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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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最終話 祝福

王都でもっとも古い歴史を持つ大聖堂は、朝の光を受けて白く輝いていた。


高く伸びる尖塔。色鮮やかなステンドグラス。

幾重にも重なる鐘の音。王都中から、名だたる貴族たちが参列していた。



控室には、淡い花の香りが満ちていた。


磨き上げられた鏡の前へ座るリナリアを、侍女たちが最後の支度で整えていく。


純白のレース。繊細な銀糸の刺繍。長く床へ流れるヴェール。一切の乱れがないように。


そして、薄く傷跡の残る華奢な背中に、侍女が不安そうに視線を落とした。


「……本当によろしいのですか?」


このドレスなら、もっと隠すこともできた。けれどリナリアは、鏡越しに静かに微笑む。


「はい。隠したくないんです」


その声に、迷いはない。全てを受け入れ、覚悟を決めた、穏やかな声だった。


あの日負った傷は、確かに令嬢としては恥ずべきものかもしれない。けれど、後悔だけは一度もしたことがなかった。この傷があるからこそ、今、自分はここへ辿り着けたのだと思えるから。


すると後ろから、小さく鼻を啜る音が聞こえる。


「……お姉様?まだ式は始まっていないわ」


振り返れば、カメリアが既に目を真っ赤にさせてポロポロと涙を流し、目元を手巾で押さえていた。


「だって……こんなに綺麗になって……」


「もう」


苦笑すると、カメリアは泣き笑いのまま何度もリナリアの晴れ姿を見て頷く。


「綺麗よ、リナリア」


その言葉が、優しく胸へ落ちた。リナリアは少し照れたように微笑む。


「ありがとう」


今日は、結婚式だ。長い時間を経て、ようやく彼の隣へ立つ日。




厳かな鐘の音が鳴り響く。大聖堂の扉が、ゆっくりと開かれた。


瞬間。


ざわめきが止む。純白の光の中、リナリアは父に手を引かれ、一歩ずつ赤い絨毯を歩き出した。


ヴェールが揺れるたび、淡い光が零れる。純白のドレスが、一歩進むごとにまるで波のように揺れる。


息を呑む気配が広がった。美しい。誰もが、そう思った。


背中に残る傷痕さえ、今の彼女を損なうものにはなっていない。むしろ、その傷ごと誇るように、真っ直ぐ前を向いて歩く姿が、眩しいほど美しかった。


そして祭壇の前。


シルヴィオは、そんなリナリアから一瞬たりとも目を逸らせなかった。濃紺の瞳が、眩い光を見たかのように細められる。


ようやく。本当に、ようやく。彼女が自分の隣へ来る。


傷ついても、何度でも立ち上がり、最後には必ず前を向いた愛おしい人。その全てを、シルヴィオは誰より知っている。


リナリアが祭壇へ辿り着く。


視線が重なった瞬間、身体を包んでいた緊張が不思議なくらいなくなった。


「……綺麗だ」


小さく落とされた囁くような声に、リナリアが目を瞬き、照れたように微笑む。


「今、言いますか?」


「思ったから言った」


あまりにも自然で、リナリアは思わず笑ってしまう。厳粛な空気の中だというのに、シルヴィオはまるで緊張していないようだった。


神官の言葉が、静かに大聖堂へ響いていく。


永遠の誓い。


重ねられる言葉。


祝福。


その途中、不意に、リナリアの指先が小さく震えた。シルヴィオはそっとその手を包み込む。


「怖いか」


「いいえ」


リナリアは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに笑った。翡翠の瞳が、真っ直ぐにシルヴィオを映す。


「あなたの隣に、ようやく辿り着けたんですから」


その瞬間。シルヴィオの表情が僅かに崩れた。困ったように息を吐いて、どうしようもなく愛おしそうに目を細める。


「……ずるいな、お前は」


「ふふ」


指輪が嵌められる。銀の輪が、二人を永遠に結び付けた。


そして、祝福の鐘が鳴り響く中、シルヴィオはそっとリナリアへ口付けた。


壊れ物に触れるような、優しい口付け。けれどそこへ滲む執着も、愛情も、リナリアはちゃんと知っている。


大聖堂が拍手に包まれる。


第一王子派の貴族たち。アルヴェスト商会の人々。カメリア。アルベリク。皆が笑っていた。


ようやく辿り着いた幸福を、祝福するように。



式の後。


喧騒から少し離れた控え室で、リナリアは小さく息を吐いた。窓の外では、王都中へ鐘の音が響いている。


「……終わりましたね」


「まだ披露宴が残っている」


「そうでした……」


少し疲れたように笑えば、シルヴィオが当然のように肩を抱き寄せる。


リナリアはふと左手を見る。細い薬指には、シルヴィオと同じ銀の指輪。本当に夫婦になったのだと、ようやく実感が湧いた。


「……不思議です」


「何がだ」


「私が、シルヴィオの奥様になるなんて」


その言葉に、シルヴィオは一瞬だけ黙った。それから呆れたように目を細める。


「今更何を言っている」


「だって……」


言いかけた言葉は、そっと抱き寄せられて途切れた。耳元へ低い声が落ちる。


「最初から、お前を手放す気などなかった」


「ふふ、これからよろしくお願いしますね、旦那様」


心臓が甘く跳ねる。リナリアは顔を赤くしながら、くすぐったそうに笑った。そして静かに、彼の胸へ寄り添う。


王都の鐘が、祝福するように響いている。


傷も、痛みも、過去も。全てを抱えたまま、二人はこれから先を共に歩いていく。


その未来を祝福するように、光が優しく二人を包み込んでいた。



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