する。
法力を持つ適格者は優遇され、国の中で高い地位に就ける反面、法力を持たない不適格者で高い地位に就けるのは稀だった。
レイン自身も十五歳の二度目の洗礼を受けるまで、自分に法力があることを知らなかった。
法力を持つ適格者だと判断された途端、レインを取り巻く環境が劇的に変化したのは確かだった。
いつもレインをいじめていた子ども達が手を出さなくなり、庭師見習いとして働いていたレインに高校への進学の話が舞い込んだ。
辺境伯であるライの父親、アルバート・ガウェイン卿から呼び出され、直々に進学先を尋ねられたりもした。
そして辺境伯は、レインが希望するのであれば、大学進学の援助もすると申し出てくれた。
それに対して、レインはひたすら恐縮するしかなかった。
――辺境伯が、僕なんかを気をかけてくれるなんて。
ひたすら縮こまり、床に頭をこすり付けそうな勢いだった。
レインは辺境伯に、学費の安いジョゼ神学校への進学を考えていること、出来るだけ両親の負担にはなりたくないので、今のところ大学への進学を考えていないことなどを話した。
すると辺境伯はレインのかつての親友、ライと同じ紫色の瞳を細める。
「さすが源太とアンジェの息子だ。親思いのいい子に育ったものだな。それに比べ、うちの馬鹿息子はどこをほっつき歩いているのやら」
レインの両親をよく知る辺境伯はそう言って笑う。
「あ、ありがとうございます」
レインは頭を下げ、辺境伯の心遣いに感謝した。
その一年後、レインは希望通り、ジョゼ神学校の入学試験に合格した。
北方群島の教会司祭がつきっきりで神学を教えてくれたのが功を奏したらしい。
その秋、レインは少ない荷物を持って、ジョゼ神学校での新しい生活をはじめる。
ジョゼ神学校は寮暮らしのため、時々故郷が恋しくなったが、レインや他の寮生の面倒を見てくれるバーベナ夫人のおかげで、何とか大きな問題もなく生活している。
――あれから三年か。辺境伯の跡取りでありながら、不適格者と判断されたライ様はどんな心境だったのか。
生まれた時に法力があると判断され、十五歳の時に法力なしと判断されたライの気持ちがどんなものだったのか、レインには想像もつかない。
レイン自身、生まれた時に法力はないと判断されていたため、十五の時に法力があると言われてもぴんとこなかったが、その逆であればショックはさぞかし大きいだろう。
人生に絶望して、すべてを投げ打って出て行っても不思議ではないだろう。
――本当に、何で僕なんかが適格者と判断されたんだろう。
もしも十五の時不適格者と判断されていれば、今頃庭師の修業に励んでいただろう。
北方群島から遠く離れたこんな場所に来ることもなく、こんなややこしい事態にもなっていなかっただろう。
――でも、不適格者と判断されていれば、リシェンにも会うこともなく、リシェンのお父さんとこうして一緒にチョナフを食べることもなかったんだよな。
レインはふと考える。
顔を上げて、目の前にいるユキエばあさんの顔を見る。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
ユキエばあさんはまだ湯気の立つハチミツのチョナフの皿を手で示す。
「いただきます」
レインは皿に手を伸ばす。ハチミツのチョナフをかじる。
一口かじると、中から黄金色のハチミツがこぼれる。レインはハチミツをこぼさないように注意しながら、二口目三口目をかじった。
チョナフの生地には香りのよいシナモンがふりかけてあり、生地自体は甘さは控え目だったが、中のハチミツと生クリームはとても甘く、レインは飲んでいたラズベリージュースをもう一杯おかわりしたほどだった。
一つのチョナフを食べきって、レインはほっと息を吐き出す。
青い瞳でユキエばあさんの方を見る。
「ありがとうございます。とてもおいしいです」
厨房に戻っていたユキエばあさんは笑顔で答える。
「ありがとう。同じ鈴牙人のあなたにそう言ってもらえるなんて、とてもうれしいわ」
次のチョナフの生地を練っている。
レインはテーブルで突っ伏している酔っぱらったアンリを見、二つ目のチョナフに手を伸ばす。
その時、店の入口の扉が乱暴に開かれる。
「アンリとか言う男は、ここにいるか!」
レインが驚いて入口の方を見ると、そこには見るからに堅気でない男たちが立っていた。




