終幕
会場は、静まり返っていた。誰一人として声を上げない。
壇上の中央。黒いドレスを纏ったカメリア・ローデリアは、静かに立っていた。自分を陥れたと、証言を捏造したと聞いてもなお、その佇まいが乱れることはなく、誰よりも、凛としていた。
一方で、エリシア・マーライズは、顔面蒼白になっていた。もう、反論できない。証言も。証拠も。全て揃ってしまった。自分たちが積み上げてきた嘘は、完全に崩れ去ったのだ。
「……っ」
震える唇を噛み締める。そして。ようやく、絞り出すように口を開いた。
「……申し訳、ございませんでした……」
項垂れるように、絶望したエリシアの口から、か細い謝罪が漏れたその瞬間。
ふ、と小さく笑った声が響く。リナリアがシャンデリアの光を反射した艶やかな黒髪を揺らしながら、翡翠の瞳を細める。その目は、ひどく冷えていた。
「……まぁ」
鈴を転がしたような、柔らかな声音。けれど、そこに温度はない。
「貴族令嬢の名誉を不当に踏みにじっておいて、まさか謝罪だけで済むとお思いで?」
その苛烈さに、会場中がリナリアの怒りを知る。エリシアの肩が跳ねた。その瞬間だった。
エリシアが、縋るように視線を彷徨わせる。そして、会場の端でずっと気配を消すように立っていた青年を見つけた。
「……レオン様!!助けてください!!私は、ただ!あなたと一緒にいたくて!!」
叫ぶ。まるで、最後の救いを求めるように。だが、レオンはただ静かに彼女を見つめていた。その顔からは、いつもの甘さが消えている。
「……全部、嘘だったんだな」
エリシアが息を呑む。自分が信じていたエリシアの全てが嘘だった。その事実にただ、レオンは絶望する。
「カメリアのことも、俺に言っていたことも。全部」
レオンの声音は、掠れていた。信じたかった。愛していると思っていた。だが現実は、あまりにも醜い。
「ち、違っ……」
「違わない」
レオンは苦しげにエリシアを拒絶するかのように目を伏せる。その言葉に、エリシアの顔が歪む。
「でも!あなたは、私を愛していますよね!?だって、私のためにカメリア様を捨てたんですから!!」
会場が息を呑む。その瞬間、静かで冷酷な声が空気を裂いた。
「——レオン」
全員の視線が向く。立っているだけで、周囲の人間を傅かせるような気迫を纏い、シルヴィオが静かに立っていた。
「その女の手を取ることを、ヴァルクス家は許さない」
実の弟に感情すら見せず、静かに歩みを進める。コツコツと、静まり返った会場に、磨かれた革靴の足音だけが響き渡る。
「もし手を取るなら、除籍だ」
空気が凍り付いた。レオンが息を呑む。ヴァルクス家からの除籍、それはつまり、地位も、権力も、未来も失うということだ。
「っ……」
レオンの手が震える。葛藤がある。騙されていたとしても、レオンの心の隙間を埋めてくれたのは、それでもエリシアだ。
エリシアを取るか。家を取るか。迷いながら、それでも彼は、ゆっくりとエリシアへ手を伸ばした。
「……一から、やり直そう。エリシア、すべて」
——ぱしっ。
乾いた音。伸ばされた手は、助けを求めたエリシア本人の手によって拒まれる。
「……エリシア?」
レオンが呆然と呟く。すると、エリシアは、涙に濡れた顔のまま叫んだ。
「やめて!!公爵家でもないレオン様なんて、いりません!!」
誰もが、言葉を失った。レオンの顔から、完全に血の気が引く。エリシアは泣き叫ぶように続けた。
「っ、だって!!だってだってだって!!公爵家じゃないと意味がないもの!!私は言われた通りにやったのに!!全部手に入れて!!一番キラキラした場所で笑いたかったのに!!」
崩れ落ちるその姿に、誰も同情できなかった。レオンは、ただ呆然としていた。自分が愛していたものが、何だったのか。今ようやく理解してしまったから。
そんな中、リナリアが静かに口を開く。翡翠の瞳に、僅かな同情を込めて。
「……関係を、清算されることをおすすめ致します」
レオンが膝から崩れ落ちる。啜り泣くような声が、会場を揺らす。
そして、その場を締めるようにアルベリクが前へ出た。その姿に、空気が張り詰める。
「エリシア・マーライズ。カメリア・ローデリアへの証言の捏造、並びに名誉毀損の疑いにより、拘束する」
絶望がエリシアの顔を染める。
「捕えろ」
アルベリクの合図と共に、控えていた衛兵たちが動いた。
「い、いやっ……!」
エリシアが必死に暴れるが、武官の力には敵わず、後ろ手に縄が掛けられる。会場中が、その光景を見つめていた。
そして、カメリアが、静かにエリシアをを見る。
長かった。本当に、長かった。傷付いた心を見ないふりをして、笑われていることに気づかないように屋敷に閉じこもって。怯えて。眠れない夜を何度も過ごした。
けれど、それももう終わる。
「カメリア様ぁ!っ…も、申し訳ありませんでした!!だからどうか!お許しを!!」
「いいえ。わたくしのために怒ってくれた人達がいるわ。だから、わたくしはもう自分を傷付ける人を、許さないわ」
穏やかな声色だった。怒鳴りもしない。恨み言も言わない。だからこそ、エリシアには死刑宣告のように何より重く響いた。
衛兵に連れて行かれていく背中を見送りながら、リナリアは、そっとカメリアを振り返る。
黒いドレスを纏った姉は、もう俯いていなかった。
「これで、ようやく終わりですね」
リナリアは翡翠の瞳を細め、静かに息を吐いた。




