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第12話 裏で動いていたセシリーの策略 ~マリーシア視点~



 王妃様。

 つまり、レイチェル先生をお母様に紹介した張本人、という事だろうか。


「私の目から見ても、マリーシアさんはとてもよく踊っていました。七歳という事も考えれば、既に十分すぎる程です。下手をしたら、貴女が教えていた私の子よりも、余程丁寧で上手に踊っていたかもしれないわね」

「いえ、それは」


 レイチェル先生は、言葉に詰まった。

 どう答えていいのか分からないのだろう。


 そうでなくても、先程の評価を「不当だ」と責められている状態だ。

 その上媚びへつらうための言葉なんて、思い浮かぶ余裕は残っていないのだろう。


「クレアリンゼから聞いたわ。貴女、マリーシアさんに中身のない指導をして、できていないと折檻し、嘲り笑ったそうじゃないの。その上、碌に休憩を取らせていなかったとか?」

「いえ、そんな事は!」

「少なくとも今五分間のダンスを踊って息一つ上がっていない事が、図らずも休憩を取らせず躍らせ続けた過去の貴方の指導の成果が出ているのではなくて?」


 言われて初めて気が付いた。


 そうだ。

 三週間前、レイチェル先生の指導を受け始めた頃には、一曲目を踊っていた途中で上がっていた息が、今は何ともない。


 ――あの苦しかった、しんどかった日々の、成果が出ている。

 その事実が、私に「あの日々にも意味はあったのだ」と「まったく上達していなかったわけではなかったのだ」と、そう教えてくれているような気がした。


「すべては私の指導から逃げたいがためにこの子たちが言った虚言です、王妃様!」

「そうね、証拠はないもの。その可能性もあった。だから私は今日ここに来たのよ。クレアリンゼにこれ以上にない程に頼まれて、他の仕事の時間調整をして」


 お母様……!


 私は、これまでお母様が、王妃様にお願いや断りをする事に度々苦心していた事を、少なからず知っている。

 なのに、話を通してくれた?

 三日間と言うこの少ない期間で、それでも今日この時に都合を付けてもらえるようにと、お願いをした?


