第6話 失敗したらブラックな日々
「社交界の道理も知らないような子どもが、私の思想を否定するなど……身の程を知りなさい!」
彼女は私を恨めしそうに、私の言葉を振り払うようにして叫ぶ。
でも、身の程?
それなら、知らないのは私じゃなくて貴女の方だ。
「貴女は子爵家の生まれでしょう? 伯爵家の娘に対し、先程から礼を欠いているのはどちらなのか」
「私はこの家に雇われた教師よ!」
「教師だから、それだけで偉いと? 教師という立場が偉いのではない。生徒を教え導くからこそ、教師は敬われる存在だとは思わない?」
「だって、私は王族にだって教えた実績がある――」
「王族の方は、貴女がそのように王族の威光を笠に着る事を、果たして許したのかしら」
女がグッと押し黙る。
『私』を思い出す前のセシリアは、幼い耳で皆の話を、きちんと聞いて覚えていた。
この女は、王妃様からの紹介だ。
お母様は王妃様の「善意の押し付け」を断れなかった。
王妃様から「『社交界の天使』の愛娘が満足に踊れないなんていう事にならないように」と言われたのだ。
それを、お母様は「王妃様の勧めてくださる人なら」と、信用した。
王妃様がどういうつもりでお母様にこの女を勧めたのかは、分からない。
だって私はただの一度も、その王妃に会った事はないから。
お母様は忙しかった。
お父様も忙しい。
二人とも子どもの様子をその目で直に見る時間なんてなく、理由は分からないけど、何故かここにはマリーお姉様付きのメイドが一人もいない。
これじゃあメイドだって、現状の報告も碌にできない。
そんな諸々の事情が頭の中で繋がって、何故こんなことになってしまっているのかが浮き彫りになる。
腹立たしい。
こんな事が、お姉様を悲しませる結果を生んでしまった事が。
けれど、今は私の気持ちなんて、どうでもいい。
「貴女がお姉様に社交ダンスを教え始めて、三週間ほど。しかしまだまるで成果が出ない。その事に焦ってお姉様や私に当たり散らすなんて、大人の――いえ、『王家に教えた実績を持つ社交ダンスの教師』のする事ではありませんね」
「それは、この子に才能がないから!」
「そう。ならば」
私はこの女からお姉様を引き離し、このブラックな状況を「仕方がない」と受け入れそうになっているお姉様の思考回路をこちら側に手繰り寄せるべく、挑戦状を叩きつける。
「私が、今日から三日のうちにマリーお姉様を踊れるようにして見せましょう。ダンスをマニュアル化し、成果をもって貴女の非効率な教育を否定して差し上げます!」
その場がシンと静まり返った。
まぁ、この場にいるのが私と教師、お姉様とポーラだけなのだから、当然といえば当然だけど。
「この私を、否定する……? しかも、成果をもって? 私にさえできなかった事をしてみせると……ふふっ、ふふふふふっ、そんな事、できる筈がない!」
「じゃあ、勝負に乗るっていう事でいいですね? 勝ち戦です」
私はニヤリと笑って言った。
挑発したつもりだけど、お母様譲りの可愛い容姿で、果たして十分に煽る事はできたのか。
「いいわ! この目で三日間、じっくりと貴女たちが『無理な賭けをした』と後悔するところを見ていてあげましょ――」
「あ、それはいいです」
「は……?」
挑発には乗ってくれた。
が、妙な事を言ってきたので、私は軽く拒絶する。
「貴女が非効率な指導をしたせいで、今やお姉様にとって貴女は『いるだけでストレス』な存在です。邪魔なので、本日はお引き取りください。次のお越しは三日後に。まさか、毎日私たちの邪魔をしに来なければ勝てないなんて思ってはいませんよね?」
「……よろしい。ですが、もし三日後にマリーシア様が踊れなかった場合……貴女には私の『芸術』を侮辱した事を、床に額を擦りつけて謝罪していただきます。そして貴女が教育を受ける年齢になった暁には、この私を『専属の社交ダンス教師』に指名する事」
うっわ、最悪の条件を出してきた!
大人げなっ!
この女が社交ダンス教師になんてなったら、私もブラックな環境にまっしぐらじゃない!
絶対に嫌だ。
でも。
負ける気はない。
負ける気もしない。
負けない以上、この条件にも意味はない。
なら。
「いいですよ」
「では、三日後に。貴女のその生意気で傲慢な根性をこの私が矯正できる日が、今から楽しみだわ」
そんな捨て台詞を吐いて、教師の女は帰っていく。
その背中を見送っていると。
「セシリー」
「お姉様。先程叩かれていた場所、大丈夫ですか?」
不安げなお姉様が聞いてきたので、逆に聞き返す。
彼女はふわりとほほ笑んだ。
「大丈夫。さっきはありがとう、庇ってくれて」
「お姉様を虐める人は、許さないもの!」
「でも」
眉尻を下げた彼女に「ん?」と続きを促す。
すると、彼女はおずおずと聞いてきた。
「セシリーったら、いつの間にあんな大人みたいなやり取りができるようになっていたの?」
あっ、しまった。
私、四歳だ。
つい頭に血が上っちゃって、そんな事頭からすっ飛んでいた。
「お父さまとお母さまの『まね』をしてみたの!」
「お父様とお母様が、セシリーの前であんなやり取りを?」
「……」
ごまかせない、か?
「まぁいいわ。それより」
あ、よかった。
どうにかなった。
「私、三日後に上手くダンスを踊る自信なんて、まったくないわ。二週間やっても全然できてないのに……」
お姉様の表情に憂いが見える。
目に涙をためて、「私のせいで、セシリーが虐められちゃう」と震えている。
あぁ、もう!
泣きそうになっていても、お姉様は可愛い!
でも、お姉様の可愛さを一番引き出せるのは、泣き顔じゃないわ!
「大丈夫ですよ、マリーお姉さま。私が必ずお姉様を、誰よりも美しく躍らせてみせます! ほら、まずは『おてほん』を見せてもらいに行きましょう!」
私はそう言い、少し強引にお姉様の手を引いて走り出した。




