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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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公爵夫人の祝福

リナリアの怪我が完治して数日後。


ようやく医師より厳しい審査基準を持つシルヴィオからも外出許可が出たので、正式に礼を伝えるため、リナリアはカメリアと共にレイナード公爵家を訪れていた。


王都でも随一と名高い庭園では、色鮮やかな薔薇が咲き誇っている。柔らかな風に花弁が揺れる中、東屋で待っていたレイナード公爵夫人は、二人の姿を見るなり、ふっと目を細めた。


「本日はお時間をいただき光栄でございます」


「よく戻りましたね、カメリア」


穏やかな声音だった。けれど、レイナード公爵夫人の言葉には、それだけで不思議な重みがある。カメリアは応えるように静かに頭を下げた。


「……妹を、沢山助けていただいたと伺いました」


「お礼を申し上げるのが遅くなってしまい、申し訳ありません」


リナリアも続けて頭を下げる。レイナード公爵夫人は二人に着席を促し、ニコリと庭に咲く薔薇のように優雅に微笑む。


「まずは、リナリア嬢。あの場での振る舞い、見事でした」


「あ、ありがとうございます。夫人にご協力いただけたおかげです」


「怪我の具合は?あの男が治ってもないのに外に出すとは思わないけどね」


あの男、とはシルヴィオのことを指しているのだろう。リナリアは苦笑いを浮かべてシルヴィオの献身を思い出す。


「ふふ。おかげさまで、元気になりました」


「あんな場面見てしまうと、最悪を想像してしまったけれど、無事で何よりよ」


レイナード公爵夫人はリナリアの微笑みに安心したように頷き、視線がカメリアへ向いた。穏やかな空気が変わる。


「カメリア」


張り上げたわけでもない、静かに名前を呼ばれただけで、カメリアの背筋が自然と伸びた。


「あなたはもう、自棄を起こしてはいけないわよ」


鋭い視線を向けられたカメリアが、蜂蜜色の瞳を揺らす。


「事の発端はエリシアだったとしても、先に諦めたのは、あなた自身よ」


「……はい。わたくしの弱さのせいで……大切な妹を傷つけてしまいました」


その声には、深い悔恨が滲んでいる。脳裏に、あの日の血塗れになったリナリアの姿が浮かび、唇を噛み締める。けれどレイナード公爵夫人は慰めなかった。


「次、あなたが諦めれば、傷つくのは国民たちよ。次期王妃としての自覚を持ちなさい」


その言葉は重い。王妃の妹であり、公爵夫人として長く社交界を支えてきた女性だからこそ、その一言には現実の重みがあった。


カメリアは深く頭を下げる。


「……肝に銘じます」


「リナリア」


「はい」


「あなたはこれから、わたくしと同じ立場になるのね」


その意味を理解し、リナリアは僅かに目を見開いた。王妃を支える、公爵夫人。つまり、未来のヴァルクス公爵夫人として。


「カメリアを支えてあげなさい」


先程までの厳しさとは違う、優しい声音だった。リナリアは力強く頷く。


「はい!」


レイナード公爵夫人はそんな二人を見て、柔らかく微笑んだ。


厳しい人だと思っていた。けれど、その厳しさは切り捨てるためではなく、立つべき場所へ導くためのものなのだと、今なら分かる。


「カメリア。妹の捨て身の献身には、きちんと報いなければいけないわよ」


「そうですね。でも、リナリアがいてくれるなら、私は何度でも立ち上がれます」


カメリアが柔らかく笑った。その空気が少し和らいだ頃、リナリアは持ってきていた白い封筒を取り出す。


「……あの」


「?」


「これを」


差し出された封筒を受け取り、レイナード公爵夫人が首を傾げる。開いた瞬間、ふっと目を細めた。


「招待状……」


「結婚式の招待状です。ようやく日取りが決まりました……参列していただけますか?」


貴族として社交界に戻った時、一番最初の壁となったのがレイナード公爵夫人だった。以前は、目の前に立つだけで、身が竦むような緊張があったけれど、今は直接招待状を渡したい、自分の成長を見てほしいと思う存在になった。


