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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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迎えられる

ヴァルクス公爵家へ移ったのは、リナリアの怪我が少し落ち着いてからだった。本来ならローデリア家へ戻る予定だったのだが。


「却下だ。まだまともに歩けないだろう」


「でも、これ以上ご迷惑をお掛けするわけには…当家でも充分対応出来ますし……」


「お前は、これ以上私の隈を濃くしたいのか」


それを言われたらリナリアは何も反論出来なくなる。ただでさえ、ずっとリナリアに付きっきりで深く眠れていないのだ。リナリアの拒否権はなく、公爵家行きが決定した。


それからのシルヴィオは、もはや過保護を通り越していた。包帯の交換も、薬を塗るのも、食事を運ぶのも全てに対応する。仕事も寝室へ持ち込ませ、長椅子に書類を積み上げて処理していた。


リナリアが少しでも身体を起こせば、書類を置き、即座に背中を支えにやってくる。


「何かいるか」


「自分で取りに行きます…!」


「駄目だ」


シルヴィオの即答に、怪我も回復してきたリナリアが寝台から降りようとするが、門番の如きシルヴィオが立ち塞がる。


「お医者様も大丈夫だと……」


「医者はすぐ大丈夫と言うからな」


淡々と返しながら、シルヴィオは薬を塗った指先で、そっとリナリアの腕へ触れる。皮膚に残る赤い線のような傷跡と、階段から落ちた時の痣は、まだ薄く残っていた。


以前ほど痛みはない。それでも痕を見る度、シルヴィオの表情は僅かに曇る。その顔を見ると、リナリアは強く拒めなかった。


三日間、自分が眠ったままだった間。彼がどんな顔で傍にいたのか、もう知ってしまったから。


それに。こんな風に大切にお世話されるのは、少し、いや、かなり嬉しい。


「……シルヴィオ」


「ん?」


「過保護ですね」


リナリアが笑いながら言うと、シルヴィオは一瞬黙り込んで、それから小さく息を吐いた。


「……自覚はある」


妙に真剣な声音に、リナリアは堪えきれず吹き出した。


 


数週間後。怪我もかなり良くなった頃、リナリアはシルヴィオの父である、ヴァルクス公爵家当主と顔を合わせることになった。現宰相でもある、この国の重鎮。


応接室へ向かう間、リナリアの胸はずっと落ち着かなかった。商会で働いていた経歴、令嬢らしからぬ行動、そして、この身体に残るかもしれない傷跡。


自分のしてきた選択に後悔はない。シルヴィオは受け入れてくれている。けれど、由緒正しい公爵家は別だ。


もし当主に否定されたら――。


「そんな顔をするな。大丈夫だ」


隣を歩くシルヴィオが、そっとリナリアの手を握る。落ち着かせるような低い声と手の温もりに少しだけ肩の力が抜けた。

 

応接室へ入ると、壮年の男性が書類から顔を上げた。黒髪に濃紺の瞳、年齢を重ねても鋭い美貌は、シルヴィオによく似ている。だが纏う空気は、息子より幾分柔らかかった。


「初めまして、ヴァルクス公爵閣下。リナリア・ローデリアと申します。長らくお世話になっていたにも関わらず、ご挨拶もせず申し訳ありませんでした」


リナリアは緊張を押し隠しながら頭を下げる。公爵はその姿を見て、気さくに笑った。


「あぁ、いい。こちらも忙しくて顔を出せなくてな。むしろすまなかった」


予想外に柔らかい声音に、リナリアが瞬きをする。頭を上げ、穏やかな濃紺の瞳と目を合わせる。


「怪我の具合はどうだ?」


「お陰様で、もう随分良くなりました」


「そうか。それなら良かった」


穏やかな言葉。けれどリナリアの緊張は解けず、表情の強張りが取れることはない。シルヴィオの隣を歩けなくなる未来を想像して、リナリアはギュッと手を握り込む。


すると公爵は、ふと首を傾げた。


「それで?いつ結婚するんだ?」


「……はい?」


「結婚するんだろう?式を挙げることを考えると、そろそろ話を詰めないといけないだろう」


予想外の言葉に、一瞬思考が止まる。隣のシルヴィオだけが平然としていた。当然みたいに返され、リナリアは完全に固まった。


「お、お待ちください。あの、許可して頂けるのでしょうか?」


「何がだ?」


「その……私、傷も残るかもしれませんし……過去の経歴はご存知でしょうか?商会で働いていましたし、公爵夫人としては相応しくないのでは、と……」


自分で言いながら、背中に冷や汗が流れる。けれど、黙ってて良い問題でもない、と覚悟を決める。すると公爵は一瞬きょとんとして、


「ははは!」


シルヴィオによく似た風貌で、豪快に笑った。手にしていた書類を机に置き、愉快そうな瞳でリナリアを見つめる。


「何を言うかと思えば」


「……え?」


「今回の件はシルヴィオに聞いてる。本当によく動いてくれた。元はと言えば、うちの次男坊があの男爵令嬢に唆されたのが発端だ。ローデリア家には感謝しかない」


リナリアが目を瞬かせる。達成感と怪我の影響で忘れていたが、シルヴィオの弟、レオンはどうなったのだろう。


「あの……レオン様は……?」


「あぁ。妻のいる領地で謹慎中だ。まぁ、あの男爵令嬢とは完全に縁が切れたから、除籍まではしていないがな。貴族として至らない所を鍛え直すつもりだ」


呆れたように肩を竦め、公爵は苦笑した。そして何か思い出したように笑う。


「シルヴィオの母親も、君みたいによく動く女でな。領地経営なんかはほとんど妻に任せてる」


「……え?」


「親子で好みは似るんだろう」


リナリアは呆然とした。もっと厳しい叱責を覚悟していた。ないのに返ってきたのは、否定ではなく受容だった。


知らず握り締めていた手の力が、ゆっくり抜けていく。そんなリナリアを見て、公爵はふっと笑う。


「むしろ、こんな息子の相手が出来るのは君くらいだろう」


「父上」


シルヴィオが低く制止する。普通の人間ならここで口を閉ざすが、公爵は全く気にしない。


「息子を頼むよ、リナリア嬢」


その声音は、もう未来の家族へ向けるものだった。リナリアは胸の奥が熱くなるのを感じながら、小さく頷く。


「……はい」


すると隣のシルヴィオが、リナリアの肩をそっと抱き寄せた。


「父上。すぐにでも結婚したいのですが」


「あぁ。好きにしなさい。お前なら大丈夫だろうが、関係各所への根回しは怠るなよ」


公爵は軽く頷く。それだけ言うと、公爵は山積みの書類を持って立ち上がった。


「じゃあ私は仕事に戻る。すまないが立て込んでいてね。二人とも仲良くな」


嵐みたいに去っていく背中を、リナリアはぽかんと見送る。何故今まで会う機会が中々作れなかったか、今察することが出来た。


扉が閉まった後、静まり返った室内で、リナリアはゆっくりシルヴィオを見上げた。


「……お父様、シルヴィオに似ていますね」


「あぁ」


「あんな風に笑うシルヴィオは想像つきませんけど」


「心外だな」


少し不服そうな声に、リナリアはくすりと笑った。それから、知らず知らずのうちに力の入っていた身体から、力を抜く。


「少しだけ、安心しました。拒まれなくて、良かったです」


次の瞬間には、そっと抱き締められていた。傷へ触れないよう、優しく。


「……だから言っただろう」


「ふふ、シルヴィオの言う通りでしたね」


低い声が耳元へ落ちる。リナリアは目を細め、そっと彼の服を握った。もう、不安はなかった。


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