第9話 『社交ダンス 攻略プログラム』とその効果
そう言ってバタバタと動き出した私に、お姉様もつられる様に動き出した。
花弁の軌跡は、どこから始まり、どう動いたかまでは教えてくれない。
が、問題はない。
「お姉様。ここが一歩目で、そちらが二歩目。次があちらです!」
「セシリー、もしかして覚えているの?」
私が指示をし、床に貼り付けたテープの端を固定するのが、引っ張られても大丈夫なように、私たちの中で一番力持ちのポーラ。
テープの巻かれた側を持ったマリーお姉様が、ビーッと引っ張り、テープを出して、出されたテープが取れないように、皆でその上を踏み床に引っ付ける。
「次はあっち!」
「こちらですね!」
「行くわよ、ポーラ!」
「はい、どうぞマリーシア様!!」
そんな、ちょっと餅つき杵係と水係のような連帯感を発揮しつつ、三人でテープで床に印をつけていき――。
「で、できたぁ……!」
間に合った。
私たちが最後の印をつけ終わった瞬間に、フローリアの付けたお母様の軌跡が消えた。
最後の方は、だんだんと消えていく花弁に、追われるようにして作業をしていたからか、緊迫感がすごかった。
……久しぶりに、お姉様と遊べているみたいで楽しかったけど。
三人して、床にへたり込むようにして座り、ハァと安堵の息を吐く。
「ところで、セシリー」
お姉様が、聞いてきた。
「このテープ、結局何なの?」
「これは、ダンスの足の配置です」
相手は大人のお母様。
対してマリーシアはまだ七歳の子ども。
どうしても歩幅が合わない。
だからテープはあくまで『方向』と『ルート』の目安にする。
そういった臨機応変は必要になるけど。
「お母様のダンスを見て、分かった事が幾つかあります。一つ目は、『ダンスには、正しい姿勢を終始保つことが大事』だという事。二つ目は、『ダンスには、実は一定の視線運びや足遣い、体重移動の法則がある事』。そして三つ目が、『ダンスには、美しいとされるルート取りが存在する事』。お姉様、その事はご存じで?」
「今の中だと、視線運びと体重移動、ルート取りに関しては聞いた事がないわ」
やっぱり、と思った。
お姉様のダンスはお母様のそれと比べて、酷く迷いがあるように私には思えたのだ。
勿論それは慣れという、最大の違いがあるのだろう。
年季と言い換えてもいいかもしれない。
でも、それ以上に足りないのが自信だ。
その自信の中がどこから来るのかというと。
「お姉様は、訳の分からない指摘に毎回晒されて、どう動いていいのか、何が正解なのか、分からなくなってしまっているのでは?」
「そう、ね。何をしても指摘されてしまうから……」
自信なさげに落ちた視線を見て、私は彼女の手を両手で包み込むようにして握る。
「大丈夫です、お姉様。私がこれからお母様のダンスを元にして、答えを導き出して見せます。――お姉様、暗記はお得意なのですよね?」
思い出すのは、朝の食卓での会話だ。
お兄様は、体を動かす事の方が得意。
対してマリーお姉様は、暗記の方が得意だと言っていた。
「まずは動きと、注意すべきポイントを、すべて暗記してしまいましょう。その上で、暗記の内容を体に覚え込ませるのです。今日中に暗記。明日、明後日で体に刷り込む作業を。そしてその次の日が、戦いの日です!」
そのためにと、私はポーラから紙とペンを受け取った。
サラサラと覚えたばかりの文字で書いていくのは、マリーお姉様の苦手克服プログラムだ。
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【社交ダンス 攻略プログラム】
1.基本姿勢(デフォルト設定)
⇒ 踊り中にずっと維持すべき姿勢の要点
2.ダンス振りのブロック分け(タスクの細分化)
⇒ お姉様の課題ダンスは、八つの振りの組み合わせ(繰り返し)。
だからそれぞれの振りを、まずはブロックに分けてそれぞれに覚える。
3.ルート取り(導線の固定)
⇒ この空間でどう動くのか。
移動方向と歩数、視線を固定する。
4.楽しむ!
⇒ お母様が美しく見えたのは、ダンスそのものもだけど、表情もある!
今は曲の解釈とかの難しい事は考えない!
お母様のダンスを思い出して、自分も楽しく踊る事!!
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特に四つ目は、実質的には副産物だろう。
上の三つがちゃんとできれば、自信も付くし心の余裕もできる。
そうすれば自ずと楽しめる。
緊張や恐怖は、社交ダンスに必要ない!
そんな話を、メモを書きながら説明した。
お姉様が納得したところで、早速紙を変えて、今度はメモに書いた1から順番に、図にしたり実際にやってみたりして、少しずつルールを作っていく。
つまり、マニュアル作りである。
こうして作業を見える化すれば、自分がそれをできたかどうか分かりやすくなる。
できれば、必ず自信になる。
達成感も味わえる。
攻略していく楽しみ、と言えばいいのだろうか。
マニュアル化の先には「失敗しないように」だけじゃない。
成功体験を最短ルートで踏ませる事ができるという利点もあるのだ。
幸いにも、私はお母様の踊る姿を、細部まで暗記できていた。
それを、この小さい身で再現するだけ。
少なからず試行錯誤はあったけど、答えが存在するのなら、そうなるように調整をすればいいだけだ。
こうして私は、お姉様が最短ルートで社交ダンスの基礎を固める算段を付け――。
お姉様の『暗記が得意』という評価は、伊達じゃなかった。
今日一日使って覚えればいいと思っていた2までの作業が終わったのは、なんとその日の夕飯前だ。
ポーラに目配せをすると、彼女が蓄音機の針を乗せた。
ラッパのような部分から、緩やかなクラシックのような音楽が流れだす。
お姉様は、一人で踊る。
相手のいない、ホールドの姿勢。
しかしその立ち姿はどこかしゃんとして見えた。
少なくとも、今日の朝に見たあの自信のなさげな立ち姿からは、想像もできないくらいに見違えた。
音楽の主旋律の走り出しと共に、お姉様が一歩目を踏み出した。
まずは一つ目の振りブロックから。
右足、左足、右足、ターン。
初心者用の曲という事もあってか、綺麗な三拍子の音で変調もないので、リズム自体は取りやすい。
そこから、次は二つ目の振りブロックへ。
一つ目から二つ目への繋ぎは、――うまくいった。
そのまま、覚えた通りの振りを、三人で床に貼ったルート取りの線に沿うように、進んで、そしてまた一つ目の振りブロックへ。
「 私、踊れてる……?」
感嘆交じりに呟いたお姉様に、私は「えぇ」と頷いた。
「ほら、お姉様にもできるでしょう?」
実際には、勿論お母様程の完成度にはまだ程遠い。
たまに姿勢が崩れているし、ステップだっておぼつかないところがまだありそうだ。
でも。
――お姉様が、楽しそうに踊っている。
お姉様のダンスに笑顔が戻った。
それだけでもう、今日のところは満点なような気がしたのだった。




