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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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選択の代償

Side:レオン

夜も更けた執務室は、冷えた空気だけが満ちていた。


レオンは婚約破棄を成立させた日から、ずっと胸の奥に薄い不安を抱えていた。


証言はすべて揃えた。エリシアやリリーナの証言、学園内の状況、積み上げられた事実。それらを元に正式な告発として提出し、カメリア・ローデリアとの婚約を破棄した。


だが、当のカメリアは何も言わなかった。


否定もしない。弁明もしない。ただ静かに、その決定を受け入れただけだった。

その無言が、なぜかレオンの中で引っかかり続けていた。


(……あれで、よかったはずだ)


公爵家に生まれた以上、自由など最初からなかった。何を学び、誰と会い、どの家と結ぶか。すべては家のために決められていく。


そんな窮屈な人生の中で、せめて婚約者くらいは、自分で選びたかった。


カメリアは優秀すぎた。冷静で、隙がなく、常に正しい判断をする。カメリアは兄とよく似ていた。昔から兄と比べられ、自分の未熟さを突きつけられるたびに、レオンの中には小さな劣等感が積もっていった。


その隙間に入り込んできたのがエリシアだった。


彼女は違った。優しく、寄り添い、レオンの言葉を否定しない。疲れた心をそのまま受け止めてくれる存在だった。


(これでいい。これが正しい選択だ)


そう思いかけた、そのときだった。

執務室の扉がノックもなしに重く開く。


「レオン」


低い声に、空気が一瞬で張り詰める。

そこに立っていたのは父だった。宰相として国政を担い、国王からも厚い信頼を受けるこの国の中枢。


その手には一通の書状があった。

見覚えのある紋章。カメリア・ローデリア家の封蝋。


「なんてことをしてくれたんだ」


静かな声なのに、怒気が抑えきれていない。書状が床に叩きつけられる。


「お前が勝手に破棄して良い縁談ではなかった。これでどれほどの損失と、貴族の中での信頼を失ったか分かっているのか」


レオンは初めて見る父の剣幕に息を呑む。

そこで初めて、貴族としての判断ではなく、自分個人のために動いていたことを自覚する。


「……父上、でもエリシアは僕を支えています。彼女は優しくて、僕の味方で……!」


言葉を重ねるほどに、父の目が冷えていく。


「だからお前は愚かだ」


一刀両断だった。


「カメリア嬢がどれだけお前を支えていたか分からないのか。分からないから、こんな真似ができる」


レオンは言葉を失う。

カメリアが、支えてきた部分。貴族としての自覚が薄いレオンを、陰ながら支えてきた。

父は続ける。


「カメリア嬢との婚約は、ただの縁談ではない。第一王子の基盤を固めるための政治的要だ。ローデリア家との結びつきがどれほど重い意味を持っていたか、理解していたはずだろう」


その言葉が、ゆっくりと胸に沈んでいく。


(政治……?)


「それを一時の感情で台無しにした」


沈黙が落ちる。レオンの中で、何かが軋む。

背中に冷たい汗が流れていく。父の言葉は、ゆっくりとレオンに罪の重さを刻み込んでいく。

父は一拍置いて、静かに言った。


「これはもう、家同士の問題ではない」


「第一王子派の均衡に関わる」


胸の奥にあった、薄い不安が、形を持ち始める。


「ローデリア家は表面上は受け入れた。だが、それは終わりではない。すでに別の動きが始まっている。お前にはこの件の当事者として、責任を取ってもらう」


その言葉が落ちた瞬間、レオンの顔から血の気が引いた。

数秒の沈黙のあと、膝から力が抜ける。

床に崩れ落ちるように座り込み、肩が震えた。


「……だったら最初から!最初からそう言ってくだされば良かったじゃないか! 私の意思など、最初からいらないと言ってくだされば——!」


理性が崩れたまま、言葉だけが転がる。気が動転した様子のレオンを見ても、父は同情すら浮かべなかった。ただ、息子の浅はかさに、一つため息を落とした。


「今からでも……今からでも婚約破棄をなかったことに出来ないでしょうか!?」


顔を上げたレオンの目は血走り、必死というより縋るようだった。


「カメリアは……まだ私を……愛しているはずだ!! だったら戻せるはずだ!!」


だが、その言葉は空気に沈んでいく。

父は一歩も動かない。ただ、物事の見通しが甘く、自分のことしか考えられないレオンを冷ややかに見下ろしていた。


「そんなことが罷り通ると思うか。一度切った縁を、感情ひとつで戻せるとでも?しばらくは、あの男爵令嬢にも近付くな」


その言葉に、わずかに肩が跳ねた。エリシアは、今のレオンにとって心の支えだ。エリシアまで失ったら、失ってしまったら。


「たかが男爵令嬢に踊らされて、この結果だ」


その視線が、冷たく突き刺さる。

その目は、兄と同じだった。常に正しく、常に期待の中心にいた兄。

レオンはずっと、あの視線の外側にいた。


(理由は分からなかったが、兄が家を離れた)


その空白ができたとき、初めて「自分にも順番が回ってきた」と思った。

カメリアとの縁談は、自分への期待の表れだと思っていた。なのに、それを自分で壊した。

今、自分に向けられている目は、あの頃と変わらない。


「……兄上を、兄上を呼び戻しましょう!兄上ならどうにかしてくれるはずだ!!」


父の眉がわずかに動く。だが、動揺ではない。

ただの確認だった。そして静かに言う。


「シルヴィオは、もう動いている」


その一言で、空気が終わる。

レオンは何も理解できないまま、項垂れることしか出来なかった。


ただ、自分だけが取り残されていることだけが、はっきりと分かった。

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