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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第三章

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見ていない者の罪


王宮の庭園は、春の陽射しを受けて静かに輝いていた。色とりどりの花々が咲き誇る中、白い大理石で作られた四阿には、三人の姿がある。


アルベリクは、紅茶のカップを片手に、向かいに座るリナリアへ視線を向けた。


「それで?パーティー開催に向けた準備は、どうだ?」


「今のところ順調です」


穏やかな声の問いに、淑女らしく穏やかな微笑みを浮かべながら、先日までのお茶会の報告をする。


「元第二王子派の令嬢方から、証言の裏付けが取れております」


「ほう?どの程度まで?」


「周囲の印象と誘導によって話が膨らんでいたことは、かなり明確になっております。加えて、直接見た者がほとんどいないことも確認できました」


リナリアは、現場を直接見た証言者の顔も、名前も覚えている。誰が、証言を操作したかも。静かな口調。けれど、その内容は十分に重い。


「なるほど。盤面は整ってきたか」


「はい」


アルベリクが日の光を反射して輝く碧眼を細め、面白そうに微笑む。そこでリナリアは、一瞬だけ視線を横へ流す。隣に座るシルヴィオへ。


「次は、レオン様にお話を伺おうかと考えております」


「構わない。手配しよう」


シルヴィオは動じず短く答える。当然のように頷かれ、リナリアは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


その後もしばらく、パーティー当日の流れについて話が続く。誰を招くか。どの順番で証言を引き出すか。どこまでを公にするか。

政治の話でありながら、同時に貴族社会そのものを揺るがす繊細な駆け引きでもあった。


一通り話し終えたところで、アルベリクが、不意に紅茶のカップを置いた。


「……カメリア嬢は、元気か?」


その瞬間。リナリアは、わずかに目を瞬かせた。アルベリクから、いつもの柔和な笑みが消えていたからだ。静かな表情。けれど、その問いにはどこか個人的な響きがあった。


リナリアは少しだけ違和感を覚えながらも、素直に頷く。


「はい。最近は、隣国の本を読むのに夢中になっております。お姉様はずっとお忙しかったので……今は、久しぶりにゆっくりできる時間を楽しんでいるようです」


その姿を思い出し、リナリアは自分のことのように嬉しそうに微笑む。屋敷にいる姉は、本当に心から謹慎生活を楽しんでいると思う。


「お菓子作りや刺繍など、今まで中々できなかったことにも挑戦していて……とても、楽しそうです」


「……そうか」


短い返答。アルベリクは静かに目を伏せ、それから、ほんの少しだけ微笑んだ。その声には、安堵の色が滲んでいた。


「では、リナリアが名誉回復を成し遂げた後、カメリア嬢は社交界へ戻るのか?」


問われ、リナリアは一瞬言葉を失った。名誉を回復した、その先。そこまで、考えていなかった。名誉を取り戻すことばかりを考えていた。


けれど、その後、姉がどう生きたいのか。そこを、まだ聞いていない。けれど、それは何よりも大切な問いだと感じた。


「……パーティーの打ち合わせをしながら、確認してみます」


「それがいいだろう」


風が吹き抜ける。花弁がひらりと舞い、四阿の静寂を優しく揺らした。


「そういえば、シルヴィオ。リナリアとの正式な結婚はいつになるんだ?」


「…パーティーが終わってから、落ち着いて考えようと思っております」


「そうか。てっきりお前のことだから、婚約は契約だったから、破棄しても構わないとか言い出すかと思っていたが、杞憂だったな」


シルヴィオは無言を貫いた。リナリアはアルベリクの言葉に関心する。流石気心知れた関係だ。ほぼその通り言い当てている。


無言のまま、余計なことを言うな、という圧をシルヴィオから感じながら、リナリアも笑みを崩さなかった。



数日後、静まり返った別邸の廊下に、靴音だけが規則正しく響いていた。


本邸とは離れているとはいえ、調度も空気も一切の隙がない。ここにいる者が、ただ謹慎されているだけの人間ではないことを、否応なく感じさせる。


扉が開かれる。窓際に立っていた青年が、ゆっくりと振り返った。


「……兄上」


わずかにやつれた顔。だがその目には、兄に対する怯えと、未だ消えきらない苛立ちが宿っている。


その視線が、シルヴィオの隣に立つリナリアへと向けられた。


「……お前は」


一瞬の間。記憶と結びついたのか、わずかに眉が動く。リナリアは、剣呑な視線を意に介さず、優雅に一礼した。


「お久しぶりでございます、レオン様。先日のレイナード公爵夫人のパーティーでは、きちんとしたご挨拶もできませんでしたので」


顔を上げ、にこやかに微笑む。隣にいるシルヴィオは、リナリアが敢えて、レオンにとっての嫌な記憶を呼び覚ましているのを察していた。


「改めまして。シルヴィオの婚約者、リナリア・ローデリアでございます」


「……兄の婚約者が、俺に何の用だ」


警戒と苛立ちを隠そうともしない声音。リナリアはそのまま、穏やかに続ける。


「姉のことで、お伺いしたいことがございます」


「……もう俺には関係ない話だ」


レオンの表情が一気に陰る。吐き捨てるような、思い出したくない記憶を触れられたかのような拒絶。


「関係あります。あなたの選択によって、姉の名誉は今も傷ついたままです」


ぴたり、と沈黙が落ちる。レオンの視線が鋭くなる。リナリアはその視線に怯むことなく真っ直ぐにレオンを見つめ返す。


「……何が言いたい」


「教えてください。姉が、エリシア嬢を罵倒し、傷つけ、物を壊した。証言は集まっていたとのことですが、その場面を、あなたはご自身の目で、ご覧になったのですか?」


一瞬。ほんのわずかに、レオンの視線が揺れた。感情に左右される、表情に動揺が現れる、何て分かりやすいのだろう。


「……俺は見ていないが、エリシアの取り巻きが見ていた。証言もあった」


「だから信じた、と?」


「あぁ」


レオンは苛立ちをそのまま吐き出すかのように続ける。リナリアはその態度に疑問が湧く。彼は、何をこんなに苛立っているのか。リナリアが原因だとしても、おかしい。


(刺激してみる価値は、ありそうね)


