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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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勝利の果てに

全てが、終わった。

エリシアは衛兵に押さえ込まれながらも、なおも喚き散らしている。


「違うっ……! 私は悪くない!! 悪いのは全部あの女よ!!」


だが、その叫びを聞く者はもう誰もいなかった。次々と提出された証言。暴かれていく偽証。そして、カメリアの潔白。


会場には重苦しい静寂が落ちる。その中で、アルベリクが、堂々とカメリアの手を取った。


「改めて宣言しよう。私は、カメリア・ローデリアを生涯の伴侶として望む」


カメリアは一瞬だけ目を見開き、そして、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。その微笑みは、今まで浴びてきた悪意も中傷も、全て洗い流してしまうほど美しかった。


「……はい」


「これ以降、彼女の名誉を傷付ける者がいれば、私が許さない」


それは、次期国王となるアルベリクによる、本気の牽制だった。その言葉を聞いて尚、彼女を陥れようとする者はいないだろう。


歓声が上がる。貴族たちは一斉に拍手を送り始めた。会場の誰もが、絵画から抜け出してきたかのような美しい二人に祝福を送る。


第二王子派は終わった。エリシアの捕縛と共に、その派閥は完全に瓦解する。それはつまり、第一王子派の勝利だった。


リナリアは少し離れた場所から、その光景を見つめる。


(……終わった)


胸の奥に、深い安堵が広がる。やっと、やり遂げた。姉の名誉を取り戻せた。ローデリア家を守れた。第二王子派の陰謀を、止められた。


ずっとそばにいてくれたシルヴィオの隣に行きたくて、その姿を探す。


「シルヴィオ!」


誰よりも安心出来るその姿を見つけて、本当に一瞬だけ。リナリアは、気を抜いてしまった。


 ――その瞬間。


「っ!!」


ドンッ、と。

突然、背中に凄まじい衝撃が走った。誰かに押された。そう理解した時には、遅かった。


視界が傾く。


身体が浮く。


足元が消える。


重力が、身体を引き摺り落とした。


リナリアに呼ばれて振り返ったシルヴィオの瞳が大きく見開かれて、手が伸びる。


「リナリアッ!!」


初めて聞く、シルヴィオの切迫した声。伸ばされた手を掴もうとした。


リナリアの身体は、そのまま大階段へと投げ出されていた。


ガンッ――!!


最初に肩が段に叩きつけられる。次に頭。鈍い音が響き、黒髪が大きく散った。


「ぁ――……っ!」


息が、抜ける。


身体が止まらない。


階段を、転がる。


ドンッ、ガンッ、と嫌な音が続き、細い身体が人形のように弾み、何度も石段へ打ち付けられていく。


会場中から悲鳴が上がった。


「きゃああああ!!」


「止めろ!!」


「医師を呼べ!!」


最後に鈍い音を立てて、リナリアの身体が階下へ投げ出された。ぴくりとも動かない。


広がる黒髪は血で濡れ、艶やかな絹糸のようだった髪は、べっとりと赤を吸って肌へ貼り付いている。


「リナリアッ!!」


シルヴィオが階段を駆け下りる。息が止まりそうだった。落ちていく姿が、やけにゆっくり見えた。


一段、また一段。小さな身体が石段へ叩きつけられるたび、赤が散る。


(……失う)


脳裏に浮かんだのは、その言葉だった。こんな一瞬で。こんな、あっけなく。自分はリナリアを失うのか、と。


絶望で、視界が歪む。


シルヴィオは膝をつき、ぐったりした身体を抱き上げた。


「リナリア!!目を開けろ!!」


返事はない。細い身体から、力が抜け切っている。


どこから流れたか分からない血が、シルヴィオの手を、腕を、濃紺の礼装を赤く染めていく。


今夜のために仕立てたリナリアの夜空のようなドレスが、リナリア自身の血を吸い、どす黒い赤へ変わっていく。


血で濡れた黒髪が、シルヴィオの服に絡み付いた。


生暖かい。嫌になるほど、生々しい。


「揺らすな!!」


駆け寄ってきたアルベリクが、リナリアを抱くシルヴィオの肩を掴んで叫ぶ。


「頭を強く打っている!医師だ、早く!!」


「リナリア!リナリア!シルヴィオ様、リナリアは!?意識は…!?」


「リナリア、しっかりしろ……!」


呼吸はある。だが浅い。瞼は閉じたまま、白い肌から、どんどん血の気が失われていく。


どうしようもなく怖かった。恐怖で震えるなど、シルヴィオの人生で初めての経験だった。


腕の中から、命が零れ落ちていく。


「あなたが悪いのよ!!」


甲高い声が響いた。シルヴィオが顔を上げる。

そこには、衛兵を振り払ってリナリアの背中を押したエリシアがいた。


髪を振り乱し、目を見開き、正気を失ったように叫んでいる。


「私の人生は完璧だったのに!!全部、全部あの女が壊したのよ!!」


「捕えろ!!」


衛兵たちが再び押さえ込む。それでもエリシアは口を大きく開けて、本当に楽しそうに笑った。


「あはははははっ!!」


壊れたような笑い声。そして、彼女はシルヴィオを見つめる。ぞっとするほど甘い声で、エリシアは囁く。


「ねぇ、公爵様。あなたも、大切なものを失えばいいわ」


その瞬間。シルヴィオの中で、何かが切れた。その瞳に宿るのは、凍えるような殺意。


空気が張り詰めた。エリシアの笑みが、一瞬だけ引き攣る。シルヴィオは静かに、だが底冷えする声で言った。


「……地獄を、見せてやろう」


エリシアの顔から、血の気が引いた。その直後。


「公爵様! 医師の準備が!」


呼び声に、シルヴィオは振り返る。

リナリアが運ばれていく。血に濡れたまま。ぴくりとも動かないまま。シルヴィオはその手を最後まで離せなかった。


ようやく終わったはずの夜は、最悪の形で幕を閉じた。

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