第2話 未来の忙殺から逃げ切るために
そもそも睡眠とか休息って、ピチピチのお肌を保つためには必要不可欠なものだよね?!
魔法でドーピングできるからって、あまりにも無頓着過ぎない?!
「伯爵家だもの、仕方がないわよ」
そう言って綺麗に笑うクレアリンゼお母様に、私は更にドン引きした。
彼女の淑やかで麗しい笑顔を、今まで私は一度だって『優しい人柄の証明』だと信じて疑わなかった。
でも今は、疲れを感じさせないその優雅な微笑みが、幼少期からの教育で洗脳された人の笑顔にさえ見えてしまって。
異世界ファンタジーを舞台にしたフィクションって、何だかんだトラブルに巻き込まれはするけど、普通に寝て起きてご飯を食べて、何なら家族でピクニックに行ったり、街歩きをする時間くらいはあったでしょ?!
それこそ腹の探り合いをするための社交場だけじゃなく、家でも優雅に紅茶をたしなみ、甘いスイーツや美味しい食べ物を食べる時間が用意されていたでしょ?!
それが、そんな余裕すらない、だと……?!
――ブラック企業ならぬ、ブラック貴族。
それ以外に称する言葉を知らない程に、今いる状況は酷くマズい。
私の三年後の未来が、今正に『お勉強』が始まって疲弊しているマリーお姉様で、社交界デビューを間近に控えた五年後の未来が、『あまりにも勤勉過ぎる貴族の普通』を教え込まれたキリルお兄様だ。
何十年後の未来が、お父様やお母様。
その頃には、睡眠時間は平均四時間。
そんな生活が待っているとして、一体誰が希望を抱ける?
少なくとも私は嫌だよ。
無理だよ。
せっかく『準公務員』っていう、責任だけ無駄に重くて社会からの目が厳しいわりに、公務員程の給料も待遇も受けていない、不遇の激務から解放されたと思ったのに……。
こんなの、前世時代の激務と仕事へのプレッシャーと人間関係の疲れに抑圧されて、圧縮されて、圧殺されて、感情がぺちゃんこになった私でもドン引きだわ!
……嫌だ、そんな『将来社畜もどき生活』なんて。
人知れず、グッと小さな手を握り締める。
嫌なら逃げなければならない。
前世は逃げられなかったけど、今世はそれを教訓にすればいい。
貴族からも義務からも将来からも、すべてから逃げれば解決する事だ。
それなのに。
――駄目だよ。
咄嗟に物理的逃亡を止める、家族想いで現実的な私が脳内にいる。
たったの四歳でここから逃げて、一体どうやって生きていくのか。
私一人が逃げたとして、家族はこの地獄に残していくのか。
家族みんなで逃げたとして、この領地や領民はどうなるのか。
幼い記憶の中に、高台からこのオルトガン伯爵領を一望しながら両親が言った言葉が残っている。
――この景色の中に、人々の営みがある。
私たちは貴族として、この地の人々の生活を守り発展させる義務がある。
行く末を見守る、権利がある。
そう言った両親の誇らしげな表情を、私は忘れる事ができない。
お父様とお母様にとっては、貴族である自分が、義務を果たす自分が、多分誇りなのだと思う。
その気持ちを無視して二人の手を引き逃げたとして、二人は幸せなのだろうか。
二人と同じ道筋を辿るためにと勉強に勤しみ積み上げてきたお兄様と、最近頑張って勉強をし始めたお姉様。
二人の努力は、どこへ行くのか。
逃げられない、と思った。
ならば、どうにかするしかない。
――効率。
そんな言葉がふと思考の表層に浮かぶ。
前世で「大切だ」と分かっていながらも、仕事に忙殺されるあまり、結局改善する事ができなかった職場の非効率。
それを。
「今世でこそ、私は向き合わなければならないんだわ」
私は今、四歳。
幸いにも、義務に忙殺される七歳まで、三年間の猶予がある。
もし、やるべきタスクに圧殺される前に、非効率を排除する仕組みが作れれば。
生き方を効率化し、最適化できれば。
そうすれば、私の未来に忙殺は訪れない……?
今からやっても、改善が間に合うか、間に合わずに時間に追いつかれてしまうか。
分かったものじゃないけれど、それでも。
そのせいで迎えた、過労死という現実の二の舞を生まないために。
このままじゃあどう考えても早死にしそうな、セシリアの大切な家族のために。
誰もこの現状に疑問を抱かないのなら。
私がこの家の現状を掌握して、改善していくしかない。
私しか、いない。
私がこの家を最強の裏方として、完璧に業務改善する。
そして、皆で一緒に食事を摂ったり、休みの日にはお出かけしたり、寝過ごしても誰にも怒られなかったり、たまに珍しく夜更かしする程度の、そんな生活に変える……!
私はこの日、そう強く心に誓った。




