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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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再臨

王城へ向かう馬車の中は、不思議なほど静かだった。規則正しく響く車輪の音だけが、夜の石畳をなぞっていく。


向かいに座るシルヴィオは、窓の外へ一度視線を流したあと、静かにリナリアへ目を向けた。


「緊張しているか?」


低く落ち着いた声。その問いに、リナリアは一瞬だけ目を瞬かせふっと微笑んだ。


「いいえ。この日の為に、頑張ってきたんですから」


迷いのない表情だった。その表情を見たシルヴィオが、わずかに目を細める。かつての彼女なら、社交界の中心へ向かう夜は、少なからず硬さを見せていただろう。


けれど今のリナリアには、不思議な静けさがあった。覚悟を決めた者だけが持つ、芯のある落ち着き。


シルヴィオの視線が、自然と彼女の装いへ向く。今夜のリナリアが纏うのは、深い濃紺のドレス。胸元には上品なパールが散りばめられ、裾には夜空の星屑のような細かな宝石が静かに煌めいている。


華美ではない。だが、その一つ一つが、彼女の美しさを際立たせていた。白い肌に映える黒髪。胸元で揺れる濃紺の宝石のネックレスが、まるで夜そのものを閉じ込めたように深く輝いている。


余計な装飾など必要ない。その瞳に宿る強さだけで、充分だった。


「……綺麗だな」


「ありがとうございます」


ぽつりと零れた言葉に、リナリアが少しだけ目を見開き、くすりと照れくさそうに笑った。どこか柔らかなその笑みに、シルヴィオもまた小さく息を吐く。


やがて、馬車がゆっくりと速度を落とした。王城へ到着したのだ。扉が開かれる。眩い光と、華やかな音楽が二人を迎えた。今夜の会場は、王族主催の夜会に相応しい豪奢さだった。


高い天井から下がる巨大なシャンデリア。磨き上げられた大理石の床。色とりどりのドレスを纏った貴族たち。優雅な弦楽器の音色が流れ、笑い声と談笑が空間を満たしている。


だが、シルヴィオがリナリアをエスコートし、会場へ足を踏み入れた瞬間、ざわめきが静かに途切れた。


「……っ」


誰かが息を呑む。ざわめいていた会場が、一瞬、静まり返った。まるで夜を切り取ったような二人だった。あまりにも完成された光景に、誰もすぐには声を出せない。


視線が集まる。ただ立っているだけで、空気を支配してしまうほどに。


「……あれが」


「ヴァルクス公爵家の……」


「婚約者はローデリア家の妹だったか?」


小さなざわめきが広がり始める。だが、それすら前触れに過ぎなかった。


リナリアは笑顔を崩さず階段を登る。家を出る前に見た姉の姿を思い出す。絵画から抜け出した女神のような美しさに。あの姿を見て、息を飲まない者などいない。きっと誰もが道を開ける。


再び、会場入口が開かれる。


そして、現れた姿に、空気が大きく揺れた。


騒めきが一気に広がる。誰もが目を見開いた。エスコートしているのは、第一王子アルベリク。


その事実だけでも十分に衝撃だった。だが、人々の視線を奪ったのは、その隣を歩く令嬢。


カメリア・ローデリア。


彼女が纏っていたのは、黒のドレスだった。喪を思わせるほど深く。けれど、誰よりも気高い黒。余計な甘さなど一切ない。


光を拒むような漆黒の生地が、彼女の淡い金色の髪を際立たせ、蜂蜜色の瞳に圧倒的な存在感を与えていた。


まるで、


――もう二度と、誰にも穢させない。


そう宣言するかのように。


「カメリア様がなぜ!?」


「謹慎処分ではなかったのか……!?」


「なぜ殿下と共に……」


「まさか、あの噂は……」


戸惑いと混乱が広がる。だが。そんな視線など存在しないかのように、カメリアは静かに微笑んでいた。


背筋を伸ばし。優雅に歩き。一歩たりとも揺るがない。かつて、完璧な淑女と称えられた令嬢。


その姿が、今ここにあった。


あの頃よりもなお、美しく。カメリア・ローデリアは、再び、社交界へ舞い戻った。



その一方で、会場の隅では、元第二王子派の令嬢たちが明らかに動揺していた。


「な、なんで……」


エリシアの顔から血の気が引いている。隣にいたリリーナも強張った表情のまま、カメリアから視線を逸らせなかった。


あり得ない。カメリア・ローデリアは、自分たちの策略によって、社交界から消えたはずだ。あの一件で終わったはずなのだ。それなのに。


なぜ王族主催の夜会へ招かれているのか。なぜ第一王子自らエスコートしているのか。なぜ、あんなにも堂々としていられるのか。


エリシアの指先が小さく震える。胸の奥を、嫌な予感がじわじわと這い上がっていく。


まるで、何かが、始まってしまう。そんな感覚だった。だが、その不安を振り払うように、エリシアは唇を噛み締める。


(……大丈夫よ)


証言は揃っている。あの場には令嬢達もいた。自分一人の言葉ではない。今さら覆るはずがない。


そう、自分へ言い聞かせる。けれど。


その時点で既に、盤面は大きく覆されていることに、彼女達はまだ気付いていなかった。


リナリアによって選ばれた令嬢達は、既に別室で待機している。


今夜の為に。全てを、終わらせる為に。


やがて、階段を登り、会場の中央まで進んだアルベリクが、静かに一歩前へ出た。


それだけで、会場の空気が張り詰める。王族としての圧倒的な存在感。そして、隣のカメリアへ会場中の視線が降り注ぐ。


自然と音楽が止み、貴族達も口を閉ざしていく。完全な静寂。その中で、アルベリクの低くよく通る声が響いた。


「今宵は、皆に報告がある」


誰も息をすることすら忘れたように、彼を見つめている。アルベリクは隣に立つカメリアへ視線を向け、それから真っ直ぐ前を見据えた。


「私、アルベリク・フェルディナントと、カメリア・ローデリアは、婚約する」


空気が、止まった。騒めきすら起きない。


王太子であるアルベリク。そして、醜聞によって社交界から姿を消したはずのカメリア。


その二人の婚約。誰もが言葉を失っていた。

カメリアは静かに微笑んでいる。その姿には、後ろめたさや動揺は一切見られない。


アルベリクは会場を見渡し、それから静かに続けた。


「……だが、その前に」


低い声が落ちる。アルベリクは静かに全体を見回す。これ以上の何が起きるのかと、貴族たちは周囲と目を見合わせる。


「彼女について流れている噂を、耳にしている者も多いだろう」


息を呑む気配。第二王子派の令嬢達の顔が強張る。アルベリクは一切視線を逸らさず、静かに告げた。


「その件について、少々時間をもらいたい」


そう言って。アルベリクは、会場の端へ静かに視線を向けた。


その先には、濃紺のドレスを纏ったリナリア・ローデリアが、静かに立っていた。


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