第3話 現状把握とまさかの誤算!
「まずは、是正すべき対象の洗い出しから始めないといけないわよね」
自分の部屋に戻った私は、自室の机に向かっていた。
子どもの部屋とはいえ、どうやらまだ机に向かうような年齢ではないらしい。
小さく作ってあるとはいえ、椅子に座ると足が床に届かない。
プランプランとするのが若干気になるが、仕方がない。
机の上には、私の身の回りの世話をしてくれているお付きのメイドのポーラに頼んで用意してもらった、筆記用具が揃っている。
出てきたのは前世とは違い、逐一インクを付けないと書けない羽ペンと、ガッサガサでいかにも書きにくそうな紙だけど、これもまた仕方がないだろう。
ない物ねだりは時間の無駄だ。
羽ペンの羽部分でトントンと顎を叩きながら、記憶を辿り今までに、キリルお兄様やマリーお姉様の勉強関連の情報を思い出し、書き出していく。
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【伯爵家における教育カリキュラム】
対象期間:7歳~10歳の社交界デビューまで
リソース: 家庭教師(外部委託の専門家)
※指導形態:原則マンツーマン
1. 座学タスク
・文字の読み書き
・地理・歴史/領地経営の基礎知識
・領内の地図の暗記
・周辺領地や国内の情勢、気候、特産物などの暗記
・計算
2. 実技タスク
・社交ダンス
・所作
・刺繍/編み物
・交渉
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「うーん、文字の読み書きとか計算とかは、前世の記憶があるから問題なし。領地経営も、書類仕事系は前世の記憶が役に立つかもしれないけど、地理とか歴史系は丸暗記するだけ」
これも、普通の四歳児ならまだしも、前世の記憶があって精神年齢も高い訳だから、ある程度集中力が続く。
となると。
「問題は、実技タスクか」
刺繍や編み物に関しては、全くできない訳じゃない。
勿論中学生までに習った簡単な裁縫レベルしか技術はないけど、まったく何もないところからやるよりは、幾分かマシな気にさせられる。
これは、所作も一緒。
一番厄介なのは、社交ダンスだ。
「ダンスなんて、体育祭でやらされたくらいだよ……」
『社交ダンス』と書いたところに、上からグリグリと丸を書きながら深いため息を吐く。
しかも、我ながら下手なへっぴり腰ダンスだった。
まぁあれとはまるで種類が違うだろうからそこは救いだけど、そうなるとそれはそれで体の使い方から分からない。
「分からないものは仕方がないよねぇ」
考えたところでどうにもならない。
それこそ体感的なものなら、猶更だ。
ならば。
「マニュアルがないなら、現場を見るのが一番早くて確実か」
そういえば、前世では『旅行気分で現場に行って、ほとんど何も覚えて帰らない』役立たずな上司がいた。
そのくせ戻ってから上から目線で、的外れの事をああだこうだと指示してくるのだ。
ものすごく面倒臭かった。
せっかく見させてもらうなら、一度で終わるくらい熱心に現状を見て知りたい。
私のためにも、レッスンを見させてもらう事になるだろうお姉様のためにも。
だって、お姉様だって私が何日も見に来ていたら気が散るよね。
現状をどうにかするためには、この視察は外せないけど、だからって迷惑をかけたい訳じゃない。
むしろ、せっかく見せてもらったんなら、その分恩返しがしたいくらいだ。
お姉様、たしか今社交ダンスに大苦戦中だって言ってたし――。
「お上手ですね、何の絵でしょう」
声がした方へ振り返れば、微笑ましそうな表情で私を見ているポーラの姿がそこにあった。
私は思わず首をかしげる。
絵?
私が書いているのは、走り書きのメモだ。
綺麗に書いたつもりはないが、読めないほど汚くもないと思……ちょっと待てよ?
「ねぇポーラ。ここに文字を全種類、書いてみてくれない?」
「はい、いいですよ」
快く応じてくれた彼女は、私が書いたメモの横にサラサラとペンを走らせる。
「これで、21個の文字すべてです」
「オーマイガー……」
並んだ文字は、私には読めない。
象形文字みたいな謎の図形だ。
一応セシリアとしての記憶を漁ってみたけど……うんまぁ確かにそういう形の物が記憶に存在してるね。
今まで私は一度もそれを「文字だ」とは思っていなかったけど、これが文字なんだとしたらアレだ。
私、こっちの字、書けない。
あー、文字の読み書きはやらなきゃダメかぁ……。
あぁでも言葉は喋れているし、通じている。
なら、覚える事自体はそう難しくないか。
「ねぇねぇポーラ、この文字、順番に読んでみて?」
ザ・『音で、私が知っている言語とこの世界の言葉とを突き合わせる』作戦!
元々暗記は得意な方だ。
そして、相手はたった二十一文字の図形。
私はこの日、大人の集中力をフル稼働して、この世界の文字習得に努めた。
結局、一日の残りの時間は、ほとんど覚えるのに費やして――。
「あらあら」
家族唯一の団欒・食卓で、お母様が笑ったような気配がした。
視界はぼやけて、しまいにはブラックアウトしてしまったけど、ふわりと体が無重力になった時に感じた体温は、とても柔らかくて暖かかった。
翌朝。
二度寝の誘惑を断ち切って、ポーラに身支度をしてもらい向かった食堂でのこと。
「セシリア、貴方昨日一日で、文字をすべて覚えたんですって?」
昨日の晩は結局夕食の半分も食べずに眠ってしまったからか、いつにも増してパンが美味しい……なんて思っていると、お母様がそんな事を聞いてきた。
食堂には今、全部で十二人。
内、食卓に着いているのは私を含めて四人で、あとはすべてメイドや執事だ。
食卓に着いているのは、お母様と、お兄様と、お姉様と、私。
今日もお父様の姿はない。
お母様の問いに、お兄様とお姉様どころか、周囲に控えている使用人たちの視線までも、驚愕の色で私の方を見る。
この反応……あれ、ちょっとやり過ぎた?
いや、どうせならこれを武器にしちゃおう。
>次話:第4話 お姉様に何しとんじゃワレェ!!