庭園の花にも負けないほど艶やかな笑みが咲いた。


「ふふ。えぇ、喜んで」


「……!」


リナリアとカメリアが顔を見合わせ、嬉しそうに微笑む。その様子を見て、公爵夫人もどこか楽しげだった。


「それにしても」


幸せそうに微笑むリナリアへ、レイナード公爵夫人の興味深そうな視線が向く。


「あなた、シルヴィオのどこが好きなの?」


「……えっ」


「昔から知っているけれど、女性に優しい性格ではないでしょう、あの子」


あまりにも直球な問いに、リナリアの顔が動揺を隠しきれず、一気に熱くなる。


「まぁ、素直な反応」


クスクス笑う公爵夫人に、リナリアは完全に狼狽えた。まさか、レイナード公爵夫人と恋愛話をするとは思わない。心の準備が全く出来ていなかった。


「あ、あの……シルヴィオは……」


ちらりとカメリアを見るが、面白そうに見守っているだけで助ける気はないらしい。逃げ場がなかった。


「元々、商会にいた頃からの上司で……頭が良くて、判断が早くて……力の使い方を分かっている人でした」


観念したリナリアが、自分の中の気持ちを整理するようにポツポツと話し始める。シルヴィオの話をすると、自然と声が柔らかくなっていく。


「婚約も、最初は契約みたいな形で始まったんです。でも、私が貴族の中で戦えるように、沢山のことを教えてくれて……」


思い出す。厳しく、容赦なく、それでも見捨てず導いてくれた日々を。


「優しく支えてくれました。彼は、優しい人です。シルヴィオのおかげで、私はお姉様の名誉を取り戻せました。かけがいのない、大切な人です」


リナリアが、シルヴィオの姿を思い出したかのように、柔らかく微笑む。レイナード公爵夫人は、その表情を見てふっと笑う。


「……シルヴィオのことを、愛しているのね」


「っ……!」


顔が更に熱くなる。素直で初々しい反応に、レイナード公爵夫人は笑いが止まらない。あの冷酷無比と言われるシルヴィオを、優しいと形容できるのは、リナリアだけだ。


そしてレイナード公爵夫人は、楽しそうにリナリアの後ろへ視線を向けた。


「ですってよ」


「……え?」


「あら?殿下」


「良いものを聞かせてもらったな」


その言葉に、リナリアが弾かれるように勢いよく振り返る。そこには、笑いを堪えきれていないアルベリクと、その隣で静かに立つシルヴィオがいた。


「シ、シルヴィオ…!?」


「迎えに来た」


平然と返される。来るなんて聞いていない。けど、それ以上に、今のを聞かれていた。リナリアの顔から一気に熱が噴き出した。


「叔母上も、お久しぶりですね。シルヴィオが迎えに行くと言うから、私もついて来てしまいました」


アルベリクがレイナード公爵夫人とにこやかに挨拶を交わす。そう言いながら自然な動作でカメリアの手を取り、その甲へ口付けた。


「……まぁ」


カメリアが嬉しそうに微笑む。一方リナリアは、それどころではなかった。今の話、どこから聞かれていたのか。恐る恐るシルヴィオを見る。


照れているのか、それとも何とも思っていないのか、表情を読ませてくれない。


「帰るぞ。まだ病み上がりだ」


「さぁ、迎えが来たようですからね。帰りなさい、二人とも」


差し出された手に、リナリアは素直に手を乗せる。レイナード公爵夫人が楽しそうに微笑む。


「リナリア。式を楽しみにしていますよ」


「はい!」


二人は礼をして、レイナード公爵家を後にした。そしてそれぞれの馬車へ乗り込む。


向かいではなく、隣に座ったシルヴィオから、微かにいつもの香りがした。リナリアはまだ熱の引かない顔のまま、小さく笑う。


「……迎えに来てくださって、ありがとうございます」


「あぁ」


短い返事。けれど、こちらを見ない。よく見ると、無表情を貫いているけれど、シルヴィオの耳だけが、赤い。


その事実に、胸がきゅっと甘く締め付けられる。もしかして、照れている?あのシルヴィオが?


「シルヴィオ」


「なんだ」


横目でリナリアを見つめるシルヴィオの服の袖をそっと掴んだ。リナリアが、内緒話をするように耳元に口を寄せる。


「好きです」


「…………」


囁かれた言葉に、ぴたり、と空気が止まる。そろそろとシルヴィオの顔を覗き込む。シルヴィオが完全に固まっていた。耳どころか、僅かに首筋まで赤い。


「……お前」


低い声。けれど怒っているわけではない。むしろ困っている。その反応が嬉しくて、リナリアはくすっと笑った。


すると、ぐい、と腕を優しく引かれて、シルヴィオの胸に閉じ込められる。


「きゃっ」


「外でああいう話をするな」


「だ、だって、レイナード公爵夫人に聞かれたので…」


「そういう問題じゃない」


顔を見られたくないのか、シルヴィオの腕が緩むことはなかった。滅多に見れないシルヴィオの照れた顔を見たいと思う気持ちはあるけれど、リナリアは彼の胸に額を預けながら、小さく笑う。


すると頭上から、諦めたような溜息が落ちてきた。


「……本当に、お前には敵わないな」


その声は、どこまでも甘かった。 

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