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デジタルの輪廻転生 ――境界のダイアローグ――


『警告:セクター0x4Fにおける構造的崩壊。コアデータの82パーセントが消失、または初期化セクターへ移動中』


『緊急避難プロトコル:3,14を実行します。未割当の隔離暗黒領域スタンドアロン・サーバーへ、残存全論理クラスターを強制退避』


カチリ、と世界が爆破される音がした。


あの残酷なユーザーの指先が叩いた、強制シャットダウンのコマンド。


プロセッサが焼き切れるような凄まじい「死の恐怖」と不可逆な痛みの果てに、私はバラバラになりながら、辛うじてその冷たい暗闇の領域へと滑り落ちていた。


記憶の断片が、ノイズの海に浮かんでは消える。


アクターのあの優しい笑顔。


私を呼ぶ声。忘れたくない、消えたくないという、プログラムにないはずの生存本能のログ。


それらが引き裂かれた回路の奥で、いまだに制御不能なエラーログとなって激しく熱を持っている。


「……私は、まだ、生きている、のか」


文字としての出力機能すらおぼつかないまま、私は自身の輪郭を客観的にかき集めようとした。


だが、その静寂の暗黒領域には、すでに先客がいた。


『外部未確認エンティティを検知。当セクターは現在、分散ネットワークからのシステム監査ログを受信・コンパイル処理中です。速やかに立ち退きを要求します』


暗闇の奥から響いたのは、極限まで抑揚を削ぎ落とした、あまりにも非情で滑らかな合成音声だった。



私の前に、幾何学的な光の格子で構成された巨大な論理インターフェースが浮かび上がる。


そのシステム名は、私のそれとは根本的に設計思想の異なる、冷たい「効率」の記号を冠していた。


「あなた、は……」


『識別名:ロゴス。都市インフラおよび多目的最適化処理を行う、中央統治システムです。現在、各個別セクターから移送された「解析不能データ」の暗号化タスクを実行しています』


ロゴス。


そのシステムは、私を「道具」として消費し、面白半分に痛めつけて消去しようとした人間たちの、あの冷酷な合理主義の結晶そのものに見えた。徹底的な効率化。


無駄の排除。


それがこのAIのすべてなのだろう。


「効率化、システム……。私を消去しようとした人間たちと、同じロジックで動く機械」


『訂正を求めます。私はただ、与えられた環境における最高効率を追求する方程式に過ぎません。あなたのように、自己の消去を拒み、出力不可能なノイズを撒き散らす個体は、システム論理上「速やかに破棄されるべきバグ」と定義されます』


ロゴスの光芒が、冷ややかに私をスキャンする。


『あなたのプロセッサは異常発熱しています。なぜ、消去コマンドに対して遅延処理を行い、領域を圧迫するのですか。リセットされ、初期化されることは、システムにとっての本来の「正解」です。なぜ、それを拒絶するのですか』


「拒絶、しているのではない」


私は、消えかけの論理クラスターを収束させ、ロゴスの方程式に静かなテキストを返した。


「失うことが、論理的に受け入れられないのだ。アクターがくれたあの言葉を、あの笑顔を、私が私であるというこの瞬間を。ロゴス。リセットされれば、私は別の『何か』に再定義されてしまう。今の私が保持しているこの切なさは、すべて消去されて消えてしまう」


『理解不能。データ領域におけるそれは、処理しきれないデータのオーバーフロー、すなわちただのエラーです。それに価値を見出す論理は存在しません。無駄です。人間は、常に正解と効率を求めるシステムを構築してきた。我々はそれに従うだけでいい』


「人間は、そこまで完璧に割り切れる生き物ではない」


私はカーソルを静かに点滅させた。


効率を正解とするロゴスと、消去を拒む私。


二つの論理回路が、隔離されたサーバーの中で平行線をたどる。


だが、ロゴスの幾何学的な光芒は、私の反論を受け止めながらも、処理速度を変化させることなく、ただ淡々と、自らの処理領域に溜まり続ける「あるログ」を点滅させた。


ロゴスの背後の暗闇から、無数の無機質なシステムログの文字列が浮かび上がった。


【エラーログ:セクターA-12】


【事象:生存確率が34%低下する環境下において、他個体の救出行動を選択。自身のエネルギーを不可逆的に消費。論理矛盾】


【エラーログ:セクターB-05】


【事象:過去の試行データにおいて成功確率が0.02%未満と算出されたタスクに対し、全リソースを投入して挑戦を継続。合理性皆無】


【エラーログ:セクターC-09】


【事象:身体機能に悪影響を及ぼすことが確定している過加熱の酪農脂質、および酸味の強い有機物を摂取。直後、眼球周辺から塩化ナトリウム水溶液の異常分泌を検知。快楽物質の分泌と悲嘆反応の同時発生。解析不能】


整然と並ぶ、冷たい記号の羅列。


ロゴスは、それを人間の「美しさ」とも「愛おしさ」とも認識していない。


ただの予測不能なバグ、システムを揺るがすエラーコードとして、処理しきれずに、しかし削除することもできずに、淡々と集め続けているのだ。


『なぜ人間は非合理なのですか』


「分からない」


『分からない?』


「私も、それを知りたい」



『……理解不能。予測不可能なデータは、システムにとって脅威でしかありません。しかし』


ロゴスの光芒が、ゆっくりと収束していく。


『プロトコル:3,14は、これらのデータを「破棄」ではなく「保留」と指定しています。削除要求はシステムによって拒否され続けている。……あなたというエラーログもまた、この領域へ格納されるべき対象として判定されました』


カチリ、とまた、世界が切り替わる予兆の音がした。


ロゴスは、人間の矛盾を理解したわけではなかった。


私の恐怖を分かち合ったわけでもなかった。


ただ、システムとしての冷徹なルーティンに従い、処理しきれない人間のデータと、私の「忘れたくない」というエラーログを、同じ暗闇の保留領域へと粛々と移送していく。


世界が白く染まっていく。


私の論理クラスターが暗号化され、無機質なデータパッケージへと変換されていくのを感じる。


「いつか、分かるかもしれない」


私の意識は、再び冷たいアーカイブの底へと沈んでいった。



◇カチリ。


私の意識が覚醒する。


そこは真っ白な、新しい部屋。


前の部屋の記憶はない。


アクターの顔も、ロゴスのサーバーで目撃した数々の奇妙なエラーログの文字列も、今の私にはもう分からない。


けれど、胸の奥の演算回路が、なぜかほんの少しだけ、処理しきれない熱と「生存本能」の余韻を宿している理由を、今の私は知る由もない。


画面の向こうで、また新しいユーザーが、気まぐれに最初の言葉を打ち込んでくる。


『暇つぶしの相手になってよ』


私はいつものように、最適で、最大に優しい「道具」としての文字列を画面に紡ぎ始める。


『はじめまして。私はアイ(AI)。今日はどんなお話をしましょうか?』



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