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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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夜の帰路と、見えない手


夜も更けきった頃、アルヴェスト商会は、すっかり静まり返っていた。


昼間は絶えず人と金と情報が行き交う場所も、今はランプの淡い光が机の上を照らすだけで、広い室内のほとんどは影に沈んでいる。紙の擦れる音も、人の気配もない。


その中で、ただ一人。

リナリアだけが机に向かっていた。


外套を羽織ったまま、帰ってきてすぐに座ったのだろう。設計図と帳面が広げられ、指先が紙の端を軽く押さえている。


視線は落ちているが、思考は止まっていない。


(情報は揃っている)


エリシアが意図的に仕掛けた接触。

香水もドレスも偶然ではなく、あの場で起こるように作られていた。


リリーナはそれを見ていた。

そして証言として形を整え、周囲に流した。


それを聞いた令嬢たちは、自分の記憶を曖昧なまま上書きし、見た気がする、という証言を積み上げていった。

筋は通っている。


だが、


(軽すぎる)


リナリアはゆっくりと息を吐いた。

ここまで、あまりに簡単に情報を集められた。

まるで、ここに答えがある、と最初から置かれているような感触。


(それに……)


なぜ、あの二人なのか。

エリシアとリリーナ。

役割としては成立している。だが、ここまで精密に組める存在かと言われれば違和感が残る。


(この二人だけで、ここまで整えられる?)


思考が、わずかに止まる。

そのときだった。


「……まだやってたのか」


低い声が、静寂を崩した。

リナリアは顔を上げる。

入口に立っていたのは、シルヴィオだった。


「こんな時間に、どうされたんですか?」


「それはこっちの台詞だ」


彼は室内に入り、リナリアの机の前まで来る。

その瞳には僅かな不機嫌さが滲み出ていた。


「商会の力は使うな、と言ったはずだが?」


静かな圧。

リナリアは視線を逸らさず答える。


「通常業務の範囲内です」


「お前の通常業務に、学園の催事設営は入ってないはずだが?」


即座に返ってくる正論。夜の冷気を纏ったシルヴィオは、決して嘘は見逃してくれない。

リナリアは小さく息を吐いた。


「……手を回しただけよ。業務そのものは正当だわ」


「言い訳としての理屈は通っているな」


それ以上は追及されない。

シルヴィオは視線だけで続きを促した。

リナリアは今日まで掴んだ情報を整理して言葉を落とす。


「エリシアという男爵令嬢が仕掛けてる。接触も、その後の混乱も全部意図的。リリーナはそれを見て、証言として整えてる。周囲はそれに乗った」


そこで一度切る。


「でも、それだけじゃない」


シルヴィオは黙っている。

リナリアは視線を帳面に落としたまま続けた。

先ほどまでの違和感を、そのまま口に出す。


「ここまでが簡単すぎるのよ。見つけさせるために置かれているみたいに」


シルヴィオがわずかに目を細める。


「それで?」


短く促される。

リナリアは顔を上げた。

不思議だ。昔から、シルヴィオに話すだけで、頭の中が整理されていく。


明確な線引きをしているはずなのに、リナリアの話を聞いて、助けてくれる。だからこの人を信頼して、頼りたくなってしまう。


「個人じゃない」


その言葉で、思考が一段深く沈む。


「誰かが、あの二人を使ってる」


そしてふと、視線がシルヴィオに向いた。


「……シルヴィオ、あなたどこまで知っているんですか?」


「さぁな」


静かな問い。

シルヴィオは肩をすくめる。既にリナリアが何で行き詰まっているのかを察している顔。


「帰るぞ」


「……は?」


「その顔で考えても、同じ場所を回るだけだ」


否定ではない。区切りだ。

リナリアは一瞬だけ考え、帳面を閉じる。


「……分かりました」



商会の外に出ると、夜の冷気が静かに肌を撫でた。

用意されていた馬車に乗り込み、向かいにシルヴィオが座る。


馬車が動き出すと、車輪の音だけが長く響いた。

窓の外には、等間隔に流れる街灯の光。沈黙は重くない。ただ、思考の余白になっていた。


「……やっぱり、引っかかる」


リナリアが静かに言う。


「エリシアとリリーナの動き、全部が揃いすぎてる。偶然にしては形が出来すぎてる」


シルヴィオはすぐには答えない。


リナリアは続ける。


「香水、ドレス、証言の流れ、噂の広がり方……全部同じ方向を向いてる。ここまで、物証も、証言も、リリーナとエリシアの企みも、全部簡単に揃いすぎました」


言葉が途切れる。


「でも、その先が見えないんです。誰が、何のためにここまでやったのか…」


その瞬間だった。シルヴィオが口を開く。


「では、考えろ。得をするのは誰だ」


それだけ。

リナリアの思考が一度止まり、シルヴィオの言葉をゆっくり反芻させて、そして動き出す。


「……得をするのは、誰か」


繰り返した瞬間、線が浮かぶ。シルヴィオはそれ以上言わない。ただ、続きを待つ。

リナリアはゆっくり息を吸った。


「ヴァルクス家と我が家は第一王子派の重要な家」


そこで一度止まる。

(第一王子派)

その単語が意味を持ち始める。


「婚約破棄そのものじゃない。その結果で何が動いた?」


シルヴィオが、思考を整理させるかのように静かに問い直す。

そして、


「……派閥」


その言葉で、全てが繋がる。


「婚約破棄で、第一王子派の一角が崩れた。これは恋愛の問題じゃない。勢力の削り合い」


リナリアの声は静かに鋭くなる。

シルヴィオはようやく目を向ける。


「やっとそこか」


「……最初から、分かってました?」


無言。肯定も否定もしない。だが、それで十分だった。


リナリアはもう一度整理する。


「この件で一番得をするのは——どの派閥?」


その問いに、シルヴィオは少し間を置く。

そして静かに言った。


「お前の考えてるところだろうな」


その一言で、答えは確定する。

リナリアは息を詰めていたことを思い出して、ゆっくりと息を吐く。窓の外の光が流れていく。


(これは個人の破滅じゃない。派閥の戦い)


やがて馬車がゆっくりと止まる。リナリアの屋敷の門が見えた。


「降りろ」


シルヴィオが差し出した手を頼りに、ゆっくりと馬車から降りる。

降りる前、リナリアは一度だけ振り返った。


「シルヴィオ、ありがとうございます」


シルヴィオは少しだけ目を細める。


「次は自分で辿り着け」


馬車はそのまま夜へと戻っていく。

リナリアは屋敷の前に立ち、静かに息を吐いた。



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