「俺がエリシアと親しくしていたのが気に食わなかったんだろう。嫉妬して…」


ふ、と言葉の途中でリナリアが、小さく笑った。レオンがギュッと眉間に皺を寄せてリナリアを睨み付ける。


「……何がおかしい」


苛立ちが滲む。リナリアは顔を上げる。その笑みは、先ほどまでと変わらず美しく、けれど、冷たい。一歩距離を詰める。


「レオン様、本気でお思いですか?姉が、あなたに嫉妬して、自らの立場を失うような真似をしたと?」


言葉が、静かに突き刺さる。レオンの表情が固まる。まるで、彼の不安の原因を言い当てたかのように。


「……は?」


「それほどまでに、貴方様を愛していたと、そう思いますか?」


「何が言いたいんだ!」


「随分と、都合の良い解釈をなさるのですね」


そして、にこりと微笑む。カメリアのように、一寸の隙もない完璧な笑顔で、最後のトドメを刺すように。


「おめでたい頭で、羨ましい限りです」


「……っ、貴様!!お前たちのせいで、俺はエリシアにすら会えないんだぞ!!」


怒気が爆ぜる。レオンが一歩踏み出す。感情のままに怒鳴る。だが、リナリアは動かない。むしろ、ゆっくりと一歩、近づいた。


「私のせい?違いますよ」


くすりと笑う。そして声が落ちる。低く、静かに、逃げ場を与えない声で。レオンが恐れる、シルヴィオと似た声色で。


「あなたは、何も見ていない。何も確かめていない。ただ、自分に都合の良い言葉に縋っただけです」


視線を逸らさない。真っ直ぐに、射抜く。翡翠の瞳に、最早隠しきれなくなった怒りが浮かびあがる。


「その結果が、今でしょう」


沈黙。リナリアの威圧に押されて、レオンの喉が、かすかに鳴る。言い返せない。理解してしまいそうになる。


だからこそ。


「……っ、黙れ!!」


感情が、爆発した。勢いのまま、リナリアに掴みかかろうとする。


「やめろ」


低く、鋭い声。次の瞬間、レオンの腕は止められていた。シルヴィオが、その手首を掴んでいる。


「……離してください兄上!」


「私の婚約者に、何をしようとした」


一切の迷いなく、言い切る。シルヴィオの冷徹な眼差しに見下ろされて、レオンが怯む。シルヴィオは静かにため息をつく。その姿は、あの日の失望した父と重なる。


「お前は、ここまで言われて、まだ分からないのか」


レオンの動きが止まり、腕の力が抜ける。心臓が、嫌な音を立てて、ぺしゃりと潰れそうになる。


「お前は何も見ていない。それでもカメリア嬢を切る判断をした。その責任は、お前にある」


一言一言が、重く落ちる。逃げ道を塞ぐように、現実を突きつけるように。濃紺の瞳は、既にレオンが何に恐れているか、気付いているようだった。


「感情に流されて選んだのは、お前だ。他人のせいにするな」


静かだが、圧倒的な重みのある声。レオンの視線が揺れる。言葉が出ない。


「私はただ…!!」


「言い訳はいらない。結果が全てだ」


遮られる。完全に、言葉を失った。自分の間違いに、とっくに気付いているはずなのに、認められない弟の腕を、シルヴィオはゆっくりと離す。だが、その視線は外さない。


レオンはその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。その様子を一瞥し、リナリアは静かに一礼する。


「……お時間、ありがとうございました」


何事もなかったかのような、完璧な所作。レオンに殴り掛かられそうになっても、全く怯まない、その意思の強さは、カメリアを思い出させる。


そのまま踵を返し扉へ向かう。そして、ふと、足を止めた。振り返らないまま、淡く告げる。


「思い出してください。カメリアお姉様は、本当にそんなことをする方でしたか?」


それだけを残して、部屋を後にした。



部屋に残る、重い沈黙。レオンは、動けない。


「……俺は……」


無意識に、呟きが漏れる。だが、続かない。思い出そうとした瞬間、胸の奥に生まれる違和感。信じたかったエリシアの笑顔が、曖昧に揺らぐ。


「……違う……」


否定の言葉だけが、空しく響いた。



廊下に出たリナリアは、小さく息を吐いた。隣を歩くシルヴィオは、何も言わず足を止めさせた。


「……少し、言い過ぎたでしょうか」


「リナリア」


柔らかな声。だがその奥には、まだ冷たい芯が残っている。シルヴィオは握り締められて真っ白になった拳を開かせる。手のひらには爪が食い込んだ跡が残り、裂けた肌から、血が滴る。


「あ…」


「お前の怒りは正当なものだ」


それだけ言って、シルヴィオは懐から白い手巾を取り出し、リナリアの手のひらに巻き付ける。リナリアはようやく痛みを自覚したようだった。


「折角手配して下さったのに、レオン様に、失礼な物言いをしてしまい、申し訳ありません…」


「構わん。目も覚めただろう」


何でもないようなシルヴィオの物言いに、リナリアはふっと、小さく笑う。歩みは止まらない。


姉の名誉を取り戻すまで。

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