 どれだけ頑張ってくれたのだろう。

 それはどれだけの貸しになってしまうのだろう。

 申し訳なく思うのに、どうしても「嬉しい」が先立ってしまう。


「少なくとも今正に、マリーシアさんに中身のない指導をして嘲り笑った事実は、この目で確認できた訳だけど」

「ちが――」

「黙りなさいっ!」


 王妃様が声を荒げた。

 お母様にも劣らない美貌が、クシャリと怒りに歪む。


「貴女は、貴女を紹介した私の顔に泥を塗ったのよ! 酷い裏切りだわ! 『王族にダンスを教えた』という過去の経歴さえ、もう二度と口にしてほしくない!!」

「ひっ!」


 レイチェル先生が小さく悲鳴を上げる。

 青い顔でガクガクと震えている。

 こんな先生、初めて見た。


「貴女、今すぐオルトガン伯爵家との教師契約を破棄なさい。今後、二度と『王族の教師』を名乗る事は許しません。私の前にも顔を見せないで」

「そん、あぁ……」


 崩れ落ちたレイチェル先生の両脇を、執事たちが挟み立ち上がらせた。


 お母様が「契約書の破棄が終わったら、即刻屋敷からたたき出しなさい」と執事たちに命じ、王妃様と共に部屋を後にする。



 私はそんな二人の後ろ姿に、貴族の礼で丁寧に頭を下げた。

 覚えたての礼が、どれほどお母様と王妃様に敬意を示せたかは分からないけれど、私は、型の決まっている動作や所作をするのは得意だ。

 今の精一杯で礼を告げた。



 ◆ ◆ ◆



「王妃様には逆に謝られたわ。お陰で、今回の件で貸し借りはなし」


 後日、久々に取れたお母様とのティータイムで、そんな話を聞く事ができた。


 お兄様は今社交界デビュー用の服の採寸中で、セシリーもそちらにいるらしい。

 お母様はひとつ前の用事が終わってちょうど帰ってきたばかりで、私が庭園でお勉強合間の休憩ティータイムをしているところに居合わせて。


「私も一緒に、いいかしら?」


 いつもの柔和な笑顔でそう聞いてくれた。

 お母様と一緒にお茶を飲むなんて、一体いつぶりだろう。

 私は喜んでメイドに頼んで、お母様の分の用意もしてもらった。



「よかったです。実は『お母様にご迷惑をかけてしまったのではないか』と、ちょっと心配していたので」

「あら、私は貴女の母親よ? 迷惑なんてかけて当然よ。むしろ、唯一無条件で迷惑をかけていい相手だと言ってもいいくらいだわ」


 そう言って、紅茶をたしなむお母様。

 今日も所作が美しい。


「そんな事を言って、もし私がお母様に迷惑しかかけない問題児になったら、どうなさるおつもりですか?」

「そんなの勿論、マリーシアがそんな子じゃないのを分かっているからこう言っているのですよ?」


 サラリと断言したお母様にちょっとした悪戯心が沸いて私がそう聞くと、お母様はそれさえ見透かしたように「ふふふっ」と笑いながら余裕の返答だ。

 そして、「ふぅ」と一息ついてから、こんな事を言い出した。


「貴女は少し責任感が強すぎるのね。頼る事も少し覚えた方がいいわ。特に、親と未来の旦那様には」

「旦那様、ですか?」

「そうよ? 男性というのは、女性に頼られるのが好きな方たちですからね」


 これも世渡りの術です。

 今のうちに、親相手に練習しておきなさい。

 そう言葉を続けたお母様に「お母様も、お父様には頼るのですか?」と尋ねれば、即答で「勿論」という答えが返ってくる。


「私が素を見せるのは家族の前でだけ、そして私が垣根なしに頼るのは、世界でただ一人旦那様だけだもの」


 そう言い切ったお母様は、何故か少し誇らしげだった。


 軽い口調なのに、そこに子どもっぽさは微塵も感じない。

 終始言葉の端々に『大人の余裕』が感じられるからだろうか。


 ――私もこんなカッコよくて美しい大人になりたい。

 そんなふうに思いながら、「今の助言も、先日の王妃様をあの場に呼んだ事も、勉強をさせていただき、活かします」と答える。



 先日の、王妃様に現場を直接見てもらう戦法は、後から考えればかなり理に適っていた。

 そんな話をキリルお兄様から聞いて、私は「なるほど」と思ったのだ。


 続けて、お兄様曰く。


=====

 ああすれば、改めて説明する手間がないし、実際に見せられれば「その程度の指導、気にしすぎだ」とも言えないだろうね。


 王妃様の立場なら『あれは普通の指導よ』と庇い立てして揉み消すこともできたはずだが、そうして生まれた関係性の亀裂は取り返しがつかない。

 余程の能無しでない限りは、「そのような言い逃れをするよりも、あの場で彼女を紹介した自分の落ち度を認めた上で、先生を切ってしまった方が安全だ」と考えるんじゃないかな。


 まぁ、こういう交渉を持ち掛けるには、こちらにも「王妃様が能無しではない」という確信が必要だけどね。

 そういう意味で、今回の戦略は、王妃様の人柄をよく知り、願い出てその方が足を運んでくれるような関係性を今まで築けてきた、お母様にしかできない芸当だったんじゃないかな。

=====


 との事だった。



 お兄様は色々な事を考えている。


 たった三年弱の年齢差。

 しかしきっと『されど三年』なのだろう。


 ――私も、後三年もお勉強をすれば、そんなふうに物事を考えられる人になれるのかしら。


 そんなふうに思っていると、お母様が少し驚いたような顔になった。


「セシリアから聞いていなかったの? 『王妃様をあの場に立ち会わせるようにお願いしてほしい』と言ったのは、あの子よ?」

「え?」


 セシリーが?

 思わず驚いて目を見開く。



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